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色彩豊かな思い出の中を泳ぐのは気持ちがいい。僕は今、ひかりと付き合うに至った祭りが行われた場所にいる。ただ、その時とは違って、カラフルに彩られた提灯も、人の群れもない。そうだ、この辺りに金魚すくいの屋台は出ていたなと思い返しながら、足を進める。正面から吹く夜風に頬を撫でられながら僕は階段を上がり、少し進むと崖が見えてくる。崖からは、少し余裕をもって柵が設けられている。転落防止だろうが、僕はわざわざそれを乗り越えた。唯一の持ち物であるスマートフォンの電源をつけて、写真のフォルダーを開いた。あのお祭りで撮ったひかりの写真。浴衣が良く似合っていて、幸せそうに笑っている。時々、カメラに目線が合っていない写真が出てくるのは、当時、撮っていた僕と目を合わせていたからだと思い出して、また彼女が愛おしくなる。その気持ちは雫に変わり、暗闇の中で煌々と光る画面の上に落ちた。
あの祭りの後、ひかりは帰らぬ人となった。交通事故だったらしい。帰路で、信号を無視した車とぶつかり、緊急搬送されたものの、その病院で息を引き取ったそうだ。祭りがあった次の日、学校で噂になっているのを聞いて初めて知った。たちの悪い嘘だと思い、ひかりが居たクラスの教室まで見に行くと窓際に花が添えられている席があって、女子生徒の何人かが周りで手を握り合って涙を流していた。
僕はスマホを見るのをやめた。その代わりにそれを強く握りしめて、足元を見た。崖の下は遠く、暗闇にぼけて灰色に見える。
”光の方が音より速いんだね!”
僕は突然、笑顔でそう言っていたひかりを思い出した。思えば、お祭りで屋台を見ようと言い出したのも、告白も、僕よりひかりの方が早かった。考えていることは同じだったはずだから僕から行動してもよかったのに、ひかりの方がきっかけになってくれていた。僕は、ひかりより後だった。
「ひかり。」
誰もいない山奥で、彼女の名前を口にした。
”なんかさ、花火みたいだね!”
”奏音くんは音で、私は光!”
花火が打ちあがった以上、空には光が飛び散り、大きな音が地面を伝う。その片方だけになることは絶対にない。どれだけ後になろうとも、光を追いかけるように音は駆けていく。
意を決して僕は、片足を前に出し、身体を前に傾けた。宙を舞う感覚がしてしばらくした後、ドン!と強い衝撃が身体を震わせた。そのまま意識を手放した僕の周りには、どす黒い赤色が飛び散っていた。