そのなな!
いやー、運命ってすげえな。こんな彼女とまた会える約束ができるなんて。
手のひらに収まる6インチの有機ELに投影されるのは、夢の国に行った時に撮った美少女とのツーショット。
見るだけで癒されるような猫の様な目つきに、あどけなさが残る鼻筋。黒檀のようなレイヤーショートということもあって、実年齢よりも幼く見える。初対面でなければ、未成年だと勘違いするだろう。
一方で俺は、いつの間にか35歳を迎えていた。
あの一件以降、めげずにマッチングアプリを続け、16回ほど“対戦”を申し込んだが全敗に終わった。
もし、誰かに「マッチングアプリってなんですか?」と聞かれたならば、『人間と話すことに慣れるための修行です』と、胸を張って答えられるだろう。
両親は、相変わらず「早く結婚しろよ」と言ってくる。
「孫の顔が見たい」と散々言っていた祖母には、残念ながら孫どころか彼女すら見せることは出来なかった。最後までホントに無理を言う人だったな。あのババア。
しかしながら、両親には近い内に紹介出来そうだと感じていた。
少し冷たさが残る春風をフェードカットにした頭髪に受けつつ、ビジネスカジュアルな装いの俺は、浮足立つ心と収まりの悪いスェードの小さな箱の中身がちゃんと入っているかを確認しながら、駅前構内の指定場所に到着したのであった。
あまりにも夢心地な心境を抑える為に、スマートフォンを取り出しては、6インチの有機ELに映った彼女の顔写真を観賞する。これはライブハウスの打ち上げで呑んだくれていた時の写真。白目をむいて一升瓶を抱えて寝ている彼女が写っている。
思わず吹き出しそうになる顔を筋肉で抑えつつ、人がまばらな構内を見渡すと、それらしい人影が見えた。
さらっと羽織った薄手の黒いパーカーに、黒い野球帽を深く被り、構内の壁に寄りかかりながらスマートフォンを弄っている。
そして気怠そうに組んだ、黒いジョガーパンツに包まれた美脚。顔はこちらからは見えず、デートにしてはラフな服装だ。今日はスタジオから直接来たのか、左手には黒いギターケースが握られている。
一昔前と同じ状況を思い出し、またしても吹き出しそうになる。
でもあの時とは違う。もう間違えようがない。
何故ならば交際を始めてから5年間、毎日の様に出会っている仲だからだ。
「おっ!武蔵ぃー!こっちこっちー!」
俺の気配を感じたのか、声を掛ける前に響が顔を上げ、いたずらっぽく笑った。
「どっちか死なせちゃうか?」とか「片方有名人にしちゃうか?」とか「ローマの休日っぽくしちゃう?」とか色々考えましたが、あっさりハッピーエンドに仕立てました。
本来は超絶シンプル短編に仕立てる予定だったんです。
しかし、ディテールを描き込み始めたら長くなってしまったのじゃ…。
でも書きたかったモノが、最後までちゃんと書けてよかったです。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。