Episode.1 あの日の約束
「塔矢くん……………どんなに離れていても私達の心はずっと一緒だよ」
「ずっと一緒?」
「そう。私達みたいな仲良しさんは決して切れない絆で結ばれているの」
「へ〜凄いね!!」
「だから、絶対に私のことを忘れないで」
「うん!絶対、忘れないよ!!約束する!!」
「ありがとう……………でも、約束は違うのがいいかな」
「違うの?」
「うん。それはね……………」
「……………っ!?」
けたたましく鳴る目覚まし時計の音で目が覚める。時計の針を見てみるとまだまだ家を出るまでは余裕があった。起きたての完全に意識が覚醒するまでの間、俺は先程まで見ていた夢のことをふと考える。随分と久しぶりに見る夢だった。あれは小学校低学年ぐらいの時だったか。俺にはいつも一緒に遊んでいた女の子がいた。本当に楽しくて幸せでこんな日が永遠と続くものだと思っていた。しかし、突如その子は親の転勤と同時に引っ越さなければならなくなり、この街を離れた。俺が見た夢というのはその子との最後の会話の部分だった。俺としては昔のことすぎて、色々と忘れてしまっているところもある為、思い出すのに一役買ってくれている訳なのだが、いかんせん夢は夢。その子の顔はボヤけているし、彼女の台詞も一部欠けていて、肝心なことがほぼほぼ分からないといった状況だった。
「それにしても何故、今になって?」
俺はボ〜ッとする頭の中に解決しようのない疑問を浮かべつつ、ゆっくりとベッドから起き上がった。いくら余裕があるとはいえ、このままの状態でいたら、二度寝をしてしまうかもしれない。それに……………
「お兄ちゃん〜!!起きて〜!!」
「もう起きてるぞ」
こうして妹が二日に一回は起こしに来る為、ずっと寝ている訳にはいかないのだ。
「えっ!?お兄ちゃんがこの時間に起きてるだって!?な、何で!?」
「たまたま目が覚めたんだ」
「そんな……………今、洗濯物干したばかりなのに」
「それはどういう意味だ?」
妹の光。歳は俺の一つ下で高校一年生だ。ピンク色のツインテールに青く澄んだ瞳、さらに全体的に小柄でその可愛らしい容姿も相まって、噂では入学したばかりだというのにファンクラブまで設立されているとかいないとか………………まぁ、兄の俺から見ても可愛いことは間違いないんだが。そんなことを公の場で言ってしまった日には俺の命が危ない。ファンクラブこそ、眉唾物だが光のことを好ましく思う奴はそこら中にいるだろう。万が一、これだけ親しくしているところを見られでもしたらと思うと……………
「い、いや〜それは〜」
うん。これは大丈夫そうだな。俺は一人、ヘンテコなリズムで踊る光を見て、そう思った。
「おはよう!」
「おはよう!」
「よっ」
隣の家に住む幼馴染みと妹の元気な挨拶に交じって、俺は軽く返事をした。ちなみに幼馴染みの名前は三海美鈴という。俺と同い年の高校二年生であり、茶色い長髪と吸い込まれそうなほどの黒い瞳をしている。光と同じく美少女のカテゴリーに分類され、その活発的な性格も相まって、これまた秘密裏にファンクラブが設立されているとかいないとか……………はぁ。美鈴との関係も注意せねば、俺の命に関わる。全く、何て星の下に生まれたんだか。
「ん?そんなに私のことを見つめて、一体どうしたの?………………あ〜!さては!」
「さては?」
「さては?」
俺と妹の疑問に対し、美鈴は自信を持ってこう答えた。
「私のお弁当が気になってるんでしょ!べ〜!塔矢にはあげないよ〜だ!!」
うん。やっぱり、こいつとはどうこうなるまい。大丈夫だな。
「いいや!大丈夫ではな〜い!!」
「朝からうるさいな。何なんだよ」
教室に入るなり俺に近付いてきて大声を上げたこの人物、鈴木浩也。去年からの悪友であり、何故か俺の周りをついて回る変な奴だ。
「変とは失敬な。それはお前のような奴のことを言うのだよ、トゥーヤ」
「平然と他人の心の中を読むな。それと俺のことをそんな呼び方してる奴はお前だけだぞ」
「春日伊塔矢。成績、普通。容姿、普通。家柄、普通。どこからどう見ても普通としか言いようのない平凡な高校二年生………………であるはず!のお前が!一体、何〜故、あんなにも可愛い妹と一つ屋根の下で暮らし!あ〜んなにも可愛い幼馴染みと隣の家で暮らしているんだ!!おい!恵まれすぎだろ!!」
「いや、そんなことを言われたって」
「さら、には!毎日毎日、あんなにも可愛い妹と幼馴染みが代わりばんこに起こしてくれ!朝・昼・夕と!あんなにも可愛い妹の手料理を胃に収め!で?今度は仲良く三人で登下校ですか?あ〜もう、やってらんないっすわ…………あのさ、やっぱり今日休むから、先生に上手いこと言っといて」
「なに仮病使おうとしてんだよ。それに俺はお前が言うほど、恵まれてなんか」
「いいや、兄弟。それは違うぜ」
「気持ちの悪い呼び方をするな」
「お前は今、この学校の全男子達が喉から手が出るほど欲しい環境を手にしている!これが恵まれていないとでも?はっ!寝言は寝ても言うな!」
「……………」
「まぁ、当事者には分かんねぇかもな……………んじゃ、想像してみぃ。今、この時から二人がお前の周りからいなくなったらと」
「二人が……………いなくなる?」
「ああ」
その時、俺の頭の中で今朝見た夢がフラッシュバックした。だから、だろう。気が付けば、俺は浩也が出した以上の声で叫んでいた。
「嫌だ!!それだけは絶対に嫌だ!!頼むから、光と美鈴だけは俺の側からいなくならないでくれ!!ずっと側にいてくれ!!」
「お、おい!落ち着け!!」
「っ!?」
俺は浩也の声でハッと我に返り、周囲を見渡した。あれだけ大きな声を出したんだ。教室中の視線が俺に集中しており、俺は一気に恥ずかしくなった。
「悪かったよ。なんか嫌なことを思い出させちまったみたいで」
「…………いや、俺の方こそ、ごめん」
俺は掴んでいた浩也の肩から両手を離した。こいつはいつもふざけていたり、何か企んでいたりと変な奴ではあるが、こういうところはちゃんとしていた。
「それより……………ほれ」
俺は軽く一息ついた浩也が指差した方を見た。なんと、そこには真っ赤な顔をした光と美鈴が立っていたのだった。
「っ!?お、お前ら!何で!?」
「い、い、いや、あのお兄ちゃんにお弁当渡し忘れちゃったから、持ってきて、それで……………」
「わ、私はお、同じクラスでしょ!さっきはたまたま教室の外に行ってて、今戻ってきたんだけど…………」
「……………もしかしなくても今の聞いてた?」
俺の問いに俯くことで返答をした二人。俺はというとどうしていいか分からず、かといって何もしない訳にもいかず……………
「…………弁当、ありがとう」
「…………うん」
とりあえず、光から弁当を受け取ってから席に戻り、顔を伏せたのだった。