Episode.21 私の問題
雨が続いていた。まぁ、梅雨なのだから、それも致し方ないのは分かるんだが、いかんせん気が滅入る。しかし、目下の問題はそんなことではなかった。
「……………」
最近、どうにも美鈴の様子がおかしいのだ。おかしいといえば、この間の帰り道での一件……………あれはどう考えてもいつもの美鈴ではなかった。一体何があったのだろうか?もしかして、美鈴もこの雨のせいで気分が優れないとか?……………いや、ないな。いつも元気で周囲を明るくしてくれる美鈴に限ってそんなことはないだろう。となると他にどんなことが考えられるのだろうか?
「ん〜……………」
「春日伊、先生の話よりもそんなに幼馴染みのことが気になるのか?」
「…………へ?」
「今が何の時間か、言ってみろ」
俺は目の前に立つ先生に声を掛けられてから、ハッと我に返った。そうだ!今は授業中だったんだ!!
「す、すみません!!」
俺はすぐさま謝罪し、恥ずかしさから教科書で顔を隠した。クラスメイト達はそんな俺を笑ったが、隣の席の美鈴はやはりどこか浮かない顔をして遠くを見ていたのだった。
「美鈴!」
「……………ん?塔矢?どうしたの?」
「単刀直入に聞くぞ………………何かあったか?」
放課後になり、一人でそそくさと教室を出ていった美鈴を見て、居ても立っても居られなくなった俺は思わず、廊下で彼女のことを呼び止めていた。
「……………別に。何もないから」
愛想笑いでそう言う美鈴。しかし、裏を返せばそれは俺に触れられて欲しくない何かがあることを示していた。それが一体何なのかは分からないが、もしかしたら彼女の中で気持ちに整理がついて、後に話してくれるかもしれない。だから、ここで俺が取るべき選択は無理矢理にでも聞き出すことではなく、彼女が…………美鈴が話してくれるまでじっと待つ。ただ、それだけだった。
「……………そうか。でも、何かあったら、すぐに相談しろよ。俺はいつでもお前の味方だから」
「っ!?」
俺は以前、美鈴に言ってもらったこの言葉をここで使った。実際、その時の俺は美鈴に事情を説明できないことに対する罪悪感を感じてはいたものの、同時に嬉しくもあった。いつでも側に自分を分かってくれる味方がいる……………これがどれほど支えとなってくれるか。まぁ、どれほど俺が美鈴の
支えになれるかは分からないが………………
「……………塔矢、ありがとう」
しかし、この時の美鈴の心からの笑顔に声を掛けて良かったと思うのだった。
雨が嫌いだった。だから、雨が続く梅雨の時期はもっと嫌い……………それにあの時もちょうどこの時期だったから。
「………………」
教室の窓越しに外を見てみれば、今日も案の定な曇り空。おそらくはあと数分もしないうちに降り始めるのだろう。
「……………はぁ」
あれから毎年、この時期になると私は憂鬱になり、その沈んだ表情を誤魔化す為に明るく振る舞うことにした。それが今の私の始まり……………塔矢には心配かけたくなかったから。
「でも……………」
どうしてだろう?今まで誤魔化せてきていたのに昨日は塔矢に気付かれてしまった。今年はなんか今までとは違う……………私はそう感じていた。
「……………相変わらず、嫌な空」
私はそこで思考と外を見るのを中断し、真っ直ぐに前を向いた。今は授業中だ。昨日に引き続き、今日も心配をかける訳にはいかない。なんせ、塔矢は私の………………なんだから。
「………………」
私はチラッと横目で隣の席を確認すると再び、前を向いた……………やっぱり、今日もかっこいいな。
「ふふっ」
私は束の間に得た心の休息に思わず、笑みをこぼした。と同時にもっとしっかりしないとと自分を奮い立たせた。間違っても塔矢にだけは心配をかけたくない。それにこれ以上、塔矢に頼ってしまってはならない。
「大丈夫……………私は大丈夫」
私は自分にそう言い聞かせながら、再び思考の渦に囚われそうになるのをすんでのところで留めた。これは私の問題なのだ。だから、誰にも頼れないし、頼ってはいけない。
「………………」
大丈夫だ。私は一人でも頑張れる………………しかし、私の覚悟とは裏腹に空には未だ暗雲が立ち込めていたのだった。




