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そのごー

「今日は、ホントにありがとうございました。連れ回して、ごめんなさい。」


 居酒屋の引き扉を開けて外に出ながら、響が身の丈に合わないバックパックを抱えつつ頭を下げた。クレジット決済が使えたことに感謝しつつ、伸びに伸びたレシートを畳んで財布に入れた俺は、満足そうな響の顔を見て返事を返した。


「あ、いや、そんなことは…!むしろ楽しかったです。」

「では私は、これで。ごちそうさまでした。」


 彼女は、俺に背を向けてバックパックを背負い込むと、俺の行く道とは反対方向に向けて歩き出した。


「また、会えると良いですね!」

「…そうですね。」


 新しい友人との別れが少しだけ名残惜しい気持ちの俺は、大きなバックパックに向かって元気良く声をかけたが、振り返ることなく返ってきた彼女の返事と弱々しい手の振りになんとなく引っかかりが残った。

 なんだ、この違和感は。このまま返して良いのだろうか。

 いや、どうせコレっきりだろう。彼女とは絶対に“脈なし”だと思った。それを裏付ける決定的な証拠は無いが。


 それなら、玉砕覚悟でスッキリしようぜ。


 俺は、深く深呼吸をしてから、歩き出した彼女の腕を引いた。緊張のあまり、ちょっと強く引き過ぎたようで「ひゃっ」と可愛らしい声を上げて驚きながら響が振り向いた。


「あの、1つだけ確認させてください。」


 少し怯えている響の目を射抜くように目を合わせた俺は、心臓の高鳴りを抑えつつ、強張った声帯を正常に震わせて発声した。







「貴女の本来の目的は、なんですか?」


 初めて会った時から気になっていた。何か助けを求めているような、その違和感が、どうにも拭えなかった。

 おそらく、再会することは無いだろう。どう足掻いても他人のままなのだろう。本人からすれば、余計なお世話で、うっとうしく感じているだろう。

 でも、なんとか力になれないだろうか。下心とか恋心とかで動いた訳ではなく、見返りとか報酬とか、そういったモノは全く求めていない、単なる俺のエゴだ。このまま拒絶されても自業自得だし、嫌われようが構わない。

 仮に協力を求めても力になれるのかも分からない。彼女を悪の組織から救うとか、映画やアニメのような事は無理だぞ。

 ただ、後悔はしたくない。このまま帰って、風呂に入って酒を飲んで寝たくない。


 さあ、どうなる。


 どんな答えが返ってくるのか、穴が開くほど響の目を見つめていたが、響は目線をそらすと、バックパックを背負ったまま――。


「フンッ!」


 勢いよく手を振り払うと、俺をバックパックの質量を乗せたタックルで突き飛ばし、響は人混みでごった返す路地を駆け出した。


「え゛っ!?ちょっ…、待って!」


 逃げる者を追いかけたくなるのは、人類が動物だった頃の習性なのか。気が付くと俺は、瞬時に体勢を立て直し彼女を慌てて追いかけていた。

 真っ直ぐ走り出したと思ったら、路地裏へと飛び込み、右へ左へと進路を変えて俺の追跡を撒こうとする。それにしても、なんてキレイなフォームなのだろう。バックパックの重さをものともせず、身体の軸がブレることなくコーナリングを決めては、人通りの多い所へと抜けると通行人の側を最小限の動作で通過していく。

 いかん、見惚れてる場合じゃないぞ。


「ちょ、ちょっと待ってよ!!!」


 こんなセリフで待つわけがないのだが、俺は全力疾走のまま言葉を捻り出す。


「出会ったときから浮かない顔してたからさ!俺の事嫌いなのかと思ったけど!なんか違ったんだよね!楽しんでるけど、なんか切ない感じ!わかる!?この感じ!?」


 必死の呼びかけにも応じず、響は無言のまま驚異的な体幹でペースを保ちつつ、路地裏から大通りへと飛び出す。


「あとさ、服装!デカいバックパックなのに!えらいカジュアルな服装だなってっ!てか、足速っ!バックパック背負ってんのに足速っ!陸上やってたの!?何者なの君!?」


 “大通りで大声をあげている大男が、カバンを背負った女性を追っかけている。”


 こう書いてしまうと事件の香りしかしないだろうが、残念ながら俺が置かれている状況を説明するにはピッタリの文章だ。しかし怯むこと無く俺は彼女に叫ぶ。


「もしかしてだけど、あのバイクの事故、アンタの関係者なんだろ!?そして目的は――」


 すると響は返事の代わりにと、左脚を踏み込んで右へと重心を移すと、またしても人通りの少ない路地裏に素早く逃げ込んだ。付近には寂れたスナックや、いかがわしいネオンがいくつか光るのみで人影は見えない。


 しかしここで天が味方したのだろうか、金網フェンスが目の前に立ち塞がった。


「んりゃぁぁ!」


 チャンスを逃すまいと、響を確保するために右脚でアスファルトを踏み込み巨体を弾いたが、響は俺を一瞥すると一弾指の間にフェンスを蹴り上げ、空中で一回転しながら跳び上がった。さながら、格闘ゲームで何度も繰り出した“サマーソルトキック”のようなフォームで。


 しかも、身の丈ほどの登山用のバックパックを背負って。


「あぶぁ!」


 巨体は慣性の法則に従いつつ、数秒前に響が居たフェンスに突っ込んだ。衝突の衝撃でワイヤーフェンスが少したわみ、金属の弾性変形で身体を軽く突き飛ばすと、俺は体勢を崩してアスファルトに大の字になって倒れた。


「仰る通り、あのバイクの方とは知り合いです。」


 街灯に照らされた空を見上げている俺の視界に、響が顔を覗き込むように答えた。息は全くあがっておらず、淡々と言葉を紡いだ。化け物かよ。


「……実は自殺しようと思ってたんです。あの人と。」


 響は、寝転がった俺の隣にしゃがみ込むと、目線を下に向けて語り始めた。

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