Episode.18 体育祭
五月中旬。現在、俺達は体育祭の真っ最中である。つい先程、壇上では生徒会長による開会宣言がなされ、俺達は赤組と白組の二つに分かれて競い合っていた。ちなみに体育祭が五月に行われる理由だが、この体育祭を通してクラスの一致団結を計り、クラスメイトとの仲を深めて欲しいという想いかららしい。わぁー実に生徒想いの学校だな〜。
「本当にそう思っているのか?」
「うおっ!?ビックリした!?……………って何だ、浩也かよ」
「何だとは失敬な。最近、出番が少ないからとこうして強引にお前の前に姿を現しているというのに」
「お前は一体何を言ってるんだ?」
「その前に俺の質問に答えろ」
「その前に俺の心を勝手に読むのはやめろ」
「ふんっ。案ずるな。お前のことなどお見通しだ………………ズバリ!!お前が思ってもみないことを心の中で棒読みしていたのは一種の現実逃避に他なるまい!!」
「っ!?」
「その顔……………図星だな?」
「くっ……………相変わらず、厄介な奴だな」
「おいおい。そんなに褒めるなよ」
「……………」
「そこで、だ。我が親友がお困りのようだから、力を貸してやろうとこうして忍び寄ってきた訳だが」
「普通に来いよ。気持ち悪いから」
「俺が今のお前に言えることはたった一言だけだ」
「はいはい。言って気が済んだら、どっか行けよ。お前のくだらん戯言に付き合うのはもうゴリゴリだからな」
俺が手で払うような仕草をすると浩也はそんなもの気にしないとばかりにこう言った。
「こうして悩んでいても始まらん。とりあえず、今日はこの祭りを楽しめ……………お前の信じる彼女達と共にな」
真面目な顔でそう言い始めた浩也だが、最後はニヤリとした笑みを浮かべて颯爽と去っていった。一方の俺はというと浩也に心の内を見透かされような気になり、心臓の鼓動が速くなっていた。浩也は非常に勘の鋭い奴だ。もしかしたら、俺の悩みについてもおおよその検討がついているのかもしれない……………いいや、考えすぎだ。まぁ、とにかく俺の頭の中には浩也の言葉が響き渡っていた。
「……………」
中でも特に最後の一文が心の一番深いところに突き刺さっていた。俺は……………未だに身近にいる美鈴達の誰かが婚約者ではないかと疑っている。だから、体育祭という非日常的なイベントであっても心ここに在らずだった。しかし、それに関しては浩也の言う通りだ。美鈴達をいつまでも疑っているだけではなく、せめて今日ぐらいは彼女達を信じて一緒に楽しむ………………そういう風に頭を切り替えてもいいんじゃないだろうか。
「全く……………一言じゃないじゃんかよ」
俺は悔しい気持ちになりながらも心の中で浩也に礼を言った。
「よっ、美鈴」
「塔矢?どうしたの?」
「次のリレーに出るんだろ?」
「うん。そうだけど」
「頑張れよ。精一杯応援するから」
「え〜なに?恥ずかしいから、やめて欲しいんだけど」
「バーカ。嘘だよ」
「な〜んだ。嘘か」
「当たり前だろ。んなこと恥ずかしくてできるか」
「あっそ……………あ、もう行くから」
そう言って、決められた位置まで歩いていく美鈴。どうやら美鈴はアンカーらしく、当分出番は回ってこないだろう。それから、少ししてスタートの合図がなされた。一斉に勢いよく飛び出していく走者達。控えの生徒達はそれを精一杯応援して飛び跳ねたり、タオルを回したりしている。まさに手に汗握るとはこのことだろう。そうしてバトンが次から次へと新たな走者に渡っていくと遂に美鈴の番がやってきた。彼女は普段はあまり見ない真剣な表情で今か今かとバトンを待っている。
「お願いっ!!」
「はいっ!!」
そして、おそらく上級生と思われる走者からのバトンを受け取った美鈴は物凄い速度で飛び出した。身体のキレや手の振り、フォーム……………そのどれを取っても完璧に感じられた。しかし、美鈴にバトンが渡ったタイミングは一番最後。他の走者達は既にアンカーが走り出している状態だった。
「はぁ…………はぁ……………」
素人の俺から見てもここから追い上げるのはかなり難しい。けれど、そんな状況下にあっても美鈴はちっとも諦めてはいなかった。美鈴は俺と違って、目の前のことから決して逃げ出さない。現実逃避なんて以ての外……………それはあの時から何も変わっていなかった。
「……………すぅ〜っ」
だったら、俺にできることなどたった一つしかなかった。
「美鈴〜〜〜っ!!頑張れ〜〜〜〜〜!!!!!」
それは必死で頑張る彼女を全力で応援すること……………これしかなかった。すると、俺の張り上げた声は学校中に響き渡る程となり、誰もが何事かと俺の方を見てきた。だが、俺にとってそんなことはどうでも良かった。逆にただ、じっと遠くから頑張る美鈴を見つめているだけなんてできる訳がなかったのだ………………いや〜深呼吸してなかったら、あんな声出なかったな。良かった。
「〜〜〜っ!?」
一方、美鈴はというと顔を真っ赤にしながらもそこからエンジンを何段階も上げて走り切った。結果は怒涛の追い上げで一位だった。
「おめでとう。そして、お疲れ様」
「ありがとう…………って、優しい笑顔で誤魔化さないで!!あの応援、どういうことよ!!」
「あ、届いてたのか。良かった」
「当たり前じゃない。あんな馬鹿デカい声で…………はぁ〜、恥ずかしい。穴があったら入りたいわ」
「悪い。何だか居ても立っても居られなくてな」
「全く……………あ、勘違いしないでよ?私が一位になれたのはあんたの応援のおかげじゃないから。早く走り切って、あんたに文句を言いたかったからだから!!」
「そうか。まぁ、なんにせよ良く頑張ったな……………その……………走ってる美鈴、かっこよかったよ」
「っ!?ふ、ふ〜ん。ま、まぁ、褒められて悪い気はしないかもね………………ありがとう」
この時の照れた美鈴を見た俺は若干、心臓の鼓動が早くなったのだった。
昼休憩を挟んで一発目の種目は玉入れだった。これは昼食後に身体を軽く動かす為の種目であり、そこまで激しい戦いになることはなかった。だから、皆ゆったりとしたペースでやっていた。そして、これに最も波長のあった人が一人いた。
「ふふふ。楽しいですね」
「ああ。静はこういうの初めてか?」
「ええ。前に通っていたところではこういったのはなかったです」
「………………そうか。お、そこに玉落ちてるぞ」
「あっ、やった!!……………ありがとうございます」
そんな珍しく無邪気にはしゃぐ彼女の様子に俺の心は揺れた気がした。
「いてっ!?」
直後、どこからか玉が飛んできて俺の頭に当たる……………あれ〜?俺の頭は玉入れの籠じゃないんだけどな〜おかしいな〜……………
「玲華、次はお前の番だろ?」
「はい。頑張ります!」
ふんすっ!と鼻息荒く返事をした玲華が出る種目は障害物競争だった。この種目は地力のスピードも大事だろうが、最も大事なことはいかに障害物を切り抜けるかだった。
「怪我だけはしないようにな」
「はい」
この種目は女子の中でも比較的小柄な玲華に合っていた。言葉は悪いが玲華はあまり運動ができる方ではない。だからこそ、この種目は玲華にとって千載一遇のチャンスなのだろう。チラリと彼女の顔を見ると物凄いやる気に満ち溢れた目をしていた。
「塔矢先輩」
「ん?」
「私も美鈴先輩がしてもらったみたいなあんな応援をして欲しいです」
「へ?」
「お願いします」
目を潤ませながら、こちらを上目遣いで見てくる玲華。いや〜リレーとかなら分かるが障害物競争に対して、さっきやったみたいな応援か……………流石に俺も二回目は恥ずかし……………
「駄目…………ですか?」
「っ!?そんな訳ないだろ!!めちゃくちゃ全力で応援してやるから、覚悟しな!!」
断れる訳がなかったのだった。
「玲華〜〜〜〜〜っ!!!!頑張れ〜〜〜〜っ!!!」
後日、二回も発せられた叫び声が近所で話題になったらしい。あと、玲華の応援をした直後、近付いてきた美鈴に脛を蹴られてしまった。いや、何で!?
「綾乃さん、頑張りましょう!!」
「うむ。せっかく君とこうして一緒の種目に出れたのだからな!!」
プログラム最後の種目は二人三脚でそこに俺は出ることになり、綾乃さんとペアを組んだ。
「えっほ、えっほ…………綾乃さん!俺達、相性抜群じゃないですか?凄くやりやすいですよ!!」
「ああ。私も驚いているよ!!」
もちろん、事前に練習やリハーサルなどは行っていない。にも関わらず、俺達は昔からのパートナーのように息の合った走りをみせていた。
「っと、ゴール!!…………うおっ!?」
「っ!?」
しかし、そのまま順調に進んでゴールテープを切ったと思った次の瞬間、俺は油断してバランスを崩してしまった。そして、運悪く綾乃さんの方に倒れ掛かり、俺の顔を彼女の豊満な胸に埋める形となってしまったのだった。
「「うわっ!?」」
それに驚いた彼女ともつれあうようにして、倒れた俺達だったが何とか俺が下になることで綾乃さんが地面に激突することだけは避けることが出来た。
「い、いつつ…………」
「う、う〜ん…………」
「っ!?あ、綾乃さん!すみません!お怪我はないですか!?」
「………いや、大丈夫だ。というか、君の方はどうなんだ?……………あ、すまん。今、紐を解くな」
綾乃さんは俺に覆い被さっている今の状態を確認すると顔を赤くした。その後、一緒に立ち上がり俺達の足同士を結んでいた紐を解いてくれた。
「す、すみません。俺、あんなこと…………」
「いや、それは本当に大丈夫だ。君が自分の欲望の赴くままにそのようなことをする人間でないことはここ数日間を一緒に過ごして分かった。それよりも怪我はないか?」
俺を優しい表情で見て温かい言葉を掛けてくれる綾乃さん。俺は美鈴、玲華に続いてここでも同じように心を動かされた。しかし、俺の身体を労るように確認してくる綾乃さんを見て、そんな場合ではないと自分に喝を入れた。
「いえ、ないです」
「簡単にバレる嘘をつくな。ほら、そこ。怪我しているじゃないか」
綾乃さんが指差した先は左手の甲の部分であり、確かに擦り傷があった。だが、相当軽いものではあるし、心配される程ではなかった。
「保健室に行くぞ」
「いや、こんなの唾つけとけば治りますって」
「駄目だ。バイ菌が入って膿んだりしたらどうする」
その後、俺は綾乃さんに連れられて保健室へと向かった。ともあれ、こうして俺の体育祭は幕を閉じたのであった。