Episode.10 駄菓子屋
週末の土曜日。俺は少し離れたところにある図書館に来ていた。とはいっても特に調べ物があった訳でも何か勉強をする為でもない。ただ、なんとなくだ…………と思うのだが、もしかしたら、放課後に図書室を訪れたあの日のことが俺の足を無意識のうちに動かしたのかもしれない。ともかく、俺は街の中で一番大きな図書館へと辿り着いていた。
「懐かしいな」
一番最後に来たのはいつだろうというぐらいには訪れていなかった。二階建てのその図書館は各ジャンル毎に物凄い数の本が置かれており、休日だからか人で一杯だった。
「……………」
適当に色んなところを回ってみると幼い頃に動物や昆虫の図鑑を求めてはしゃいでいた記憶が自然と蘇ってくる。ついでに何かを読んでみようか。そう思った俺は気になった本を一冊手に取り、空いてる席を探してキョロキョロと辺りを見回した。
「ん?」
すると、非常に見覚えのある人物が四人掛けテーブルの端に座っていることに気が付いた。あれは…………
「玲華?」
「っ!?」
近くまで歩み寄って、そう声を掛けると玲華は一瞬驚いた表情をしていたが、声の主が俺だと分かるやいなや、ホッとしたような表情へと変わっていった。
「驚かせて悪かったな。玲華もここ、来てたんだな」
「ええ。ここは私の好きな本が多く置かれていますので休みになるとたまに来るんです………………塔矢先輩はどうして?」
「まぁ、なんとなくかな……………隣、座ってもいい?」
「っ!?はい!是非!………じゃない!間違えた!どうぞ!!」
何やら慌てた様子で答える玲華。そうして玲華からのお許しを得た俺はゆっくりと玲華の隣へと腰掛けた。
「何を読んでたんだ?」
「太宰治の"人間失格"です」
「あ、それ俺でも聞いたことあるな………………でも、どうしてその本を?」
「この間の件で思ったんです……………私、人間失格なのではないかと。だから、この本を読んで少しでも何かの参考になればと」
「何言ってるんだよ。そんなことないぞ。それにあれはもう解決したことだろう?」
「ええ。でも、まだ私は私のことが許せなくて」
「お前はお前が思うほど駄目な奴じゃない。それはたった二年とはいえ、一緒に過ごしてきた俺が保証する」
「塔矢先輩なら、そう言ってくれると思ってました。でも、こればかりは譲れません。まぁ、癖…………こだわりとでもいいましょうか……………私は常に自分を顧みて反省していたい……………だから、塔矢先輩に甘える訳にはいかないんです」
「玲華……………」
「あ、でも塔矢さんとお話しするのはその……………楽しいのでこれからも続けさせて頂きたいのですが」
「もちろん。むしろ、こちらからお願いしたいぐらいだ」
「ありがとうございます」
これだ。この空気だ。穏やかでいて、心地良いこの空気。俺は久しぶりに文芸部で過ごしたあの時に戻っているような気がした。
「あの…………それでですね」
「ん?」
「さつきから気になっていたのですが………………塔矢先輩の持っている本は何ですか?」
玲華の純粋な眼差しを受けた俺は自信満々にこう答えた。
「これか?これはな……………さるかに合戦だ!」
「えぇ…………」
「その反応…………知ってるのか?」
「はい。一応」
「この本はいいぞ〜最高に泣けて最高に笑えるからな!!」
「でも…………その……………絵本…………ですよね?」
「ん?そうだけど」
「あ、あはは…………まぁ塔矢先輩がいいのなら、それでいいですが」
図書館を出ると外はもうだいぶ日が傾いていた。玲華と俺は自然と横に並んで帰り道を歩いていく。と、その途中でたまたま近くにあった駄菓子屋を玲華が食い入るように見ていることに気が付いた。
「どうした?」
「いえ……………何でもありません」
「何でもないなんて顔してなかったぞ」
「……………」
「いいから、言ってみ?」
「はい……………実は私、駄菓子屋に行ったことがなくて」
「そうなのか?」
「はい。昔から引っ込み思案で人見知りの私はどうしても一人で入る勇気がなくて……………それで外から駄菓子屋で楽しそうにする同級生達を見ていたんです」
「……………」
「あ、ごめんなさい。こんなつまらない話、しちゃって……………さっ、帰りましょうか」
「玲華、頼みがあるんだけどさ」
「はい?」
「駄菓子屋を見ていたら、久しぶりに行きたくなったから、一緒についてきて欲しいんだ」
「へっ!?わ、私がですか!?」
「ああ。駄目か?」
「いえいえっ!!でも…………私でいいんですか?」
「当たり前だろ。むしろ、こっちが頼んでるんだから」
「私、駄菓子屋での作法とか知りませんよ?」
「いや、茶道教室とかに行くんじゃないんだから。普通にしてればいいんだよ。そんで気になったのを買う。ただ、それだけだ」
「っ!?分かりました!!ありがとうございます!!」
「こちらこそ、ありがとう」
そして、俺達は思い思いの駄菓子を買い、それを食べながら歩いて帰った。聞けば、玲華は学校の帰り道での買い食いすらしたことがなく、今回のこれがその擬似体験となった。だから、今度は学校の帰りに買い食いをしようと提案すると玲華は嬉しそうに頷いたのだった。