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Episode.22 陸上バカの憂鬱

私は中学生の時、陸上部だった。走るのが好きで好きでたまらなくて暇さえあれば走っていた程、陸上に対して熱を入れていた。そのせいで友人からは陸上バカと呼ばれるようになっていた。でも、私にとってそれは名誉の称号だった。これだけ打ち込んでいる陸上とセットで覚えられることが嬉しかったのだ。私は名誉の称号を得た後、より一層陸上に打ち込んでいった。


「よっ、美鈴!今日さ、光の部活がたまたま休みでどこか寄っていこうかって言ってるんだけど……………」


「ごめん。私は部活があるから」


「……………そっか。じゃあ、また今度な」


何かを取るには何かを犠牲にしなければならない。私は陸上を優先しすぎるがあまりに塔矢達とも自然と距離を置くようになっていた。でも、そんなのはどこにでもありふれた話なはずだった。例えば、進学を機に以前の友人と疎遠になったり、思春期を迎えた男女が急に距離を取り出したり、はたまた仕事や結婚、その他諸々……………人生にはそういった他人と距離を置く機会などごまんとある。それが私の場合は中学一年生の時にたまたま訪れただけできっとこの先、塔矢や光にもそういったことが訪れるだろう。だから、塔矢達がそうなったとしても私も笑って受け入れてあげるのだ。幼馴染みとはいえ、常に一緒という訳にもいかない。それぞれの人生がある……………と心の中で思ってはいた。しかし、いざ自分が逆の立場になった途端、私はどうにも心がざわついて仕方なかった。


「ねぇ、塔矢。今日、部活がたまたま休みでさ、帰りにどこか寄っていかない?」


「悪い。これから部活なんだ。また今度、誘ってくれ」


それは二年生になって、陸上に対する熱も少し落ち着いてきた頃のことだった。ちょうどその頃くらいから、塔矢が何やら部活を始めたという話を聞いたのだ。とはいっても体育系の部活ではなく、文化系の部活。イメージ的にはそこまで活動頻度が多くなくて放課後も時間を取ることは容易だと思っていた。しかし、塔矢は真面目に毎日参加していた。本当にそんな毎日活動をしているのか?聞くところによると塔矢が入部した文芸部とやらは塔矢を除けば部員はたった一人。ならば、そこまで忙しくはないはずだが……………と私は余計なお世話なことまで考えていた。


「………………」


私は自分よりもあの子との部活を優先されたということに対して、不満を感じていた。最初にそうしたのは自分だったはずなのに。この時の私は凄く自分勝手で周りをちゃんと見る余裕もなかった。というのも私はスランプに陥っていたのだ。あれだけ打ち込んできた陸上……………私には陸上しかないのに。一度スランプに陥ってしまった私にその考えがついてまわり、それがスランプに拍車をかけてしまっていた。そのせいで大会も酷い結果に終わり、陸上自体に対する熱も少し冷めてきていたのだ。ただ、どうにかしなければならないという考えは常にあって、そんなどうしようもなくなった時に自然と塔矢に声を掛けていたのだ。多分、無意識のうちに塔矢に助けを求めてしまったのだろう。今、思うと呆れる。散々、放っておいて困難な状況に陥った瞬間に助けを求めるなんて……………


「ううっ……………」


「美鈴っ!!大丈夫か!!」


でも、そんな私を塔矢は助け起こしてくれた。梅雨の雨が降りしきる中、傘も差さずに校庭で倒れていた私の元まで駆けてきてくれたのだ。


「塔矢………………」


「そんなところで何してんだ、馬鹿」


塔矢は軽口を叩きながらも優しい表情で私に傘を差し出してくれた。しかし、私はそのまま立ち上がることもできずに無様に仰向けになりながら両目を腕で覆い隠した。


「塔矢……………私、このままじゃ陸上続けられないよ」


「………………何があったんだ?」


「走り方が分からなくなっちゃった……………今までどんな風に走っていたんだっけ…………どんなフォームで、どんな気持ちで、どんな目標で……………って。私には陸上しかないのに…………私から陸上を取ったら、何も残らないのに」


「………………」


「どうしよう、塔矢……………」


「本当にそう思っているのか?」


「えっ…………」


「お前から陸上を取ったら、何も残らないって本当にそう思っているのか?」


「えっ、だって」


「じゃあ、俺はお前の何なんだよ!!」


「っ!?」


その時の塔矢の真剣な表情は今でも覚えている。当時は久々に見たその表情に心臓がうるさいくらい鳴っていた。


「俺にとってお前は昔からの幼馴染みで大切な存在だ。それはお前が陸上をやってることと何も関係ない。だから、たとえお前が陸上をやめたとしても俺はお前を見捨てない」


「塔矢………………」


「辛いんだろ?苦しいんだろ?だったら、やめたっていいんだ。もし、そこまでじゃなかったとしたら、少し陸上と距離を置いて、心が軽くなってから再び始めるのもいい。とにかく……………そんな顔するな。お前が苦しいのは俺も苦しい」


「っ!?」


「ほら」


「……………ありがとう、塔矢」


最後にそう言って塔矢が差し出してくれ手を私はしっかりと掴んだ。それから、すぐに私は陸上部を辞めた。その後、時間に余裕ができた私は残りの学校生活を全力で楽しんだ。あの時の選択に後悔はない。でも……………


「……………はぁ」


私は毎年、この時期になるとどこか憂鬱になるのだった。






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