Episode.23 砂場
「凄い雨だね」
「ああ」
相変わらずの雨が続いていた。これが果たして、いつまで続くのか。確かに梅雨だけれども、止まない雨はないとは言うけれども……………気持ちがつられて落ち込んでしまうのは致し方のないことだった。
「ここさ……………」
「ん?」
以前、帰る途中に寄った公園へと俺達は再び訪れていた。流石に雨だからか、俺達以外は誰もいない。放置された遊具は酷く濡れていて、長年積み重なった傷や汚れが露わになっていた。それを見ていると何だか胸が少し痛くなるのと同時に遊具から悲しい叫び声のようなものが聞こえてくる気がした。ちなみに俺達は大きな木の下に傘を差して立っていた。
「昔、私達がよく遊んでいた公園なんだよ」
「…………ああ。あれは確か、幼稚園の頃だったか」
「そう」
「いや〜思い出すな〜……………何度、やりたくもないおままごとに付き合わされたか!」
「私だって、ヒーローごっこなんてやりたくなかったわよ!」
「だって、お前にピッタリな悪役がいたから」
「どういう意味よ!」
「そのまんまの意味だよ!ってか、そんなこと言うんだったら、俺がおままごとをやんなきゃいけなかった理由はなんだよ!」
「えっ!?そ、それは」
「これは見ものですな〜。さぞかし高尚な理由があることでしょうよ」
「………………」
「おいおい。黙ってないで何とか言ってくれよ」
「………………だからよ」
「へ?」
「だ、だから!!あ、あんたが父親役にピッタリだからよ!!」
「はぁ?そんな大した理由じゃないじゃん!ってか、何でその程度のことを言うのにそんな躊躇ってたんだよ」
「……………」
「まぁ、いいわ。で?この公園が何だって?」
俯いてしまった美鈴へと俺は軽く質問をした。すると、次の瞬間、彼女の口からは驚くべき言葉が発せられたのだった。
「…………この公園の砂場で遊んでいる時、塔矢がある約束をしてくれたの」
「……………へ?」
約束……………その単語はここ最近の俺の頭の中をぐるぐると駆け巡っていたものだった。そもそもあの夢にも出てきたものではあるし、俺には婚約者がいて、もしかしたらその女の子とも何らかの約束をしているかもしれない。というか、その夢の中の女の子と婚約者が同一人物という可能性だってある。だからこそ、俺はその根幹にある"約束"が何だったのかを思い出したいと思っていた。それには婚約者が誰であるのかを突き止めねばと身近にいる女の子達に対して、つい最近まで疑惑の目を向け続けていた。しかし、それも体育祭が行われたあの日まで。それからは肩の力が抜けたかのようにそこまで躍起になって婚約者探しに精を出すことはしなかった。別になるようになれという投げやりな気持ちからではない。焦って行動することによって、美鈴達を疎かにしたり、周囲に心配をかけたりしたくなかったのだ。その結果、今は落ち着いて少しずつ約束のことも婚約者のことも向き合っていければと思っていた。
「や、約束っ!?」
そう思っていたのに………………まさか、ここにきて自ら、その話題を持ち出してくる人物がいようとは……………ど、どうしよう?せっかく、ゆっくり向き合っていこうと思っていたのにこんな状況になるなんて……………俺としては今すぐにでも美鈴から約束について聞き出しくてしょうがなかった。
「そう。約束」
「そ、それはどういう……………」
「……………その反応じゃ、覚えてないってことだね」
「い、いや、その」
「ううん。いいの。小さい頃のちょっとしたことなんて忘れてて当然だから。それに塔矢なら、ああいうこともその場で思ったらサラッと言えちゃうし……………そこが塔矢の良いところなんだから」
段々と雨が弱まっていく気配がした。しかし、次の瞬間、いきなり雨が強くなり、そこに紛れ込むように美鈴がボソッとこう言った。
「ただ……………私は覚えているから」
普段であれば、雨風にかき消されて聞こえないはずのその言葉は何故か、俺の耳に届き、ずっと頭の中を離れなかった。




