七月七日
誕生日プレゼントに電子辞書を貰った俺は、なんとなく大人な気がして仕方なかった。
訳もなく単語の意味を調べたりして、朝からご満悦ってぇやつだ。
登校して、下駄箱から上履きを取り出すと、中に紙切れが入っているのが見えた。この前ムシャクシャしてクシャクシャにした中間テストの結果か?
いや、それにしては綺麗だぞ……?
【昨日はごめんなさい。夕月君と少しでも仲良くなってから本当の誕生日プレゼントを渡したくて、あんな事をしてしまいました。放課後、社会科資料室で待ってます。お誕生日おめでとう。】
美沙羅からの手紙に、俺は納得してしまった。
たしかに一度も話したこと無いのにガチプレゼントはハードルが高過ぎだし、俺も警戒するじゃん?
まあ、昨日あんな事があった後なら? ガチンコプレゼントからのアイラブユーもありっちゃあ……あり? いや、ありだろ。ありあり。
「仕方ねーやつ」
俺はなるべく美沙羅に悟られないように、極めて普通に振る舞うことにした。
「わりぃ、今日部活休むわ」
放課後、ダチとフリスビー投扇興で新ルールを開拓する約束をぶっちしてた俺は、適当に時間を潰してから待ち合わせの資料室へ行くことにしたが、時間を潰せるような事が見付からなかったのでダチとフリスビー投扇興をした。
「シルヴァニアブロッサム! 72点!!」
「ぐおぉ! 俺の負けだ~!!」
「あ、やべ……」
「おいどこ行くんだ?」
日が落ちかけたころ、俺は待ち合わせを思い出し慌てて部室を後にした。
「やっべ、もう居ねぇよなぁ……って居るじゃん」
「……」
社会科資料室の中、夕焼け色に染まった美沙羅がクソデカい地図を広げて眺めている。
「……何か用か?」
遅れるも悪びれず、素っ気なく声を掛けた。
昨日の一件もあるから、用心は大事だ。
「た、誕生日……おめでとう」
「お、おう……」
よく見ると美沙羅の前髪はヘアピンで留めてあり、両眼がオープンになっていた。思わず昨日の余計なことを思い出してしまう。
「これ……」
黄色のリボンを施された小さな箱を差し出される。
またダイナマイトじゃねーだろな。
「……」
無言で受け取り、箱に耳を近付ける。
よし、音はしない。
「開けてもいいか?」
「うん……」
リボンをほどき箱を開けると、筒が三本。腕時計のような物で巻いてあり、デジャヴ感が凄かった。
「……またかよ」
「うん……」
美沙羅が陰キャムーブでいつの間にか俺の傍に居た。気が付いたときには美沙羅の手がダイナマイトに伸びており、何やらスイッチの起動音のような音がした。
──チッ、チッ、チッ、チッ……
「手を離すと爆発するから……」
「クソボケとしか言いようがねぇな!!」
二度も同じ手に引っかかった俺が言えたもんではないが、今度は逃走すら許されないらしい。
「また赤か青かかよ!」
「うん……」
「外れたらスギ花粉か!?」
「ううん……」
美沙羅が首を振る。
「……ブタクサ」
「さいっっっっあくだな!!!!」
あらゆる病原菌より恐ろしいブタクサ花粉をまき散らされたら俺絶対死ぬじゃん!!
「ヒント……」
「おう早くしろ殴っちまわねぇうちに」
「ここ……」
美沙羅が右手で自分のスカートを指差した。
「タトゥーシールの色」
「はぁ!?」
「自分で確かめてみて」
美沙羅は両手を後ろに回し、静かに目を閉じた。
おいおいおいおい!!
スカートめくって見ろってか!?
「じゃ、遠慮なく」
「……」
ブタクサ花粉に愛されすぎている俺は、さっさと手にしている悪魔とおさらばがしたい。そのためなら何も躊躇うことはないさ!
「…………」
コイツ、俺が出来ないと思ってからかってやがるな。うん。誘いに乗るのは良くないな。良くないぞ。
──ブチッ。
「じゃーな」
「あ……」
俺はスカートなんぞに目もくれず、適当に赤を切ってやった。もう付き合ってられん。
悪魔をぶん投げ、さっさと資料室を出ようと振り向いて気が付いた。
「俺がお前襲った事後みてーじゃねーか!! その座り方止めろ!!」
へたり込むように座り俯く美沙羅に声を掛け、走って逃げた。俺、わりーことなんもしてねーのに。
「ハァ……ハァ……」
チャリでずっと走り続けて、家の近くまで来たところでもう脚がガクガクだ……!!
「やべぇぞアイツ……なんなんだアイツ……案外大胆なんだな──って違ぁぁ!!」
なるべく見ないようにしてはいたが不可抗力という名の致し方なし的な奇想天外が俺の両の眼に飛び込んで来てしまったのだから南無三!! 南無阿弥御陀仏……!!
「思ったより脚綺麗そうだったなぁ──ってゴラァァ!!」
なんなんだ昨日から!!
ちっとも清楚感ねーくせに中身案外悪くねーし! あれか!? 泥に咲く蓮の花か!? 陰キャより出でて陰キャに染まらずなのかっ!?
──ハッ! もしかして……陽キャ?
初めて会話する奴に花粉ダイナマイトとか、服めくらすとか、今思えば完全に陽キャムーブメント丸出しじゃん……!!
「……やっぱり俺のこと好きなのかな」
いや、やはり一人告白罰ゲームの説が濃厚だ。奴はとんだ食わせ者だ。間違いない。
その夜、俺は底なし沼にハマって死ぬ夢を見た。
情けないがビビって飛び起きてしまった。