Episode.49 冬空
「はい…………ブラックじゃなければ飲めるよな?」
「ええ…………ありがとうございます」
クリスマスパーティー前日の夜。俺は公園に静を呼び出していた。雪こそ降っていないものの、その寒さは身を刺すように強くダウンジャケット以外にマフラーもしてきたのは大正解だった。
「ふぅ…………」
ベンチに座った静が微糖の缶コーヒーをゆっくりと飲み、ほっと息をついた。その喉の動きに一瞬、目がいきかけたがすぐに我に返ると慌てて目を逸らし、自分を諫めた…………俺はこんな時に一体何を考えてるんだ。
「俺が静をここに呼び出した理由って分かるよな?」
「……………」
一回、深呼吸を挟んでからのその問いにその場の空気が張り詰める音がしたような気がした。そして、それはきっと今も襲いくる冬の寒さと一つになって静を刺し続けていることだろう。
「私……………このままじゃ美鈴さんに悪いなって思ったんです」
「…………美鈴に悪い?」
「はい……………私はあの日、ホテルで塔矢さんと二人きりの夜を過ごしました」
「うん。その紛らわしい言い方はわざとかな?確かにその通りなんだけど!!」
「あの日のことは私にとって、とても嬉しくて幸せで…………もしかしたら、今までの人生の中で最も大きなことかもしれないと思う程のことでした」
「……………」
「ですが、日が経つにつれ冷静になってみると私はなんて自分勝手な行いをしてしまったのだろうと自分自身を恥じました。美鈴さんの気持ちを知っていて…………いえ、美鈴さんだけではありません。他の皆さんのこともそうですが、それを知っていて私は自分の欲を優先させてしまったのです」
「…………すまん。美鈴の気持ちやみんなのことってのがよく分からんが、俺は静がそんな悪いことをしていたようには思えない。静はあの時、十分苦しんでいた。だから、あれは仕方のないことだろう?」
「……………」
「それにあの時は静だけじゃない…………俺の意思だってあった。あの時の俺達は同じ気持ちだったはずだろ?」
「……………塔矢さんには分かりませんよ」
「は?分からないって、どういうことだよ」
「そういうところですよ。今だって、私が何に悩んでいるのか、正直分からないでしょう?」
「それは……………」
「とにかく、私はあの時のことがずっと引っかかってるんです。あの時の私は皆さんのことなど頭の片隅にもなく、自分自身の欲を優先させてしまった。だから……………」
「クリスマスパーティーには参加できない…………と?」
「……………はい」
「……………」
その後、数分…………いや数十分にも感じられる程長い沈黙が場を支配した。そして、ややあって再び時が動き出した。そのきっかけは俺の一言だった。
「…………俺は静が来てくれないと寂しいけどな」
「っ!?」
俺がそう言った瞬間、明らかに狼狽えたような表情をする静。その顔はみるみるうちに赤くなり、終いにはあわあわと両手で顔を覆い隠して俺から目を背けてしまった。
「静?」
「……………ずるいです」
「へ?」
「塔矢さんのそういうところがずるいって前から言ってるんです!!」
「いや、今初めて言われたんだが」
「揚げ足を取らないで下さい!」
「いや、別に取ってないよね!?」
「むぅ〜」
そう言って可愛らしく頬を膨らませる静。それはまるで頬袋一杯に餌を詰め込むリスのように見えて、なんともまぁ温かい気持ちになった。
「赤ちゃんを見つめるような目で見ないで下さい」
「えっ、俺そんな目してた?」
「じゃあ、園児でもいいです」
「いや、そこの年齢設定どうでもいいよね!?」
「いや、そこは大事ですよ。とっても」
しばらく、そんな他愛のないやり取りが続いた。その時間は俺達にとってはとても大切で静といるだけでこんな風に穏やかな気持ちになれるものなんだなと考えた時、ふと俺の頭の中にとある人物の顔が浮かんだ。そして、その人物と静が楽しそうに話をしている光景を想像するだけで胸が一杯になり、居ても立っても居られなくなった俺は会話が途切れたタイミングでこう切り出した。
「……………美鈴もきっと寂しがるぞ」
「っ!?」
そう。いくら喧嘩したとはいえ、心の溝はとっくに埋まっているはず。静本人も仲直りをしたいと強く思っていることだろう。しかし、タイミングが悪かったりだとかすれ違いが続いてしまったりだとかで現状、二人の関係は拗れたままになってしまっている。それは側から見れば非常にもどかしいものがあり、もちろん俺だけではなく、みんな何とかしたいと思っているのだ。
「……………ずるいです」
「またそれか」
「だって……………ここで美鈴さんの名前を出されたら、参加するって言うしかないじゃないですか」
「……………」
「…………でも、そうですよね。いくら私の熱量が高くても美鈴さんまで同じ気持ちとは限りませんもんね」
「俺は今なんて言った?」
「……………いや、でも」
「はぁ、仕方ない……………美鈴、恨むなよ」
「?」
「……………実は昨日のことなんだが」
そうして俺は語り始めた。ちょうど今日と同じ時間、同じ場所で昨日一体何があったのかを。




