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そのいち

 いやー、マッチングアプリってすげえな。こんな美人と会える約束ができるなんて。


 手のひらに収まる5.5インチの液晶画面に投影されるのは、まごうことなき美女。

 優しくも揺るぎないプライドを感じさせる、高貴な目つきに、気品さを漂わせる鼻筋。パーマがかかったブラウンのロングヘアは、上品で優雅な雰囲気を漂わせている。そしてワンピース越しでも存在感と包容力を感じさせるおっp…、バスト。まるで、女優やモデルのような、素敵な方だ。


 正直、マッチングアプリなんて出会い系サイトの延長線上のものだと思っていた。偽の画像に釣られてしまうのはまだまだ可愛い方で、誘拐やポルノなどの犯罪の温床のイメージが強かった。それもこれもニュースや掲示板の影響なのだが、そんなイメージを抱いたために、利用するなんて考えてもいなかった。


 恋愛ってのは、自然発生するもので、学生時代の甘酸っぱい青春の中で運命の人とめぐり逢い、やがては相思相愛になる。なんて当時は思っていた。運命的な出会いがあると思っていた。なんだかんだで良いパートナーとめぐり逢うと思っていた。


 だが、世の中は甘くない。そもそも、そんなドラマや漫画やアニメみたいな出会いがあるわけなかろう。むしろ交通事故や強盗に遭う確率の方が高いだろう。


 おまけに己の魅力偏差値にも疑問が残る。運よく顔は整っているが、なかば無理やり入部させられ取り組む事となった柔道による影響によって生じた肉体変化と、男性ホルモンの影響を受けすぎて女性受けは厳しいと、学生時代に友人から評価されている。

 ちなみにあだ名は「ゴリラ」や「原人」、一部では「キングコング」や「ハルク」と呼ばれた。なんとも的確なあだ名だ。


 そんな俺も30代が目前に迫っていた。27年間も彼女がいないのに、身内からは「嫁はまだか」と聞こえてくる。先月は祖母にまで言われ、「孫の顔が見たい」という要望まで出された。ホント何を仰っているのですかね。ボケたな、ババア。


 それを友人に相談してみると、マッチングアプリを勧められた。


 一昔前こそ一夜の相手を探すだけのものだったらしいが、現在は健全な交際からの結婚が目的とされ、身分証明書の登録や、運営会社への通報機能やトラブル発生時の対応も強化され、なんと運営会社が結婚相談所などのマトモな法人だったりするところも珍しくはないのだという。


 しかし、こんな『物件』に買い手がつくのだろうか。いや、微かなチャンスがあるかもしれない。でも上手い話には罠がある。綺麗な薔薇のように。


 しかしながら、まだ27歳だ。若い。希望はあるはず。

 しかしながら、高卒で現在手取り15万程だ。無念。

 しかしながら、良くも悪くもゴリラだ。この肉体需要は少なからずあるはず。

 しかしながら、未経験だ。戦果を挙げぬ戦士なんぞ要らぬ。

 しかしながら、名前は『武蔵』だ。体格だけは名前負けしていないはず。


 などと犬も食わない内容の脳内会議が開かれるも結論は出ず。


 スペックを纏めても、職安の職員ですら苦い顔をする事は容易に想像できるのだが、結局は友人の「人生がだめになるかならないかなんだよ!やってみる価値ありますぜ!」と胸が熱くなるセリフに後押しされ、登録のボタンをタップしてしまった。


 しかし、こんな雄のゴリラもどきの俺と会おうとする奴がいるのかと。

 そして、もし会うことになってしまった時には、どう振舞えば良いのか。少しの期待と大いなる不安を胸に毎日を過ごしていた。


 しかしながら、それらの不安は一週間程で杞憂に終わった。


 友人に「免許更新の証明写真じゃないんだから笑え!」と何度も取り直した一枚が功を奏したのか、すぐに反応があったのだ。

 お相手は『sakura』と名乗る女性。正直なことを申し上げると、名前に多大なる不信感を抱いたのだが、メッセージを用いてやり取りを繰り返していくうちに盛り上がり、『デート、しませんか?』と誘われた。


 まさに『我が世の春が来た』のだった。


 日程を相談し、駅前にて集合。その後は凱旋の如く街を練り歩き、互いを知るという流れになった。その日は、小学生の頃の遠足前夜の様に、妙に興奮(性的な意味ではなく)して、中々寝付けなかった。


 そして集合時刻である土曜日の午前10時。俺は、夏の日差しをクルーカットにした頭髪に受けつつ、新調したポロシャツとチノパン、そしてお気に入りの腕時計で武装し、浮足立つ心を抑えながら、駅前構内の指定場所に到着したのであった。


 あまりにも夢心地で、「心、此処に有らず」な心境を抑える為に、スマートフォンを取り出しては、5.5インチの液晶画面に映った『sakura』さんの顔写真を観賞する。とても良い笑顔だ。思わずニヤけそうになる顔を筋肉で抑えつつ、人がまばらな構内を見渡すと、それらしい人影が見えた。


 グレーのパーカーを深く被り、構内の壁に寄りかかりながらスマートフォンを弄っている。そして気怠そうに組んだ、黒いスキニージーンズに包まれた美脚。顔もこちらからは見えず、デートにしては落ち着いた服装だと思ったが、それっぽくも見える。確認の為にメッセージを確認すると、『到着しました!』とメッセージが入っていた。


 そのメッセージで、俺は妙な確信を抱き、浮足立つ心そのままに顔を確認する事なく「さくらさんですか?」と声をかけてしまった。


「うん?違いますけど…。」


 大男に不意に話しかけられ、フードを取りながら顔を上げた相手は、少し驚いた表情で否定した。

 フードから覗かせたのは金髪のショートヘア。そして赤く泣きはらした様な猫目。そして血色の悪そうな唇。後に判明したが、俗に言う『地雷メイク』と言うらしい。

 顔全体のイメージも、美人モデルと言うよりは未成年の高校生の様な、あどけなさが残る童顔で”綺麗”というよりは、”かわいい”が当てはまる様な印象であった。


 慌ててスマホの画面を見る。今朝送られてきたsakuraさんの全身の自撮り写真を見ると、服装が全く違う。デニムの上着に白いワンピースだ。

 そしてようやく俺は、完全なる人違いだと確信した。


「あっ、すいません!間違えましたうおっ!!」


 すぐに謝罪し慌てて立ち去ろうとしたところ、何かに右足が引っ掛かり、体勢を崩して派手に前方へと転倒した。

 咄嗟に前回受け身の体勢をとったために大事には至らなかったが、大男が体勢を崩したのが思いのほか注目を集めたらしく、何人かの通行人が心配そうにこちらを見ていた。

 少し恥ずかしくなりつつ立ち上がろうとすると、後ろから先程の女性が「だ、大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくれた。


「大丈夫です。足元見てなかった俺が悪いんで。本当にすいません。」


 そう言いながら立ち上がって歩いてきた方向を見ると、青いリュックサックが投げ出されるように倒れていた。

 いや、リュックサックというよりは、バックパックと呼びたくなるぐらいに大きいバッグだ。誇らしげに入ったロゴマークは、有名な国産の登山用品メーカーのもの。ざっと見た感じだが、45L程の大きさである。日帰り登山に用いるには有り余る大きさだ。


「すみません。私がバッグを置いていたから…。」


 謝罪の言葉を聞きつつ、女性に目を向ける。やはりグレーのパーカーにスキニージーンズ。

 余計なお世話だろうが、女性の体格的に不釣り合いであり、改めて見ても登山に行く様な服装ではない。どこへ行くのだろう。


「誰かと待ち合わせですか?」


 考え込んでいると、その思考を遮る様に女性が質問してきた。その質問に「えーと、そんな感じです。」と、戸惑いながら俺は返答した。これから来る“春”に気を取られ、なんと歯切れの悪い返答か。先が思いやられるぞ、俺。


「なるほど!そうなんですね!私も待ち合わせしてて。」


 どうやら彼女も同じ境遇だったようだ。女性は少し嬉しそうに語る。話を聞く限り、ネットで知り合った友人を待っているらしい。

 どんな友人なんだろうか。どこへ行くのだろうか。あんな大きな荷物を背負って向かうとすれば、旅行だろうか。もしかして海外旅行だろうか。楽しそうだ。


 いつの間にか会話に花が咲き始めたところで、本来の目的を思い出した俺は「では、俺はこれで」とキリの良いところで別れる事にした。


「あのっ。また、会えますか?」


 不意に彼女が、小さな声で問いかけた。駅の雑踏の中で、かろうじて聞き取れる小さい声で。どういう意味が、そのセリフに隠されてるのか分からなかったが、なんとなく引っかかるものを感じた。

 しかしながら、得体の知れぬ不気味さも感じ取った俺は、湧き上がった興味を抑える様に、聞き取れなかったフリを選択した。


「そんじゃ、気をつけて。」


 俺は右手を軽く挙げながら、そそくさとその場を後にした。

 残念ながら俺には、やるべき事がある。

 『sakura』ちゃんの顔を生で拝む、一世一代の大イベントがあるのだから!


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マッチングアプリで知り合った女性と待ち合わせしている最中に、早くも新しい女性と会話を交わす切っ掛けが出来ましたか。 今まで女性の影が殆ど無かった日々を送っていたのが嘘みたいに、武蔵さんの運命が変わって…
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