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Episode.15 屋上で

「待ってたよ……………来てくれてありがとう」


放課後、手紙の通りに屋上へと向かうと既に先客があった。


「………………」


軽く吹いた風によって靡く綺麗な紫色の長髪を手で押さえながら、手紙の主は穏やかに微笑む。紫風綾乃(むらかぜあやの)先輩……………なるほど、噂通りの見た目だった。


「こちらが声を掛けているのに黙っているのは失礼じゃないかな?」


どちらかというと低い…………けれども非常に聞き取りやすい声でそう問い掛けてくる紫風先輩。そこからは敵意や怒りなどは一切感じなかった。文武両道、才色兼備…………さらには生徒や教師から慕われる人徳までもを兼ね備え、非の打ち所がない人物として知られている紫風先輩。そんな先輩にこのような形で呼び出されるなど男女問わず、普通の生徒からしたら嬉しさのあまり発狂しかねないといったところだろうが……………俺は心の奥底にある疑念が今一つ拭いきれていなかった。そして、それが結果的に沈黙という形になって現れ、先輩に問われる事態になっているのだ。


「……………先輩」


だから、俺はなるべく穏便にことを進めるべく慎重にこう言った。


「紫風先輩には俺に話したいことなんて何もないですよね?」


「……………ほぅ?」


俺は今日一日、考えに考え抜いた。紫風先輩が新たな婚約者候補となってしまった今、放課後が正念場となるかもしれないと。そうなった時に紫風先輩の正体が何であれ、向こうにペースを持っていかれるのは何としてでも避けなければならない。親父の話によれば、どうやら婚約者は正体を隠すのに必死だ。だからこそ、紫風先輩は一見すると婚約者とは関係ないように思われる。しかし、それ自体がブラフであり、紫風先輩が婚約者で何らかの目的でこうして俺を呼び出したとするのならば、俺が一杯食わされる可能性もある。だからこそ、俺の第一声はとても重要だった。何を言うのかで今後、先輩との付き合い方も変わってきてしまう。それらを踏まえた上での俺の第一声はこれしかなかったのだった。そして、この賭けはどうやら成功したようだった。俺の質問を受けて急に視線を鋭くした先輩とそれに答えるまでの間……………この一瞬が何かを物語っているのは間違いなかった。


「何もない……………何故、そう思う?」


「あからさまにラブレターだと分かるような封筒…………ですが、手紙の文面は非常に短い。これが放課後の屋上で告白などという青春イベントの一環ならば、もっと匂わせがあってもいいでしょう?それこそ、本当に俺のことが好きなのであれば、その溢れる想いから文面はもっと長くなるはず。加えて、緊張から差出人の名前を書き忘れるなんていうハプニングがあってもいい。ですが、この文面は至って冷静かつ機械的。そもそも好きなのであれば、お話したいことがあるなんていう遠回しな書き方はしませんよね?」


「……………一つ言わせてもらおう。長年の想いならば、君の言う通り文面は長くなるかもしれない。だが、最近好きになったのならば、話は別だ。まだ想いがそこまで乗らず軽いという可能性もあるし、何より私がシャイであれば手紙とはいえ好きなどと書き記せないのではないか?」


「それこそ、あり得ませんよ。最近、俺と先輩はどこかでお会いしましたか?先輩が俺を好きになるキッカケなどありましたか?」


「では手紙の内容は告白などではなく、別で本当に話したいことがあるんじゃないか?」


「それが一番あり得ないんですよ。だって、俺なんてどこにでもいるごくごく普通の高校生ですよ?仮にそんな俺のことを最近になって知ったからといって、話したいことなんてできる訳ないです。だから、さっき言ったんですよ……………… 紫風先輩には俺に話したいことなんて何もないですよね?って」


「………………」


「大体、告白であるにしろ、そうでないにしろ、そのどちらでもおかしいんですよ。だって………………先輩の文面からは俺に対する感情が何も感じられませんでしたから」


俺が言ったことの全ては賭けだ。半分、理屈や感情論が通っていないかもしれない。だが、この際それはどうでも良かった。ここで重要なのは紫風先輩の目的を知ることなのだ。その為には使える手札は何でも使う覚悟だった。そもそも一方的に先輩に手綱を握られてしまえば、ここまで話すことができていなかったかもしれない………………俺は目の前に立つ曲者を前にして、そう感じていた。


「……………ふむ。ごくごく普通の高校生ね………………それは君の主観な訳だが、いやはや……………こうも噂通りだとはな」


「?」


「我が学校の二大アイドル、春日伊光と三海美鈴の兄と幼馴染みという立場でありながら、あの"ラプラスの悪魔"の相棒、それに最近やってきた謎多き転校生、皇静や期待の一年、依代玲華とも懇意にしている立場だとか」


「へ?」


「君のことだ。今、挙げた者達とのコミュニティは全て君を中心に成り立っているらしいじゃないか。であるならば、君のどこがごくごく普通の高校生なんだ?」


「い、いやっ!!俺なんて何の取り柄もないし、みんな優しいから俺に付き合ってくれているだけで」


「いいや。君には何かある。私はそれが気になってしょうがないんだ」


「………………もしかして、俺をここに呼んだのは」


俺のその問いに紫風先輩は優しい笑みを浮かべて、こう答えた。


「そう。君のことが知りたい。だから、私に君のことを教えてくれないか?」


夕日に映える先輩を前に気が付けば、俺の胸は早鐘を打っていた。






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