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Episode.56 春の雨

新学期。新学年となった俺達は新しい教室ではあるものの、その実クラスメイトや担任は一切変わっておらず、そういった意味の真新しさはなかった。しかし………………


「本当に綾乃先輩いなくなっちゃったんだね」


「「「「「……………」」」」」


大きく変わったことがここにはあった。それはいつも一緒にいた友人が一人いなくなってしまったことだ。まぁ、別にいなくなったとは言っても消滅した訳でも物理的な距離が離れた訳でもない。なんなら綾乃さんはここから程近い大学に通っているくらいだ。会おうと思えば、いつでも会える。しかし、今この瞬間、同じ時間を共有できないというのは確かだった。とりわけ、みんなで過ごす昼休み…………これを俺達は楽しみにしていた。中でも特に光は毎度ウキウキとしながら過ごしていたのだ。だから、未だ彼女の中で整理ができていないのだろう。しょんぼりとする光の頭を隣に座る玲華が撫でていた。まるでそれは仲の良い姉妹のように映ったが今はそんな感情に囚われている場合ではなかった。


「確かに綾乃さんはここを卒業した。でも、それはここから大きく羽ばたき新しいステージへと進んだということだ。だから、俺達がいつまでも過去に囚われている訳にはいかない。だって、それだと綾乃さんも安心して前に進めないだろ?」


「………………」


俺の言葉をゆっくりと反芻しているのだろう。光は静かに目を閉じて数回頷いた後、軽く深呼吸をしてから目を開けた。


「うん……………お兄ちゃんの言う通りかもね。私、まだまだ子供だった」


「いいや、お前は十分すぎるくらい大人だ。いつも俺を助けてくれているだろう?」


「ううん。私の方がお兄ちゃんに助けてもらってるよ。いつもありがとう」


「いいや、俺の方こそいつもありがとう」


俺達はそう言い合いながら、数秒見つめあった。こうしているとまるで光と気持ちが通じ合って、彼女の気持ちがこちらへと流れ込んでくるようだった。これは昔からやっている俺達特有のコミュニケーションの一つだった。イルカやシャチだって、エコーロケーションという特異なコミュニケーションを取るのだ。だったら、俺達だって何かそういうのがあったっていいはずだ。


「こほんっ」


「「っ!?」」


しかし、それは時と場合をちゃんと弁えた上での話である。今は学校という衆人環視の場にいる。ここは家の中ではないのだ。その為、多くの人の目を集めてしまっている今の状況では非常に居た堪れないことこの上なかった。


「にしてもくっさい台詞だったわね」


「おい!!」


その後、なんとか美鈴が笑いに変えてくれて、この妙な雰囲気は終わりを迎えることができた。だからこそ、俺は心の中で彼女に最大限の感謝の念を述べたのだった。








「………………」


それは新学期を迎え、数週間が経過した時のことだった。俺は隣の席に座る美鈴の様子にふと違和感を覚えた。このところ、彼女は机に肘をつきながら左の手の平に顎を乗せ、窓越しに外を見つめているのだ。それはまるで去年の彼女を見ているようで俺はどうしたもんかと頭を悩ませた。あの時の美鈴を縛るものは今はもうないはず。であれば、今は違うものに縛られているということになる。まぁ、俺の推測通りに美鈴が何かに悩んでいるとするのならの話だが……………


「美鈴、何かあったのか?」


「別に…………何もないわ」


そっけなくそう答え、教室を出て行こうとする美鈴。俺は思わず、その背中に向かってこう言っていた。


「もしもお前が走れなくなってしまったのなら、その時は俺が側にいる!そして、お前が走れるようになるまで見ている!!」


「っ!?」


俺の言葉に驚いた様子を見せた美鈴はこちらへと振り返り、一言こう言った。


「塔矢……………あんた、あの時の約束覚えて…………」


「当たり前だろ。俺がお前との約束を忘れると思ったか?」


俺がそう言うと美鈴は人目も憚らずにその場で崩れ落ち、泣き出してしまった。このただならぬ状況にクラスメイト達はなんだなんだと集まってきたが、俺がどいてくれと一言そう言うと蜘蛛の子を散らすように離れていった。そうしてまだ立ち上がることのできていない美鈴の元まで向かった俺はそのまま彼女をお姫様抱っこで教室から連れ出した。


「「……………」」


向かった先は俺の家だった。とりあえず、光にはしばらく外で時間を潰しておいてくれと頼んでおいた。単純に二人きりの方が話しやすいと思ったのからだ。


「別に話したくないのなら、無理にとは言わない」


「……………」


「美鈴の嫌がることはしたくないんだ」


「……………ううん。やっぱり、私は塔矢に聞いてほしい……………んだと思う」


家に着いてから、どのくらい経った頃か。ようやく美鈴が口を開いた。それはおそるおそるといった感じではあるが、はっきりと俺に伝えようとする強い意思を感じた。


「じゃあ……………話してくれるか?」


「……………うん」


美鈴はその場でゆっくりと居住まいを正すと次にこう口にした。


「私……………転校することになった」


その瞬間、外ではいきなりの強い雨が降り出していた。








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