表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/94

Episode.5 親睦会

「いいことを思いついた」


「何だ?藪から棒に」


俺が次の授業の準備をしていると浩也がいきなり、嫌な予感のすることを言い出した。


「この状況を一気に解決しちまう素晴らしい作戦さ」


「この状況?」


浩也に言われた俺はふと周りを見渡してみた。


「塔矢!」


「塔矢さん!」


すると、どこを見ようとしても美鈴と皇の二人が俺の視界に入ってこようとしているのに気が付いた……………あぁ、そうだ。朝から、二人がこの調子で話しかけてきていたんだっけ。それで思わず、現実逃避をしていたら浩也の声を拾っちまったんだ。でなきゃ、"ラプラスの悪魔"なんかの話に耳を傾けるはずがない。


「おいおい。それって、俺がこの学校で呼ばれている通り名だろ?あまり褒めるなよ」


うん。もうこいつが他人の心を読めるとしても指摘しないわ。面倒臭い。


「褒めてねぇわ!皮肉でそう呼ばれているってことに気付けよ!」


「え?恐れられているからじゃないの?」


「変態的だという意味でな!お前に対する女子の悲鳴は凄いぞ」


「えへへ」


「あ、駄目だこいつ」


ちなみに俺達がこんな無意味なやり取りをしている間、美鈴と皇は視線で何やら牽制し合っていた。そして、俺が浩也へと白い目を向け始めたこのタイミングで皇が浩也へと顔を向けた。


「それで?素晴らしい作戦とは一体何でしょうか?」


え?こんな奴の話を聞くの?


「え?俺なんかの話を聞くの?」


「それ自分で言うんかい!」


「まだこのクラスで過ごしてそれほど経ってはいませんが、私の目から見る限り、ここにいらっしゃる三人はとてもいい人達だと分かってきましたので………………」


「ふんっ。あっそう」


「約一名、口と態度に問題がありますが」


「ムキ〜ッ!何なのよ、あんた!!」


「美鈴がいい奴ってのは分かるけど、浩也のことをそう言うのって意外だな。ほら、こいつ。こんな携帯端末持って、変なことをしているから、女子からは大概嫌われてるぞ」


「お前、何気に辛辣だよな」


「うっせ。日頃の仕返しだ」


「……………」


俺と浩也が軽口を叩き合うところを無言で見つめる皇。心なしか、その表情は穏やかなものだった。


「やっぱり、私の目に狂いはないです」


「?」


「何より、塔矢さんのお友達ならば、まず間違いないです」


「いやいや。そんな簡単に他人のことを信用するもんじゃないぞ。俺だって、いつ化けの皮が剥がれるか」


「……………剥がれるんですか?」


俺の耳元で妖しく囁く皇。俺はその魅惑的な行動に何とも言えない気持ちになってしまった……………あれ?ここ、教室だよな?


「な、な、な!?あんた、何してんのよ!!」


「で?鈴木さん。あなたの作戦とはどういうものなのでしょうか?」


「ちょっと!無視しないでよ!!」


横でわーわー言う美鈴を放置した皇は浩也へ再度、問うた。そんなに気になるのだろうか?


「ああ。よくぞ聞いてくれた!俺の考えた作戦。それはな……………」


次の瞬間、手で作ったピストルをこちらに向けた浩也はこう言った。


「親睦会を開くんだよ!!」







「かくかくしかじか……………」


「へ〜それで?」


「それでそのぅ…………親睦会の場所というのがですね」


「うん」


「あの〜誰かの家でということになってですね」


「あ〜はいはい。みなまで言わんでよろしい」


「よ、よろしいんで?妹さん」


「ああ。ええよ。兄ちゃんも苦労したんやなぁ」


「う、ううっ!光〜!俺のことを分かってくれるのはお前だけだよ!!普段はアホな妹だけど!」


「お〜よしよし。一言余計だぞ、バカ兄貴」


俺を優しく抱きしめて包み込んでくれる光。それだけで浩也の変人ぶりに振り回されたこととか、美鈴と皇の諍いに巻き込まれたこととかが溶けてなくなっていくような気がした。


「どうだ?流石にこれで少しは仲良くなるだろう?」


浩也の問いに頷いた俺はチラリと横を見た。そこでは俺の家を見て、何故か目を輝かせている皇とそんな皇に対して何故かマウントを取っている美鈴がいた。


「とりあえず、中に入ろう」


俺はみんなにそう促す。ここは玄関の前。あまりうるさくすると今後の春日伊家の立場に関わってくるからな。







「皇、ようこそ蒼生高等学校へ!そして、俺達のクラスへ!これからもよろしく!じゃあ、乾杯!!」


「「「「乾杯!!!!」」」」


浩也に促されて乾杯の音頭を取る俺。現在、午後六時だった。皇とみんなが仲良くなることを目的とした親睦会は放課後に行われることとなり、学校が終わったその足でゾロゾロとスーパーに向かっていったのだ。もちろん、事前に光にはスマホでメッセージを送っており、おおかたの事情は伝えてあった。その為、スーパーでは先陣を切って進んでもらい、余計な食材を入れようとする浩也を視線で威嚇し、色んなものに目移りして立ち止まる皇をちゃんと誘導し、美鈴は…………なんかお菓子を選んでいたな。とにかく、光には感謝してもしきれない。こんないきなりのことに付き合ってもらったのだからな。俺は目の前に広がる光の手料理を見て、そう思った。


「皆さん、本日は私の為にこんな楽しい会を開いて頂いてありがとうございます」


「いやいや。俺達がしたくてしているんだ」


「塔矢さん…………ありがとうございます。それと光さん。急にすみませんでした。これだけの料理、大変でしたよね」


「いいえ。私もお兄ちゃんと同じ意見ですよ。むしろ、嬉しいです。皇先輩とは早く仲良くなりたいって思ってましたから」


「ありがとうございます。そう言って頂けるととても嬉しいです」


お互いを笑顔で見つめる二人。ここは今、世界一ほんわかとした平和な空間だった。


「うわっ、これ美味っ!!」


訂正。一部を除いてだ。俺達は空気も読まず、飯を食べ始める浩也を冷たい目で見下ろしていたのだった。








「美味しかったです。ごちそうさまでした」


「いえいえ。お粗末様でした」


最後に食べ終わった皇の言葉を受けた光はそう言って、みんなの食器を片付け始めた。俺もそれに続いてキッチンまで食器を運び、何往復かしてから光と二人で食器を洗い始めた。みんなにはその間、座っていてもらっていた。ちなみにキッチンとリビングは距離があり、洗い流す水の音で向こうの会話は全く聞こえなかった。ということはこちらの声も向こうには聞こえない訳で………………気が付けば、俺は口を開いていた。


「ありがとな、光。皇、とても楽しそうだった」


「な〜に?改まって」


「いや、いつもそうだけどさ……………今日のことで改めて、お前の大切さが分かったんだよ」


「お兄ちゃん…………」


「俺はいつだって、光に助けられているんだなって。光がいてくれたから、俺は今日までやってこれた。光がいてくれたから、俺は道を見失わずに済んだ。だから………………お前は俺の光なんだ」


「っ!?」


「こんな不甲斐ない兄だけど、これからもよろしくな」


「ふ、ふんっ!大袈裟だよ!でも、まぁ不甲斐ないっていうのは全く持ってその通りだけど」


「ははは。手厳しいな」








「大丈夫なんでしょうか?人様のお宅にこんな時間まで……………鈴木さんも帰られたことですし、私もそろそろお暇した方がいいのでしょうか?もうすぐご両親だって帰ってこられるでしょうし」


「ああ、それはないわ」


「そうなんですか?」


「うん。だって、二人とも今海外にいるし」


「か、海外!?」


「お父さんの海外赴任が決まって、それにお母さんも着いて行ったのよ。凄いよね〜愛の力って」


「そ、それでは塔矢さん達は今どうやって暮らしているのですか?」


「二人で協力し合ってだよ。もちろん、私達三海家もいつでもサポートする気はあるんだけど…………でも、二人とも気を遣って、あまり何かしてくれなんて言ってきたことないんだけどね。凄いよ?光なんてだいぶ小さい頃から家の手伝いをしてきたから、今じゃほとんど何でもできるからね。まぁ、塔矢はもう少し頼って欲しいと思ってるみたいだけど、光にとっては塔矢の為に何かすることが嬉しくて仕方ないから、それが噛み合う時と合わない時があるんだよね。でも、まぁあれだけ息の合った仲良しな兄妹もそうそういないわ」


「………………私、そんなこと全然知りませんでした」


「そりゃ知り合ったばかりじゃね………………あ、言っておくけど同情とか可哀想とかは思わないでよ?二人は二人なりに今の生活に満足しているみたいだから」


「美鈴さんは本当にお二人のことが大好きなんですね」


「だ、大好きって……………そりゃ幼馴染みとしての年季が違うから、まぁ」


「今日は本当にいいことずくめです。皆さんの新たな一面を知れましたし……………それに」


「それに?」


「……………いえ。何でもありません」


「……………あっそ」


「……………」


「あ、そういえば明日は学校休みだから泊まっていけばって光が言ってたわよ」


「えっ!?」


「何?門限とかあるの?それともお家の人、厳しい?」


「いえ。友人の家に泊まると言えば、大丈夫だとは思います。光さんもいらっしゃいますし…………流石に男性である塔矢さんと二人きりというのはまずいですが」


「ちょっと待って。私も泊まるんだけど」


「えっ!?」


「何をそんなに驚いているのよ」


「いえ。家が隣なので帰られるのかと」


「だからこそじゃない。すぐに帰れる距離にいるってことはそれだけ長く居られるってことなのよ。極論を言えば、日曜日の深夜までとかね」


「……………布団、狭くないですか?」


「何であんたと私が一緒に寝ること前提なのよ!予備の布団なら、あるし」


「あの…………着替えとかは」


「安心して。こういう時の為に光が色々と用意してるから……………まぁ、私もたまに泊まったりするし」


「そうなんですか。ありがとうございます」


「ふ、ふんっ!礼なら光に言いなさいよ」


「……………たまに泊まる。へ〜」


「何?羨ましいの?」


「べ、別に私は……………光さんと過ごすのですから、女子会のようなものでしょう?そんなのこのぐらいの年齢なら」


「ふ〜ん。この家は光だけが住んでいる訳じゃないんだけどな〜」


「っ!?ま、まさか!?一つ屋根の下なのをいいことに塔矢さんとあんなことやこんなことを!?それも三海さんから迫って!?何てふしだらな!!」


「どんな想像してんのよ!私が言いたいのは夜遅くまで話したり、たまたま廊下ですれ違ったりとか、せいぜいその程度よ!!あんたの方がよっぽどじゃない!!」


「な、なるほど…………すみません。三海さんなら、そのぐらいしそうだと」


「どんなイメージよ、全く」


「……………」


「…………美鈴」


「はい?」


「私のこと、美鈴って呼んでよ。これだけ語り合ったんだから、もう私達友達でしょ?」


「……………いいのですか?」


「うん。その代わり、私も静って呼ばせてもらうから」


「分かりました…………美鈴さん」


「っ!?」


「どうしました?」


「いや……………男子達が夢中になるのも分かるなって」


「?」








「?」


夜中にふと目が覚めた俺が水を飲もうとキッチンへ向かうとリビングに誰かがいることに気が付いた。ベランダに通じる窓を開け、外から入り込んだ春の風に髪を靡かせながら座っているその人は夜空に浮かんだ月の光を浴びて余計に輝いて見えた。と同時に神秘的でもあり、少しでも目を離したら次の瞬間にはどこかへ飛んで消えてしまいそうな儚さも兼ね備え、何かの衝動に駆られた俺は自然と彼女の側まで歩を進めていた。


「…………隣、いいか?」


「あら、塔矢さん…………どうぞ」


その人とは皇だった。俺の声を聞いた彼女は少し驚いた後、ゆっくりと横にずれてくれた。どうやら、隣に座ることを許可してくれたらしい。良かった。


「ここは塔矢さんのご自宅ですから。私の許可なんて取る必要はありませんよ」


「…………浩也といい、皇といい、何故俺の考えていることが分かる」


「塔矢さん、分かりやすいですから」


「そうか?」


「うふふ。そうですよ」


今、こうして俺に微笑んでくれている皇はいつもの皇だ。じゃあ、彼女は一体何を考えてこうして夜空を見つめていたのだろうか?確かに今日の親睦会は俺達にとって大きな進歩だった。仲良くなるのには十分だっただろう…………まぁ、企画の立案が浩也というのはあまり認めたくはないのだが。とにかく、みんなともだいぶ打ち解けてきている気はする。しかし、俺が声を掛ける直前に見た皇の表情は今まで見てきたものとは明らかに違っていた。まぁ、出会ったばかりの俺が何を言ってるんだという話ではあるが。


「改めてさ…………この街で上手くやっていけそう?」


あえて美鈴や光の名前もそれから学校のことも出さず、範囲を広くした質問をした。環境が変わったばかりで果たして、皇がどこまでを受け入れることができているのか俺には分からなかった。皇は凄く気遣い屋だ。範囲を狭めた質問をしてしまうと気を遣って、嘘でもついてしまうかもしれない。だから、こうして範囲を広くすることで皇にはその中から自分の言いたいことを選んで言って欲しかったのだ。まぁ、その結果、お前どの立場から言ってんだよ的な質問になってしまったのは恥ずかしいが。


「……………やっぱり、塔矢さんは優しいですね」


「へ?」


「いえ……………そうですね。塔矢さんはもちろんのこと、光さん、美鈴さん、鈴木さん達とは今日でとても仲良くなることができました。それに学校では皆さん、よくしてくれますし、この間案内して頂いたところも感動して……………」


「……………」


皇はまるで昔からここに住んでいたんじゃないかというぐらい、この街の良さを語り始めた。俺としてはそれが少しこそばゆくも感じ、何より皇の笑顔に俺は気が付けば魅入られていた。


「それでですね……………」


「うん?」


俺がボ〜ッとしながら話を聞いていると突然、皇が少しモジモジとしながら俺を上目遣いで見てきた。一体、何だ?


「私、美鈴さんと下の名前で呼び合うことになったんですね」


「お、いいじゃん」


「そ、それでですね……………塔矢さんともそうしたいなって」


「へっ!?」


「い、いや、だって私は既に塔矢さんのことを名前でお呼びしていますが、塔矢さんは私のことを名字で呼んでいて……………でも、美鈴さんの件を参考にするのならば、それは」


「……………静」


「っ!?」


「よ、呼んでみたけど……………いいのか、本当に?」


「はい……………塔矢()()


「っ!?」


その瞬間、何故だかどこか既視感のようなものを感じていた。これは一体……………


「えへへ。私は既に名前で呼んでますし、もう一歩踏み込んでみました」


「あ、ああ。そうか」


「嫌でしたか?」


またもや潤んだ瞳で上目遣いをしてくる皇…………いや、静。それに対しての俺の答えなど一つしか存在していなかった。


「いいや……………ありがとう」














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ