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Episode.47 修学旅行3日目

修学旅行最終日。今日の予定は学校が指定する体験教室やイベントに参加し、あとはお土産を選んで帰宅となる。予定がそこまで多くはない為、昼頃にはバスに乗り京都駅を目指すことになるのだが、そこでは毎年必ずといっていい程、忘れ物をする生徒が出てくるようでさっきまで先生達が注意を促していた。しかし、俺は決してそんなヘマはしない。なんせ土産を買って帰らなかった日には光に何をされるか分かったものではないし、現地で忘れ物をしてきた日には光に何をされるか分かったものではないのだ。


「トゥッ!トゥッ!!」


だからこそ!こうして!俺自身がその場で!体験できることは!していかないと!無駄な買い物は!忘れ物のリスクを!増やす!!


「塔矢さん?木刀なんて振り回して何してるんですか?」


「い、いや〜その〜」


「お土産を買う時間は後でもらえますよ?だから、今は体験教室へと急ぎましょう……………ほら、皆さんはもう先に行っちゃってますよ」


俺は恥ずかしさで顔を赤くしながら、静の後をついていく。その際、手で顔を隠しながら移動していた。だから、だろう。遠くの方で俺達のことを悲しげな表情で見つめる者の存在に気付くことが出来なかったのは……………









京都の体験教室は様々で染め物・和菓子作り・陶芸・ガラス細工・組紐など主に工芸と呼ばれる分野のものが多く、生徒達はその中から一つを選んで体験することになっていた。それぞれの所要時間もちゃんと学校側が先方に要望を出しており、その後に控えるイベントに生徒達が間に合うようにしてもらっていた。なのでイベントに参加出来ないという生徒はどうやらいなかったようだ。


「気持ち良かったですね、ラフティング」


「だな」


イベントとはラフティングのことだった。ラフティングとは多人数で一つのゴムボートに乗り込み、全員でパドルを使い、川を下っていく遊びのことだ。今回は保津川という京都の有名な川を1km程下っていくとのことだった。なにぶん初めて体験する生徒が多く、怖さとワクワクが半分入り混じった状態で始まったラフティングだが、数分もすれば多くの生徒達が歓声を上げて楽しんでいた。この1kmという距離、そして何より二時間という時間設定が絶妙だった。案の定、ラフティング終了の号令がされた瞬間、多くの生徒達が名残惜しさを感じていた。遊びの引き際はそのぐらいがちょうど良いと考える聡い教師がアドバイザーとして存在していたのだろう。一体、誰が……………


「ニヤッ」


うん。あの人か…………


「塔矢さん?」


「ううん。なんでもない」


俺は目が合った担任がこちらへ向けて浮かべた不敵な笑みをフルシカトし、静の方へ意識を向けた。


「塔矢……………」


「…………うん?」


その際、どこからか俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたのだが、近くに該当する人物がいなかった為、あえて遠くの方を見てみた。


「…………は?何であいつら…………」


すると、俺の視界には楽しそうに会話をする美鈴と浩也の姿が飛び込んできた。その光景を見た瞬間、俺は心臓が強く握り締められる感覚に襲われた。


「塔矢さん?さっきから、どうしたんですか?」


側にいる静が俺を気遣って声を掛けてくれている。しかし、今の俺はそんなことを気にかけていられる余裕がなかった…………一体、どうしたというのだろう?今までも美鈴と浩也が会話をすることなどしょっちゅうあった。それは俺を介しても介さなくても、だ。今更、二人が楽しげに話をしているぐらいでこんなに胸が苦しくなるはずがない……………ん?楽しげに?俺は二人が楽しげに会話をしているのが苦しいのか?もっというと二人が楽しげに会話をしているのが嫌なのか?


「………………」


何だ?一体、俺の身に何が起きている?なんだって俺はそんなことぐらいで取り乱している?別に二人が俺のいないところで何をしていようと自由じゃないか。それがなんだって……………そういえば、二人は俺とは別の体験教室に行っていたな。そこで何かあったのか?もしくはさっきのラフティングの最中に何か……………


「……………私、先に行ってますね。塔矢さんも遅刻しない程度には戻って来て下さいね」


何かを察したらしい静がそう優しく声を掛けてきた。彼女は今からホテルに戻ってシャワーでも浴びてくるのだろう。学校側が予約していたホテルは今朝の状態ではまだチェックアウトとなっておらず、その時間は昼頃となっていた。おそらく、ラフティング終わりの生徒達の為に入浴と食事の時間を設けてくれているのだろう。しかし、今はまだ10時30分。ホテルのチェックアウトが12時だから、優に1時間30分はある。それにここからホテルまではそんなに離れていない。


「……………なんなんだよ」


俺は今の自分を落ち着かせようと近くの木陰に入った。相も変わらず、二人は楽しげに話をしている……………って、あれ?浩也の方は何か告げてどこかへ行ったぞ。おい、そんなに親しい女の子をそのまま放置かよ。どんな神経しているんだ?それにこの季節だぞ?ほら、美鈴も寒そうな表情を……………というよりもあれは悲しそうな表情………なのか?


「はぁ…………」


吐く息は相変わらず白いままだった。俺も俺とて、このままでは寒いのだが、今の俺にとってはそれがちょうど良かったのだった。










「全員いますか〜?忘れ物はないですか〜?」


車内で担任の最終確認が入る。現在、13時。興奮冷めやらぬ思春期反応で騒がしいこの大型バスは今からクラス約40名を乗せて京都駅まで運んでいく。冒頭の話に戻って悪いが、毎年ここで忘れ物をする生徒が後を絶たない。つまり、ここが忘れ物を確認する最後のチャンスという訳だ。


「ん?」


とそんな中、俺は何気なく周囲を見渡して気が付いた。美鈴が…………いない。


「っ!?」


何度も周囲を確認する。しかし、やはりいない。目を開きに開き、首を忙しなく動かして確認する。だが、やはりいない……………これは勘違いではない。美鈴がバスに乗っていない。


「クソがっ!!」


俺は弾かれたように座席から立って、バスの入口へと向かう。出口は開いてない。当然だ。まだバスは目的地に着くどころか出発すらしていないのだから。


「どこへ行く?」


しかし、当然のように担任は俺の前に立ちはだかり順路を塞いでくる。その際、俺の全てを見透かしているかのような視線を寄越した。その威力たるや、思わず怯んで足がすくみそうになる…………が、こんなところで立ち止まってはいられない。なんせバスを降りるとしたら、この先しかないのだから。


「馬鹿なクラスメイトを連れ戻してきます」


「馬鹿ねぇ……………それは一体どっちのことを言ってんだか」


「………………」


「5分で連れ戻してこい。それ以上は待たんぞ」


「いえ。先生達は予定通り、このまま出発して下さい。俺達は俺達で何とかしますから」


「………………」


俺の発言に静まり返る車内。それもそのはずだ。このバスなしで一体どうやって駅まで向かうというのか。他の交通機関を使うにしても金がかかるし、新幹線の出発時間を鑑みても時間的余裕があるかと問われれば怪しい。まず、第一に俺達学生にそんな余分な手持ちがあるとは到底思えない。だからこそ、ここまで成り行きを見守っていた周囲はさぞ思っていることだろう。こいつは馬鹿か、と。しかし、この人は俺の思った通りに動いてくれた。


「…………やれんのか?」


「やれる、やれないじゃない…………やりますよ」


「っ!?」


俺の返答に目を丸くし、徐々に口角を上げていく担任。どうやら、この返しはまだ有効だったみたいだ。


「そんじゃ……………男、見せてこい!!」


「おぅよ!!」


担任からの張り手という物理的な激励を背中で受けた俺は勢いよく外へと飛び出した。そして、すぐさま空気抵抗を少なくし、人体が走るのに最も適した姿勢で駆けていく。その様子をクラスメイト達は車内から応援してくれていた。


「塔矢さん、頑張って」


例に漏れず、静も何やら口を動かして俺の背中を押してくれていた。その声はガラスという境界に阻まれ、距離という物理間隔によって邪魔されはしたものの、しっかりと俺の元には届いたのだった。








「はぁ……………私なにやってんだろ」


「本当だよ」


「っ!?………塔矢?」


「そうだぞ…………はぁ。やっと見つけた」


美鈴は団子屋の外に並べられた長椅子に座って俯いていた。しかし、文化祭の時の彼女と違い、その手には何も握られてはいなかった。


「団子、食わないのか?」


「……………」


「食いもしないのに座ってたら迷惑だろ」


「…………お腹、空いてないから」


「会話が一行ずれてるぞ……………って、この台詞は前にもどこかで…………あっ、浩也と海でした会話か……………にしても浩也……………浩也か」


「?」


俺はあの時の光景が甦り、思わず美鈴を見つめた。すると、その視線の意味をおそらく理解できていないであろう美鈴は不思議そうな顔でこちらを見つめ返してきた。


「「っ!?」」


しかし、途端に恥ずかしくなるとお互いが弾かれたように背を向けた。おかしい。俺と美鈴はこんな関係だったか?なんだ、これ……………でも、


「「悪くないかも」」


その言葉はハモってこの世に産み落とされ、周囲に響いた。そして、俺達は顔を見合わせると同時に笑った。


「……………塔矢、ごめん。私、考え事しながら歩いてて、気付いたらここにいたの」


一頻り笑い合った後で美鈴がこう呟いた。俺は軽くため息を吐くとすぐにこう返した。


「お前が謝ることじゃないだろ」


「ううん。だって、塔矢がここに来たのって私の為でしょ?…………それって、言い換えれば私がこんな勝手な行動をしたせいだもん」


「………………」


「早く戻らないとね。きっとみんなを待たせてるし」


「それなら心配いらないぞ。あいつらは予定通りに出発しているはずだから」


「…………へ?」


「今頃はもう駅に着いているはずだ…………うん。ちょうど新幹線も来る時間っぽいな」


「えっ!?嘘っ!?」


俺にそう言われ慌てて時間を確認する美鈴。すると、彼女の顔はみるみる色を失い、最終的には真っ白になって固まってしまった。


「お〜い、美鈴さんや〜」


「いつの間にこんな時間に……………はっ!?そ、そうだ!!どうしよう!?と、とりあえず、こんなところでぐずぐずしている場合じゃないよね」


俺がその真っ白に固まった顔………正確には額部分をコンコンと軽く叩くとフリーズしていた時間が再び動き出したのか、美鈴は途端に捲し立て始めた。


「とりあえず、落ち着け」


「あぅっ!?」


俺は一旦、額にチョップを食らわせて美鈴の動きを封じると次にこう言った。


「心配はいらないって言ってるだろ?担任と交渉してみんなには先に行ってもらってるんだ。で、俺達はその後をのんびりと追っかければいい」


「追っかければいいって、新幹線の時間だってあるでしょ」


「お前を探している最中に担任にメールを送っておいた。"もし俺達が新幹線の時間に間に合わなければ、先に帰っててくれ"って」


「は!?生徒全員の責任を負っている先生がそんなの呑む訳ないでしょ…………てか、教師に何てお願いしてんのよ。まぁ、それもこれも私のせいなんだけど」


「担任はちゃんと了承してくれたぞ。だから、後は俺とお前でゆっくりと帰路につけばいい」


「了承してくれたって……………あんたと先生の関係って何?てか、ゆっくりは無理よ。だって新幹線の時間があるもの」


「それはなんとかするよ。だからさ、今は難しいこと考えるのやめよう」


「塔矢……………」


その後、団子を一本ずつ注文した俺達はしばらくの間、無言でそれを食べ続けた。かなりゆったりとしたペースだった為、一本全てがなくなりきるまでは時間が掛かったが、今の俺達にはその時間こそがむしろ心地良かった。食べ終わった後はやはり無言でバスに揺られて駅まで向かい、駅員と交渉をして何とか手持ちのチケットで乗せてもらえることになった。


「ごめんね、塔矢」


ここに来るまで一切口を開かなかった美鈴が新幹線の座席に着いた瞬間、そう言った。


「別にいいさ。こうして無事に帰れるんだから」


「ううん。このこともだけど…………」


「?」


「私達って、あの日ベンチで話して以来、あまり話してないでしょ?それって、私が塔矢を避けてたからなんだ」


「……………」


「勘違いしないでね?あの喧嘩のことが原因とかじゃないから……………あれは私にも悪いところがあったし、なんなら早く静と仲直りしたいって今でも思ってる程だし……………それに塔矢にもあんなに励ましてもらっちゃったしね」


「美鈴……………」


「でもね……………昨日の夜、塔矢と静が二人でいるところをたまたま見ちゃって……………そしたら胸が強く締め付けられるような感覚がして、その後ものすごく寂しくなって…………ああ、二人とも私が知らない顔をして、私の知らない時間を過ごしてるんだとか思うと心の中がぐちゃぐちゃになって…………」


「っ!?」


驚いた……………あの場面を見られていた?一体いつからだ?何故かは分からないが、そのことを考えると美鈴に対して申し訳なくなり言い訳すらしたくなった。


「……………」


しかし、今はその感情を一旦置いておいて、それ以上に考えるべきことがあった。それは美鈴の言うその感覚には俺にも心当たりがあるということだった。それはついさっき俺自身が体験したことだった。


「そうなるともうどうしたらいいのか分からなくなって……………気が付いたら部屋に戻ってた……………それで今日、意を決して塔矢達に話し掛けようと思ったんだけど、そうすると昨日のことがフラッシュバックして、無意識のうちに二人を避けちゃってたんだ……………だから、ごめんなさい」


そう謝罪すると同時に顔を俯かせる美鈴。こんな心理状態だ。おそらく、まともに顔を見ることもできないのだろう。だが、かくいう俺もそれは同じことだった。


「俺もごめん」


「……………え?」


思ってもみない角度からの謝罪だったのだろう。俯かせていた顔を上げた美鈴は驚いた表情で俺を見つめてきた。


「今日は無意識のうちに静と多くの時間を過ごしていた。もしかしたら、それは美鈴が見たっていう昨日の夜のことがあったからかもしれない。でも、これだけは分かって欲しい。決して美鈴のことを蔑ろにしたかった訳じゃないんだ」


「………………」


「けど、俺が謝んなきゃなんないことは他にもある。それは………美鈴が陥ったいう感覚に俺も陥っていたことだ。実はラフティング終わりに美鈴と浩也が楽しそうに話をしていたのが視界に入って……………そしたら、なんか胸が強く締め付けられて心がザワザワとした」


「っ!?」


「嫌だった……………常に一緒にいた美鈴が側にいなくて、俺の知らないところで知らない顔をしているって思ったら、なんか…………」


「塔矢、それって……………」


「今はまだ、この思いがどっからくるものなのか分からない…………でも、そのうちはっきりすると思う。そして、その時はおそらく……………俺達の関係も大きく変わっているだろう」


「……………」


「…………少し疲れたな……………着くまでにはまだ時間があるから寝ていよう」


俺は最後にそう言うと目を閉じた。隣では美鈴がしきりに何かを訴えるような瞳をしていた。俺はそれをあえて見ないようにしつつ、首を通路側に向けた。それから少し経ち目を薄く開けて隣を見てみると美鈴も美鈴で俺の意図を汲んでくれたのか、首を窓側に向けて目を閉じていた。


「「……………」」


しかし、それ以外の部分でいうと俺達の手はお互いの気持ちに応えるように到着までの間、しっかりと繋がれていたのだった。






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