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そのさん

「響さんって、タバコ吸うんですね。」


 駅の中に設けられた、アクリルで区切られた喫煙所で、俺は加熱式タバコから吸い上げた、有害な煙を吐き出しながら問いかける。


 先程知り得たばかりの、彼女の名を添えて。


 響と名乗った彼女が、「寄りたい場所がある」との事でホイホイと着いてきてしまったが、まさか喫煙所だったとは。外見だけでは本質を見抜く事は出来ないと、改めて思い知らされる。


「むしろ吸わないとやってられないですよ。こんな世の中なら、特にね。」


 彼女も、満足そうに吸引した煙を吐き出しながら言葉を返す。

 吐き出された煙は、6人程で丁度良い空間をしばらく漂いながら、部屋の隅にある換気扇へと吸い込まれて行く。

 ピーク時には換気も間に合わない程の人と煙でごった返すのだが、土曜日の正午前だからなのか、それとも昨今の喫煙事情もあってなのか、喫煙所には俺と響さんの二人だけだった。


「だから強めのタバコを吸ってるわけですか。それ。」


 俺は、彼女の左手にあるソフトパックのパッケージに、軽く指をさす。

 遠目から見れば日の丸のような配色のパッケージは、もしかしなくても『ラッキーストライク』だろう。過去に一度だけ頂いたが、黒く焦げたパンのような苦味と辛みが強く、盛大にむせ返ってしまった、正に苦い経験がある。


「そうですねぇ。でも、まあ、全ッ然ラッキーじゃないですけどね。」


 気管へと流し込んだ煙を吹き出しながら、彼女が笑う。このまま流しても良かったのだろうが、「まあ確かに」と合図を打ちながら、俺もつられて笑った。何故か。何故だろうか。

 ただ、ふと笑った彼女が悲しい目をしていたから。彼女のジョークに誰かが笑ってやらないと、辛そうな目をしていたから。「すべる」とか、そういう雰囲気ではない。

 ただ、「心の底から会いたい人が来なかった」故の悲しさを感じたから。科学的根拠とか、そんな大層な理由は無く、完全なる個人的主観だ。


「そういえば、ラッキーストライクの名前の由来って知ってます?」

「由来?コレの?」


 暗くなってしまいそうな雰囲気を変えるために、俺の無駄な知識の引き出しから、最適なうんちくを引きずり出す。友人には「うんちくは女受け悪いぞ」と念を押されたが、別にいいだろ。


「確か、アメリカの鉱山で金を掘り当てた時に言ったスラングらしいっすよ。幸運を掘り当てる。すなわち『ラッキーストライク』って。」

「ふふっ…、嘘でしょ?」


 少し間が空いて、彼女が煙を吹き出しながら笑った。発言してから話題の選択を間違えたと思ったが、その失態を隠すように「ホントなんですよ!」と強がってみる。


「私、分かるんですよ。ウソが。前の人もそうだったし。」


 笑いで声を震わせながら、彼女が呆れた顔で言うものだから、俺は何故かムキになって、反論をした。あの時は確か、こんな感じで言葉を返した気がする。


「ホントっすよ!ウィキペディア。そう!ウィキペディアに書いてありましたもん!」


 そんな幼稚な反論が、彼女の笑いのツボを抑えたらしく、タバコの煙にむせて、咳き込みながら笑っていた。俺もその光景に、つられて咳き込んだ。こいつら大丈夫か?他人が見ていたら、そう思う程に咳き込んで笑った。


「ハハハハッ、ウィキペディアって。じゃあホントなんだー。それはラッキーだわ。」


 そう言って、俺より先に落ち着きを取り戻した彼女が、少し微笑んだ。どこか切ない顔をしていたが、その目線に慌てて逸らすように彼女が言葉を繋ぐ。


「あー、コーヒー飲みます?」

「いや、自分で出しますよ。」


 吸い殻を灰皿に放り込んで、パーカーのポケットの中を探り始めた彼女の勧めに、咄嗟に断りの言葉を入れる。

 タダほど高いものはない。俺は、それを高校時代で学んだ。

「飲んだからには入部して貰おうかな」と、高校の先輩に連行される形で柔道部に入ったからね。おかげでゴリラになった。あの時、渡された缶コーヒーを飲まなければ、俺はどうなってたのだろうか。


「えっ、珍しいっすね。」


 思いがけない言葉だったのか、彼女はポカンと驚いた顔で顔を向けた。「いや、当たり前っすよ」と怪訝な顔で返すと、彼女も同じ様な表情で返した。


 結局、自販機に投入出来る小銭を彼女は持って無かった為、俺は缶コーヒーを2本購入し、彼女と飲みながら会話を続けた。

 確か年齢の話や、「嫁作れ」とうるさい親の話をした気がする。あと、外見の話も。「メガネかけるとオタクっぽく見えてしまう」と些細な悩みを打ち明けると、彼女は「そんなこと無い」と否定してくれた。そこはハッキリ覚えている。

 その後は、確か――。





「この後、付き合いませんか?」


 こう言われた。唐突な告白で俺は驚き、裏声で言葉にならない返事を返した。その返事に何かを察した彼女は、少し呆れた顔で言葉を補足した。


「ご飯に。」


 先程のフレーズで一瞬固まった思考回路が、ようやく言語の意味を理解した。「ご飯に付き合え」って事だ。嗚呼、なんと紛らわしい事か。ここで急に倒置法を使うんじゃない。心臓に悪いだろう。

 いや、変な理解をした己が悪いんじゃないか。下心がはみ出しとるぞ。仕舞え仕舞え。


「あー、そうですね。で、どこに行きます?」


 俺は、己への腹立たしさ2割、嬉しさ3割、がっかり5割の声色で、返事を返した。


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