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Episode.36 文化祭

いよいよ文化祭を明日に控えた今日。あらゆるクラスや部活動が出し物の最終調整に追われていた。そんな中、俺はというとこれまた屋上に来ていた。しかし、前回とはその心境からなにから全てが違っていた。


「…………俺の望み、決まりましたよ」


「ん?…………ああ、あの試合の時のか。そういえば、あれは惨敗だったな…………全く。情けないったらありゃしない」


「いえ、そんなことないです。綾乃さんは俺なんかよりもよっぽど立派な武人ですよ」


「君が言っているのは姿勢の話だろ?だが、悲しいかな。負けてしまえばそんなのは……………」


「最後の気迫、見事でした。あの試合を見た人がいたとして果たして、一体どちらを賞賛するでしょうか?少なくとも俺だったら、あんなやる気のない人よりも実力差を分かっていながらも最後まで諦めずに立ち向かった人の方を支持しますがね」


「でも、君の強さは私なんかよりもよっぽど本物だった。それに後半はやる気を出してくれたじゃないか」


「あれは試合ですよ。外で行われる血生臭い喧嘩とは訳が違う。綾乃さんのお父さんも言っていましたよね?武人として臨め…………と。そこにはいかに効率よく敵を破壊するかだとか勝ち負けだとか、そんなことよりも大事なことがあるんです。武に対する感謝や試合への姿勢…………そういった意味でいえば、俺は綾乃さんに完敗です」


「……………」


「勘違いしないで頂きたいのはあれは純然たる武による試合だってことです。確かにあれがルールなし、何でもありのそれこそ命がかかったやり取りだとしたら、俺の圧勝でしょう。しかし、あの時は違った。結果的には綾乃さんが"参った"と言ったから、俺が勝っただけであの場にいた二人も本当の勝者は綾乃さんだと思っているはずです。だから、今の俺はえっ〜と、あれです……………… 試合に勝って勝負に負けた、みたいな」


「ふふっ…………そうか」


「ええ」


「だが、塔矢くん。あの二人が本当にそう思っているかは分からないぞ?」


「へ?」


「なんせ、あれからしつこく言ってくるのだ。"あの小僧はいつ来る?"だの"春日伊塔矢、次に会ったらタダじゃおかない"だのと」


「あの…………望み、変えます」


「言ってごらん」


「あの二人を地下室にでも幽閉しといて下さい」


「うん、それは私の力の範疇を超えてるから無理。てか、それをしてもあの二人なら自力で出てきそうだけど…………そして、その後の君の安否は保証できないぞ」


「ですよね〜…………じゃあ、今度こそ本当の望みを言いますね」


「ああ…………聞かせてもらおうか」


その時、屋上にはこの日一番の風が吹きつけていたのだった。








「凄い人だな〜」


大袈裟なくらい大々的に飾り付けられたアーチ状の門を潜った俺はそう零す。今日は文化祭当日。実に感慨深いものである。この日を迎えるにあたって実行委員として色々と準備してきた。まぁ、あの試合があったからこそ、俺のやる気にブーストが掛かったのは言うまでもないのだが、それがなくとも今日に向けて頑張って準備してきた生徒達の姿を見ている。それこそ、昨日も夜遅くまで残って作業していたクラスもあったくらいだ。よっぽどの冷徹人間でなければ何か感じるところがあるのは当然のことだった。


「お兄ちゃん!後で光のクラスにも来てね!!絶対、楽しいから!!」


「おぅ!光も俺のクラス来いよ!!なんせ美鈴の企画した出し物だからな!!色々と目が離せないぞ」


「ちょっと!!ハードル上げないでよ!!」


昇降口に入るまでの間、そんなとりとめもないやり取りを交わす。例に漏れず、俺達もこの文化祭独特の空気に当てられているようだった。








「「「「「いらっしゃいませ!!!!!」」」」」


光のクラスの出し物はコスプレ喫茶だった。誰がどう決めたのかは分からないが男女問わず、様々な格好になっている。そんな中、肝心の光はというと……………


「おい、何だその格好は」


「え?これ?可愛いでしょー」


なんと恐竜の着ぐるみを着ていたのだった。どんな感じかというと全身がオレンジ色でお腹の辺りに卵型に塗りつぶされたような肌色の丸があり、恐竜の顎下からは光の顔が出ているという状態だった。もちろん、草食恐竜ではなく、肉食恐竜な為、二足歩行で教室の床の上に堂々と立っていた。


「その装いは一体、どこの層向けなんだ?」


「ん?なんかねーこれでおじさま達の庇護欲を刺激するんだって…………あと、ついでに小さな子供達も喜ぶかなって。よく分かんないけど」


「それ、メインとおまけが逆だろ。ハッピー○ット状態じゃねーか」


「へ?ハッ○ーセットって、子向けじゃないの?それを言うなら、逆ハッピーセッ○状態じゃない?」


「まぁ、確かにおじさん相手がメインで子供相手がおまけだったら、そうだな。でも、俺が言いたいのはあくまでもおまけの為に注文されることの多いハッピーセ⚪︎トとおまけが実質メインターゲットとなるここのマーケティングの状態が似ているという点をだな…………」


「お兄ちゃん。そんな、難しいこと言われてもよく分かんないよ」


「……………」


「あと、こんな楽しい日に難しい顔してブツブツ言ってんのキモいかも」


「……………すみません」


でもな、光。お兄ちゃんはお前のクラスの出し物が不思議でしょうがないんだ。一体、どこの誰がどんな意図でこういう出し物をしたのだろう。会議の議事録があれば、是非見てみたいものだ。


「?」


しかし、まぁ、あれだな。光の言っていることもあながち間違いではないのかもしれない。なんせ、この状況をよく分かっておらず、つぶらな瞳でこちらを見上げてくる妹が可愛くてしょうがないのだから。








「どこも満員ね」


「だな」


美鈴と一緒にあらゆる出し物を見ては入って、その満員さに辟易として出るを繰り返すこと数十分。俺達の手元には歩きながら食べられるイカ焼きやら揚げ物やらがあり、ズボンのポケットの中には丸められたパンフレットが窮屈そうに押し込まれていた。文化祭実行委員という肩書きのある俺だが、今は休憩時間であり、ちょうど美鈴も休憩中だった為、こうして一緒に行動していたのである。ちなみに美鈴が企画した出し物というのが"占い"であり、これは主に女性から凄く人気があった。おそらく、今現在も廊下にびっしりと列がなされているだろう。さっき、チラリと覗いた時はちょうど光が来ていて、その占い結果に一喜一憂しているところだった。


「ん?ここ、空いてるぞ。すぐ入れるってさ」


「え?どれどれ…………って、ここは」


いい感じに腹も膨れ、両手が完全にフリーになった頃、とある教室を発見した。その教室の外壁だが黒い画用紙で覆われており、ところどころに赤い染みがついていた。さらに受付の人には特殊メイクが施されており、どことなくフランケンシュタ○ンに見えなくもない。隣にいる美鈴はそれらを呆然とした表情で眺めており、時折教室内から聞こえる叫び声に一々ビクビクしていた。


「こ………ちらに記入…………を」


俺は受付のフランケンもどきに促されるまま、紙に氏名と所属クラスを記入した。そんな俺の行動に美鈴はまだ気が付いてはいなかった。


「はい。これでいいですか?」


「ありがとうございます…………入り…………口…………はこちらです」


このフランケンの言葉を聞いて、ようやく現世へと帰ってきたらしい美鈴が驚いた顔でこちらを見てきた。


「ちょっと、塔矢!!ま、まさか、ここに入るの!?」


「ん?そうだけど」


「へ?」


俺の言葉にポカンとした表情の美鈴。そんな美鈴へ向けてフランケンがこう言った。


「グッド…………ラック」


「ちょっと!!ふざけんじゃないわよ!!」


美鈴の叫び声を尻目にお化け屋敷へと入っていく俺。そのすぐ後ろには物凄い勢いで美鈴が着いてきていた…………そんなに慌てなくてもいいのにな。にしても何で入る前から叫んでんだ?


「てか、最後まで世界観を崩さずに徹底していたあのフランケン…………奴は出来るな」


と同時に俺は彼のプロ根性に感心していたのだった。







「はぁ、はぁ、はぁ」


「いやぁ〜意外と完成度が高かったな」


お化け屋敷を堪能した俺達はとりあえず、中庭にあるベンチで一呼吸ついていた。何となくぼーっと眺めている眼前では多くの人達が行ったり来たりを繰り返している。


「じ、冗談じゃないわよ」


「ん?お前はお気に召さなかったのか?…………てか、大丈夫か?凄い汗だぞ」


「こ、これは冷や汗よ」


「いや、汗の種類はどうでもいいんだが…………ほい。とりあえず飲みかけで悪いけど飲んでくれ」


「えっ…………」


「いや、何も変なものは入れてない。ただの水だ」


「で、でも…………」


「このままぶっ倒れられたら困るから、早く飲んでくれ…………ああっ、安心しろ。お前が飲んだ後、返せなんてセコイこと言わないから。そのままやるから」


「いや、そういうことが言いたいんじゃないんだけど…………」


その後も何故か戸惑った顔をしていた美鈴だったが、数回の深呼吸を挟んでから、勢いよくペットボトルに口をつけて水を飲みだした。


「そんなに喉が渇いてたのか。悪かったな。気が付かなくて」


「水、ありがと……………でも、塔矢はもっと別のことに気が付くべきだと思う。私がお化け屋敷とかが苦手なこととか、あとは間接………のこととか……………ボソッ」


「?」


その時の美鈴の言葉は生憎、前半しか聞こえず後半は何を言っているのか、まるで分からなかった。でも、それならそれでいい。以前、美鈴は言っていた。女の子があえて言葉を濁したり小さく呟いた場合はしつこく追求してはいけない、と。また聞こえないフリをするのも時には必要だと。ならば、俺はそれを忠実に守るまでだ。きっと美鈴もそうして欲しいに違いない。


「そろそろ戻るか」


「……………うん」


ただ、それにしては少々不満げにこちらを見つめてくる美鈴の顔が気になって仕方がなかった。








「ここにいたんですか」


「ん?ああ、塔矢くんか。こんばんは」


経年劣化のすすんだ鉄扉を開けて屋上へと出た俺の目にまず飛び込んできたのは眼下を物憂げな表情で見下ろす綾乃さんの姿だった。今日は文化祭最終日であり、今は夜。つまり、文化祭が終わって後夜祭が行われているところだった。下ではキャンプファイヤーを囲んでフォークダンスが始まっており、誰もかれもが楽しいお祭りの余韻に浸っていた。そして、その声はここにいても聞こえるほどだった。


「終わってしまったな」


「はい」


「私は…………あの輪の中には入れそうもないな」


「というと?」


「別に友人がいないからとか、文化祭をやり切っていないから、なんていう理由からじゃない。私は受け入れたくないだけなんだ」


「……………」


「彼らのように文化祭が終わってしまったことを受け入れ、まだ熱が残ったままの祭り事を最後の最後まで……………それこそ骨の髄までしゃぶり尽くしてやろうという気になれない。なんせ、私の中ではまだ文化祭は終わっていないのだから」


「…………本当にそう思いますか?」


「え?」


「ここから見える彼らが本当に文化祭が終わってしまったことを受け入れていると思ってますか?だとしたら、綾乃さんの目は節穴ですね」


「…………どういう意味だ」


「あそこにいるの、何年生だと思いますか?」


「いや、そんなのここから見て分かる訳が……………」


「全員、三年生です。奇しくも綾乃さんと同学年ですね」


「ハッタリだな。そんなの君に分かる訳がない。なんせ塔矢くんの知り合いの三年生となると私しかいないのだからな」


「それはこの間までの話です。でも、今は違う。あの日の試合以降、俺は毎日実行委員として動いてきました。その中で俺は学年問わず色々な人と対話を重ね、今ではこの学校中のみんなが友達……………と言っても過言ではないくらい知り合いも増えました」


「………………」


「それもこれも綾乃さんのおかげなんです。あの日、あなたとの試合があったから、俺は積極的に動こうという気になった。その結果、俺は今日までずっと騒がしくて楽しい毎日を過ごせました…………奇しくもこれはあなたの望みと重なる部分がありますね」


「それを言うなら、君の望みもそうだろう。なんせ、"春日伊塔矢と紫風綾乃の双方が文化祭を楽しむこと"………なのだからな」


「少なくとも俺は楽しみましたよ。でも、綾乃さん…………あなたはどうか疑わしい」


「私も十分に楽しませてもらったさ」


「じゃあ、今は?どうして、そんな辛そうな表情をするんですか?」


「だって、文化祭はもう…………」


「終わったなんて言わせませんよ?あなたは言った…………"文化祭が終わったなんて受け入れたくない"と。だったら、実質は終わっていないってことじゃないですか」


「…………屁理屈だな」


「屁理屈でも何でもいいです。あなたのその曇った表情を晴れさせることができるなら」


「ふふっ、臭いな」


「本当は下にいる彼らも綾乃さんと同じなんです。余韻に浸っているのではなく、終わってしまったことを受け入れたくない…………だから、いつまでもあそこに留まって夢の続きを見ているんです。なにかの間違いで次の日も行われないか願って」


「……………」


「だから、綾乃さん」


「?」


「俺と一曲踊ってくれませんか?」


下では新たな曲がこれから流れ始めるところだった。タイミングとしてはちょうどいい。


「全く…………つくづく君という奴は」


「嫌ですか?」


「そんな訳ないだろ」


それから俺は綾乃さんの手を取り、ステップを刻んでいった。一生に一度しかないこの一瞬一瞬を優しく抱き締めるように……………


「「……………」」


それがどれくらい続いたのか…………やがて曲が終わり、再び静寂がこの場を支配した。まぁ、相変わらず下で騒ぐ声は聞こえてくるんだが。


「もう一度、訊きます……………綾乃さん、あなたにとって今年の文化祭はどうでしたか?」


「…………そんなの訊くまでもないことだろ?」


俺の問いに対して、そう答えた彼女は微笑みながら俺から身体を離した。そして、先程とは違う自信に満ち溢れた表情でゆっくりと扉へ向かって歩いていく。


「…………よろしくお願いします」


「任せてくれ。それと……………ありがとう、塔矢くん」


直後、後ろで扉が完全に締まり切る音がした。おそらく、これで彼らも前を向いて進んでいけるだろう。一つの季節が終わり、次の季節がやってくる。ふと空を見上げると夏の大三角形に代わり、秋の四辺形が顔を出していたのだった。









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