Episode.2 転校生
「……………」
一体、何故あんな衝動に駆られたのだろうか。もしかしなくても俺の中で夢に出てきた女の子と離れ離れになったことがトラウマにでもなっているのか………………いや、考えすぎか。さっきのは単純に二人が俺にとって、なくてはならない大切な存在であるということの証明であっただけで……………
「はい。突然ですが、今日から皆さんに新しい仲間が増えます」
という俺の思考は担任の言葉によって、掻き消された…………ん?どういうことだ?
「つまり、今から転校生を紹介します」
「「「「「転校生っ!?」」」」」
まさに寝耳に水の反応とはこのことだろう。まぁ、それも致し方ない。学校生活において、そうそうない転校生という大事なイベントを今言われたのだ。そのせいで教室内は騒然となってしまった。
「それじゃあ、入ってちょうだい」
「はい。失礼致します」
しかし、それも転校生の登場により収まった。第一声は耳にスッと入ってくる綺麗なものだった。そこから、ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは綺麗な黒い長髪の女の子だった。静かにゆっくりと歩く様はまるで良家のお嬢様のよう。姿勢がよく容姿端麗。彼女の動き一つ一つに俺達は魅入られていた。やがて教卓へと辿り着き、軽く髪をかき上げるような仕草をする。大和撫子とはまさにこのことだろう。俺達は開いた口が塞がらなかった。
「皇静と申します。皆さん、どうかよろしくお願い致します」
それから、しばらくの間、教室は時が止まったかのようになり、数十秒後には堰を切ったように動き出したのだった。
「ねぇ、皇さんってどこかのお嬢様だったりする?」
「ってか、皇なんていう名字、珍しいよね」
「ここに来る前はどんな学校に通ってたの?」
「連絡先、交換しようよ!」
「趣味は何?」
休み時間になると案の定というか、なんというか……………転校生はあっという間にクラスメイト達の注目の的となり、主に女子達が彼女の周りに押し掛けていた。
「くそ〜俺だって、お近付きになりたいのに」
「仮に突撃していったところでお前じゃ無理だっての」
「こういう時の女子達の包囲網、凄いな〜」
「ああやることで余計な虫が付かないようにしてるんだろうな」
一方の男子達はそれを遠目から羨ましそうにただ見ているだけだった。
「塔矢は皇さんに興味ないの?」
俺はというと特に変わった様子もなく、次の授業の準備を進めていた。それがたまたま目に入ったのか、隣の席の美鈴がそう訊いてきた。
「別に」
「いや、別にって……………あんたも一応は年頃の男子な訳でしょ?あれだけの美人なら普通、気にはなるもんでしょ」
「同じクラスってだけでどうせ俺なんかとは関わらないだろう。それにとんでもない美人なら、毎日見かけてるしな」
「?……………っ!?」
俺はそう言いつつ、チラリと美鈴を見る。それから、ややあって美鈴は俺が言わんとしていることを理解したのか、顔を真っ赤にして、何やら慌て出した。
「そ、そう!な、なら別にいいんだけど」
俺がそんな美鈴の様子をじっと見ていると次の瞬間、教室内が一気に静まり返り、と同時に誰かがこちらに向かって歩いてくる音が聞こえた。
「初めまして。私、皇静と申します……………春日伊塔矢さん?でよろしかったですか?」
なんと、その足音の主は皇だった。彼女は俺の目の前まで来ると俺に向かって、自己紹介をしてきたのだ。
「……………へ?」
「っ!?ち、ちょっと塔矢!!全然興味ないって顔しておきながら、何で挨拶されてんのよ!!」
「そうだ!何故、あの女子達を差し置いて、お前がいの一番に挨拶されんだ!!」
俺の間抜け声に対して、猛然と掴みかかってくる美鈴………………と何故か隣に来ていた浩也。俺は俺で何が何やら分からなかったが、とりあえず挨拶をされたら何かしらは返さなければならない。そう父に教わっている俺は美鈴と浩也を引き剥がし、皇に向き直った。
「確かに。俺の名前は皇……………さんの言う通り、春日伊塔矢で間違いない」
「まぁ!やっぱり!よろしくお願い致します」
「あぁ、よろしく」
「ちょっと塔矢!どういうことか説明して!!何で皇さんと知り合いなのよ!!」
「そうだよ!!何でお前にばっかり、美少女が〜」
結構強めに引き剥がしたはずの二人だが、すぐに復活を果たし、またもや俺に絡んできた。
「そんなこと言われても知らねぇよ!俺だって軽くパニックになってんだ。なんせ、皇のことは今日初めて知ったんだから」
「へ?そうなの?」
「ああ………………皇さん。確認なんだが、俺の名前をどこで知ったんだ?」
「あちらにいる皆さんが教えて下さいました」
そう言って、まるでバスガイドのような手の動きでさっきまで座っていた席を指し示す皇。そこには女子達の包囲網が未だ皇の帰りを待っていた。
「な、なぁ〜んだ。そういうこと」
「ふ、ふんっ。お、俺はちゃんと分かっていたぞ。世の中というのはちゃんと平等じゃないとな。お前ばかりが良い目を見るなどあってはならないからな」
皇の説明にかいてもいない汗を拭う仕草をする二人。さっきから、こいつらは何をそんなに一喜一憂しているんだ?
「では私はこれで」
「ああ。何か分からないことがあれば、何でも聞いてくれ」
「まぁ!いいんですか?」
「そりゃな。だって、来たばかりで右も左も分からないだろ?」
「ええ。正直、不安ではありました」
「だったら、俺達がサポートするのは当たり前のことだ。歳は同じでもこの学校にいる歴でいったら、俺達の方が先輩になる訳だしな」
「ふふっ。塔矢さんはお優しいんですね」
「へ?」
最後にこちらが温かくなるような笑みを見せた皇は一礼すると自分の席へと戻っていった。すると、少ししてから美鈴と浩也がまたもや突っかかってきた。
「へ〜。今日、知り合ってもう名前呼びですか、そうですか」
「なにが…………"俺達がサポートするのは当たり前のこと"だ。お前は得点稼ぎの偽善者か?それともただのお人好しか?」
二人の言っている意味は全く理解できなかった。