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Episode.19 祭りの後で

「いてっ!?」


「ほら、じっとする!」


「そ、そんなこと言われても」


「軽く消毒綿を当てただけじゃないか。それなのにそんな反応をするってことは…………実は結構痛かったんじゃないのか?」


「ぎくっ!?」


「おかしいな。私には大したことないみたいなこと言っていた気がするんだが」


「こ、これはその、急に綿を当てられたからであって…………ほら、消毒液が冷たかったからビックリしちゃったんですよ」


「本当か?自分でも予想外に痛かったから、あんな反応をしたんじゃなくて?」


「な、なんのことかな〜?」


「……………はぁ。まぁ、いいか」


夕日の差し込む保健室。そこは俺と綾乃さん、二人だけの空間だった。普段は養護教諭が常駐しているが今日は体育祭というイレギュラーなイベントが行われた日であって、今ここにはいなかった。養護教諭がいるのは校庭に設置された体育祭運営本部の隣のテントの中であり、そこでは常時怪我をして駆け込んできた生徒の手当てが行われていた。かくいう俺も本来ならば、そこに向かうはずだったのだが綾乃さんが責任を感じて、こうして手当てをしてくれることとなったのである。


「……………さっきはありがとう」


「へ?」


「いや、だから、二人三脚のことだ。ほら、私のことを身を挺して守ってくれただろう?」


「いえいえ。あんなの誰が俺の立場であってもそうしますよ。だから、お礼を言われる程のことじゃ」


「そんなことはない!!」


「っ!?」


その時、今まで聞いたことのないくらい大きな声で言う綾乃さんに俺は驚いて動けなくなった。


「自分で言うのもなんだが、私は周囲から何でもできる完璧人間だと思われている。だから、どんなに困難なことでも誰かに頼ることができなかったし、手を貸してくれる人もいなかった……………まぁ、後者に関しては私が困っているなど周囲は想像すらしていないだろうから、仕方のないことかもしれないが」


「……………」


「……………それでも私もまた、たった一人の人間なんだ。全てが全て、完璧な訳じゃない。当然、できないことだってあるし、困難にも直面する。そんな時に誰かが側にいてくれたら……………今までに何度そう思ったか分からない」


綾乃さんが俯いて語るその様は今まで見てきたどんな彼女よりも素に感じられた。そして、ふと彼女の手元を見れば、膝の上に置かれた両手がきつく握り締められているのが分かった。そこからは今までに彼女が感じてきた様々な感情が垣間見れた気がして、俺は先程とは違う意味で胸が締め付けられた。


「だから、塔矢くんと出会って一緒に過ごすようになり、君がどこか他の人達とは違うということに気が付いた。そんな中で迎えたあの二人三脚、そして君が身を挺して私を守ってくれたこと………………それがどれだけ嬉しかったか」


「……………」


「塔矢くんには申し訳ないが、本当はあの時君の心配をするのが最優先だった…………はずなのに私は同時に嬉しいとも感じてしまっていたんだ……………こんな私をどう思う?最低だろう?」


「……………そんなことないです。少なくとも俺が綾乃さんと一緒に過ごした中であなたのことをそう感じたことは一度もありません。綾乃さんはクールに見えて、照れ屋でしっかりしているように見えて、意外とおっちょこちょいで………………俺にとっては普通の女の子ですよ」


「……………やはり、君は優しいな。そして、それは誰に対してもそうだ。いつも欲しいと思った言葉をくれ、行動で示してくれる………………だから、いずれは誰かが傷つくことになる」


「綾乃さん?」


彼女の言った一番最後の部分だけはどういう意味なのか、この時の俺にはまだ分からなかった。しかし、彼女とこうして過ごした時間はとても貴重なものであり、怪我をしたことに感謝すらしていたのだった。








「ん?光……………?」


あの後、綾乃さんは顔を真っ赤にしながら足早に去ってしまい、俺は一人で保健室を出た。当然、閉会式も終わり、美鈴達もとっくに帰ってしまったのだろうと思っていた俺はそのまま一人で帰ろうと下駄箱に向かうとそこには予想外の人物が立っていたのだった。


「お疲れ様、お兄ちゃん」


「あ、ああ。お疲れ……………どうしたんだ?こんなところで」


「お兄ちゃんを待ってたんだよ。あ、美鈴ちゃん達には私が待ってるからって言って先に帰ってもらったから安心して」


「べ、別にあいつらがいなくたって、そんなことどうでもいいし」


「はいはい。ほら、靴に履き替えて……………あ、肩貸そうか?」


「いや、そんな大層な怪我じゃないから………………って、あれ?俺が怪我したこと知ってるのか?」


「そりゃ、あんな場で派手に転倒すればね。それにペアの相手があの綾乃先輩だったんだし……………」


「あちゃ〜。悪いな、心配かけちゃって」


「ううん。兄の心配をするのが妹の務めです」


「にしても全員が全員、気付いた訳じゃないだろ?ましてや、お前がいた場所って俺達が転倒した場所から、かなり離れていたよな?よく気付いたな」


「そりゃ、気付くよ。だって……………お兄ちゃんのこと、いつも見てるもん」


「流石は我が妹!!その献身的な態度、泣けるね〜!!」


「じゃあ、ついでにもっと献身的になっちゃうね」


光はそう言うと徐に俺の頭を抱き抱え、そのまま頭を優しく撫でてくれた。


「お兄ちゃん…………本当にお疲れ様。今日のお兄ちゃん、凄くかっこよかったよ」


「光……………」


「他の人は何て言ってくれたのかは分からないけど、私はお兄ちゃんのこと、他の人が見てないところも見てるから。誰も気が付かなくても私だけはお兄ちゃんの頑張りに気付いているから」


耳に光の優しい声と心音が聞こえてくる。それはまるで幼い頃にお袋に抱かれたあの感じを彷彿とさせ、それまで昂っていた心が自然と落ち着いていくような、そんな気がした。


「だから、安心して。お兄ちゃんは自分の信じた道を突き進んで」


光は一体何を言っているんだろうか?今日のこと?それとも……………あぁ、やばい。なんか眠くなってきて頭がボ〜ッとしてきた。


「光……………任せろ。俺は………………」


「はい!終了〜!!」


「うぇ?」


突然、突き放された俺は未だはっきりとしない頭で変な返事をしてしまった。一方の光はキリッとした顔をして、俺の背中を優しく押してきた。


「ほら、帰るよ。晩御飯、早く食べたいでしょ?」


「あ、ああ……………そういえば、腹減ったな」


「今日はお兄ちゃんの頑張り記念日だから、お兄ちゃんの好きな物、沢山用意するね」


「ははっ。何だ、そりゃ」


「いいの!今、決めたんだから!」


振り返ってそう言う光はこの日一番の笑顔をしていた。






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