Episode.28 夏祭り
威勢の良い店主の声がそこかしこで飛び交い、食べ物を炒める音と腹を刺激する芳しい匂いの充満するここは夏祭りの会場だった。まだまだ始まったばかりの夏。蝉の鳴く声も会場に流れるBGMの一部となり、非常に良い活躍をしてくれている。休日の夕方ということもあってか、会場は家族連れでごった返し、各所が頻繁に発生するイレギュラーな事態への対応と次々と列を為す客捌きに追われていた。
「夏祭りなんて小さい頃以来です!!」
「そうか」
「はい!!今日をとても楽しみにしていました」
「それは良かった」
そんな中、満面の笑みを浮かべながら語りかけてくるのは所々に紫色のアサガオが描かれた黒い浴衣を着る静だ。ちなみに帯の色は上品な赤色で下駄の鼻緒も同じ色をしていた。さらに今日はいつもとは違い、長い黒髪を水色のシュシュで束ね、右肩から前へと流すサイドポニーテールにしている。そのせいか、なんだかとても色っぽく見え、いつもとのギャップで俺の心はかなり揺れていた。
「静!今日は祭りの常連たる私がとことんまで楽しませてあげるわ!!」
横でそう息巻いているのは白い百合の花が描かれた黄色の浴衣を着る美鈴だ。帯の色はこれまた上品な紺色で静と同じく下駄の鼻緒も帯の色と合わせていた。そして、彼女も彼女でいつもとは違う髪型をしている。長い茶髪をちょうど半分に折り、それを赤い蝶型のバレッタで留め、さらにその蝶に重なるように黒の簪が刺さっていた……………と、この髪型は一体なんていうのだろうか。まぁ、とにもかくにも普段は露わにすることのないうなじがこの時ばかりは全面オープンとなり、それにやられた男達が軒並み、倒れ伏していたとかいないとか。
「お腹空いた」
そうボソッと後ろで口にしたのは玲華である。彼女の浴衣は全身ピンクで所々に水色のイルカが飛び跳ねているものだ。帯の色は黄色で下駄の鼻緒はピンク。全体的にかなり配色が良く、なんだか彼女の雰囲気に合っていて、とても可愛らしい。しかし髪型に関していえば、この中で唯一、いつもと同じではある……………ではあるのだが、何やらヘアピンが増えていたり、珍しくイヤリングをつけていたりとこれまた今までとのギャップで俺の心は凄いことになっていた。
「お兄ちゃん、目が血走っていて怖い」
「ご、ごほんっ!全く、何を言ってんだか」
と、わざとらしい咳払いで誤魔化しながら、チラリと声のした方に目を向けるとそこにはやや引き気味に俺を見る光がいた。光の浴衣は全身水色であり、帯がピンクで下駄の鼻緒が黄色。それらは髪色も合わせると玲華とはちょうど対を為したような形となり、流石は良いコンビだと思わされた。髪型はツインテールからポニーテールへと変化しており、俺が感心した様子で見つめていると途端にドヤ顔を決めてくる……………うん。それさえなければ完璧だったな。
「でも、お兄ちゃんも似合っているよ……………その浴衣」
「っていっても親父のお下がりだけどな」
「ふふっ。だから、いいんじゃん……………きっとお父さんも遠くで喜んでるよ」
「あのな、親父まだ生きてるんだが?」
「そうだよ?私が言ったのは海外でってこと。物理的な距離の話さ」
「全く…………お前は相変わらず、読めないな」
「そこが私の良いとこでしょ?」
「自分で言うな」
「あうっ!?」
俺は愛する妹の脳天へ軽くチョップを入れながら、周囲を見回す。そこではみんなが思い思いに楽しんでいた。夏祭り初心者の静に金魚すくいを教える美鈴、来たばかりだっていうのに早速、焼きそばを購入して近くのベンチで食べ始める玲華、光も光でおっちゃんのわたがし作りを小さな子供に混じって見ているし、浩也は何やらカメラを持って彷徨いて……………って、そういえば、こいつも来ていたんだっけ。
「失礼だな、おい!!」
「話しかけてくんな。知り合いだと思われたら、不愉快だ」
「それならば、安心だ。なんせ、俺達の仲はただの知り合いなどという関係をとうに超えているからな」
「気安く肩を組んでくるな。イカ焼き臭いぞ」
「これがまた美味いんだ。お前も食うか?」
「いらん」
「ふふん。強がりは身体に毒だぞ」
「毒なのはお前の存在だ……………てか、何でカメラなんて持ってきてるんだ?」
「そんなの決まっているだろう。こんな青春イベント、記録に残さずしてどうする」
「お前の場合は記憶の方に残りそうだけどな」
「ザッツ・ライト!」
「いちいち動きがうるさいぞ」
「しかーし!こと俺の場合に限っていえば、そうも言ってられん。なんせ今の俺は学校が保有するブラックリストの一人として数えられてしまっている。したがって、いつ記憶を奪われて、あんなことやこんなことをされてもおかしくないんだ」
「身から出た錆だな」
「ふふっ。だが、安心しろ。お前も俺と同様、ブラックリスト入りを果たしているからな」
「精々、これからは品行方正に生きろよ………………って、ちょっと待て。今、なんて言った?」
「身から出た錆だな」
「次に俺の物真似をしたら命はないと思え」
「その台詞は白いジャケットを羽織った角刈り頭の男の方がよく似合うぞ」
「茶化すな」
「ふふっ。だが、安心しろ。お前も俺と同様、ブラックリスト入りを果たしているからな」
「録音を流すな。そのぐらい自分で言え。てか、普段から会話を録音してんの?怖っ」
「今のご時世、何があるか分からんからな」
「安心しろ。お前は録音する側じゃなくて、間違いなくされる側だ」
と、浩也とこんな無駄なやり取りをしているとどこからか聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
「いらっしゃいませ!!」
やはり、聞き間違いじゃない。この声は……………
「綾乃さん?」
「おっ、塔矢くん……………それとみんな」
わざわざ各自の楽しみを中断して駆けつけたのか、静達はいつのまにか俺の後ろに並んでいた。ちなみに真正面にいる綾乃さんは現在、祭りの法被を来て、フランクフルトを焼いている。確か、今日の夏祭りはみんなと回れないとか言ってたが、こういうことだったのか。
「精が出ますね」
「まぁ、家の付き合いでね………………買ってく?サービスするよ?」
「いいんですか?」
「もちろん!みんなは大切な友達だからね」
綾乃さんの言葉に顔を輝かせる俺達。それはどちらかというと値引きというサービスよりも本心から出た言葉の方にだった。
「……………」
綾乃さんの後ろの方ではおそらく店主であろうおっちゃんが渋い顔をしている。これだけの人数にサービスするのは痛手なのだろう。しかし、あんなことを言われてしまった手前、余計な水を差すのはダメだという葛藤があるのだろう。それが見事に顔に表れていた。
「「「「「「ありがとうございました!!!!!!」」」」」」
その後、俺達は多大な感謝を伝えながら、その場を後にした……………一応、店主のおっちゃんへも軽く会釈をした。
「始まったな」
周りで大きな歓声が上がる中、俺達は静かに空を見上げていた。小気味の良い音を立てながら、次から次へと打ち上がる大輪の花。それらは夏の夜空を美しく彩っていく。まるで真っ黒のキャンバスに少しずつ色が足されていくように。もしも、ここに"あなたが見た中で最高の景色を画用紙にまとめなさい"という夏休みの宿題を出された小学生がいるのならば、今すぐ取り掛かった方が良い……………そう思う程、綺麗な打ち上げ花火だった。
「「「「「「………………」」」」」」
いつもは活発な美鈴もあの年中うるさい浩也でさえ、今はただただ静かに……………全員が黙って、夜空を見上げていた。
「ん?」
と、そんな中、急に袖が引かれるような感覚を感じた俺は横を向いた。すると、そこにはどこか遠くを見るような表情の玲華がいた。
「綺麗ですね」
「ああ」
「今日もとても楽しかったです」
「だろ?」
「来年もまた……………」
「ああ。絶対に来ような」
「……………はい」
それから一瞬、俯いた玲華は次の瞬間には顔を上げて、躊躇いがちにこう言った。
「塔矢先輩、お願いがあります」
「ん?何だ?」
「来年もまた来られるように……………私が私でいられる為に」
玲華はそこで深呼吸をするとややあって、こう口にした。
「私に勇気を下さい」




