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Episode.34 残暑

「お父さん、仕事だって」


「そうか」


また夢を見ていた。


「ううっ」


「泣くなよ。仕方ないだろ?」


「だって…………」


それにしてもこの少女はよく泣くな……………まぁ、今まで夢に出てきた少女と同一人物かは分からないが。


「よし!じゃあ、代わりに俺が行ってやるよ!!」


「えっ、でも………」


「気にすんなって。なんせ、………………の一大事なんだからな」


「…………ありがとう」


表情は見えないが、そこで少女は笑った気がした。そして、次の瞬間、あの目が覚める前の慣れた感覚と共に俺の意識は覚醒するのだった。







「知ってるか?人間って、寝ている時の状態が正常で起きている時は常に覚醒している状態だって」


「知らん。なんだ唐突に」


「はぁ。夏休みも終わり、文化祭が迫るこの時期に覚醒しているはずのお前は一体何をしているんだと思ってな」


「お前にため息を吐かれる筋合いはない。てか、お前のその理屈なら、主語は俺単体ではなく全人類だろうが」


「ん?俺の言ったデマかせを信じるのか?」


「おい」


「冗談だ。デマかせじゃなくて、一説によればそうらしい」


「あっそ」


「で?お前はこんなところで何してるんだ?」


「見て分からないのか?文化祭実行委員の会議に参加してるんだよ。てか、何故お前がここにいる?部外者は帰れ」


「ん?トゥーヤは文化祭実行委員だったか?」


「今朝のホームルームでそう決まっただろうが……………全く。面倒な役回りを押し付けられたもんだ。これじゃあ、家のことは光に任せっきりじゃないか……………あ、部外者は帰れ」


「おいおい。そう嫌なことばかりでもないだろ?なんせ、文化祭実行委員にはあの紫風先輩もいるんだ」


「俺はお前と違って、邪な感情でこの会議に参加している訳じゃない。あと部外者は消えろ、この世から」


「要求が俺の力の範囲を超えているぞ。そんなんじゃ、玉を七つ集めても叶えられないな」


「うっさい」


「言っておくが、俺はこの間の海水浴のことを忘れてないからな?」


「なんだよ、急に」


「俺だけ旅館に泊まらせなかっただろうが」


「人聞きの悪いことを言うな。用事があるとかで先に帰ったのはお前だろ」


「ふん。大事なのは過程じゃなく結果さ。何はどうあれ、俺は旅館に泊まらなかった。これは紛れもない事実だ」


「今ほどお前との縁を切りたいと思ったことはないわ」


その後、"とある崇高な目的"とやらの為に教室を出ていった浩也。どうせ、学校中を徘徊して女子全員のデータを集めるとか、そんな碌でもないことだろう。本当に一緒に泊まらなくて良かった。








「お疲れ様です、綾乃さん」


「塔矢くん…………あぁ、お疲れ」


会議が終わり、委員達が出払ったのを確認した俺は綾乃さんへと声を掛けた。


「流石のまとめっぷりでしたね」


「まぁ、三年目だからね。慣れたもんさ」


「でも、委員長になるのは今年が初めてなんでしょう?」


「………どこでそれを?」


「浩也から聞きました」


「なるほどね…………まぁ、私にとっては最後の文化祭だからね。少し張り切ってみたくなったんだよ」


「そうか。綾乃さん、卒業しちゃうのか」


「とはいってもまだ半年はあるさ。だから、そんな顔しないでくれたまえ」


「い、いや、俺は別に…………」


「ふふっ。まぁ、私としてはそんなリアクションも嬉しいんだけどね。それだけ大切に想ってくれているってことだから」


「そりゃ綾乃さんは俺達にとって大切な存在ですよ」


「静さんに美鈴さん、それと玲華さんよりも?」


「え?」


「知りたいな。塔矢くんにとって…………私達の中で誰が一番大切な存在なのか」


「何でそこで静達まで出てくるんですか」


「だって、気になるじゃないか。塔矢くんが最優先に考えるのが誰なのか」


「そ、そんなのみんな大切ですよ。誰が一番とかじゃない」


「はぁ…………君がそんなんだから苦労が絶えないんだろうなぁ」


「な、何故そこでため息を?」


「君は優しい。でも、その優しさはいつか誰かを傷つけることになる。だから、覚えていて欲しい……………いずれはちゃんと決断しなければならないと。たとえ、それが君達にとって辛い選択でもね」


「綾乃さん?」


「まぁ、今はまだ分からなくていいさ……………じゃあ、帰ろうか」


「……………はい」


気付けば、下校のチャイムは鳴り止んでいた。夕暮れの色が教室を染め上げ、俺達二人の空間を彩る。しかし、それを堪能する暇もなく俺達は一斉に立ち上がり、出口へと向かった。そして、そのまま綾乃さんはこちらを一切振り返ることなく、ゆっくりと進んでいく。そんな中、ふと外を見た。そこにはひぐらしこそ鳴いていないものの、まだまだ夏の香りが立ち込めていたのだった。







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