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悪魔の影(2)

 ファナの目の前で、アルベルトはフードの女性の手を取った。

 慈しみ深さを感じさせるまなざしで、指先は優しく。


「まずは話をお聞かせ願えますか。あなたの力になりに来ました」


 ああ、と女性は泣き崩れながらアルベルトに擦り寄る。アルベルトはガリレオにちらりと目配せをした。

 ガリレオは、目元に柔和な笑みを浮かべて小さく頷き「お嬢様、奥に個室があります。詳しい話は中で」と女性に声をかけた。

 そのまま、庭師の少年の肩に手を置き、ファナに視線をくれて移動を促してくる。

 カウンターの横に扉。そちらへ向かい、一団で移動することになった。

 女性はいまだアルベルトに寄りかかったまま。足元がおぼつかないのか、アルベルトも腰を支えるように腕を回している。


(倒れそうなひとがいたら……、支えるのは普通……だよね?)


 ファナは、思わず自問自答した。

 普段見ない光景だったせいで。アルベルトが長身であるのは知っていたが、華奢な女性と並ぶと改めて男性的な体格に気付かされる。広い肩、背中。長い腕。女性がアルベルトを見上げ、寄りかかる。こたえるようにアルベルトが女性を見下ろし、視線を合わせていた。

 見てはならないものを見たような気がして、ファナは目をそらしてしまった。

 心がざわざわとして、落ち着かない。

 神殿には女性がいない。信徒の女性と顔を合わすことはあるが、節度ある距離を保つのが普通で、これほどまでに接触することなどありえない。少なくとも、ファナには経験がないし、アルベルトがそんな対応をしているのも初めて見た。


 さまよわせた視線の先に、庭師のロダンという少年が立った。


「若い神官さまですね。オレとあんまり変わらない?」


 人懐っこい笑顔で言ってくる。

 何を言われているか理解が遅れて、ファナは自分がずいぶんぼんやりしていたことに気づいた。

 ぎこちなく笑いかけて、「十八歳です。まだまだ修行中の身です」と答える。ロダンは「へぇ」と何やら感心したように目を瞠った。


「可愛い声。顔も綺麗だし、女性かと思いました。よく言われません?」

「間違われることはときどきありますね。体もこれ以上成長しなさそうですし」

「そうかなぁ。十八歳だったらまだ身長は伸びるんじゃないですか?」


 警戒する間もなく、距離を詰められた。ぶつかりそうなほどの近さ。「オレより少し小さいくらいか」と身長を比べられる。

 接近に驚いてファナが見上げると、邪気なく澄んだ瞳に笑いかけられた。硝子のように透明度が高く、のぞきこめば頬を強張らせた自分の顔が映り込みそうだった。


「こっちだよ」


 ドアを開けて、アルベルトたちを先に通したガリレオが振り返って声をかけてくる。

 急かされた(てい)で、ファナはロダンをするりとかわし、ガリレオの元へ小走りに駆け寄った。



(近い……ように思うんだけど、これが市井の普通? 悪気はなさそうだったけどっ)


 女性のようだと言われた上で、間近で観察された、ように感じた。言いようのない不安。部屋に滑り込むと、アルベルトがフードの「お嬢様」に椅子をすすめて座らせたところだった。

 もう倒れる心配もないはずなのに、「お嬢様」はなぜかアルベルトの手首に指を絡ませたまま。

 アルベルトもそれを強いて振り払う様子がない。


 ファナはひくっと眉を寄せた。そのとき、背後にガリレオが立った。

 ごく自然にファナの耳元に唇を寄せて「気になるだろうけど少し待って。アルベルトはあのままで」と告げて、姿勢を正した。

 その言葉の意味を聞き返す前に、ロダンを迎え入れてドアを閉める。

 狭い部屋に五人が揃ったところで、ガリレオが落ち着いた様子で話し始めた。


「それではお嬢様――カリーナ・ラウロさん。今回の事件についてお聞かせ願えたらと思います。あなたが望んだように、神殿の神官をお連れしました。結婚式の夜にあった件、我々ではなく神官にしか話さないというのがあなたの主張でしたよね。『あれは悪魔の仕業で、自分は悪魔に狙われている』と」


 カリーナと呼ばれたフードの女性は、ガリレオへと顔を向けてきた。アルベルトにすがっていない空いた手でフードを軽くはだけて、顔をあらわにする。

 ちらりと見えた印象のままの、綺麗な顔立ちをしていた。

 アーモンド形の目を細め、ファナを見てから、ガリレオに視線を戻す。

 やがて、紅をひいた唇を開き、語りだした。



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