不気味な相談(1)
礼拝堂に居合わせた面々は、物音が聞こえるとすぐに聴罪室利用者と顔を合わせないようにそれぞれ散って物陰に身を隠した。
ファナはとっさに、並んだ木製椅子の陰に滑り込んだ。隠密行動には向いていない自覚があるため、不謹慎な好奇心から身を乗り出したりしないよう自分を戒める。
(相手が誰かを探ってはいけないというのは、神殿の神官なら当たり前にわきまえていることだ。このところ聴罪室絡みで事件が続いたせいで外から来たひとのことは気になってしまうけど、初心に返って規則を守ってやっていかないと)
どうしても「聴罪室に入った人物を特定できていれば事件解決の突破口になったのでは」と考えることがあったせいで「偶然を装って物陰から誰が来たかを確認しておくくらいは安全面を考慮しても必須では?」なんて考えるようになってしまったのが、自分のことながら恐ろしい。駄目に決まっている。ルールは絶対だ。
礼拝堂の入口から、小さな小箱のような個室である聴罪室はすぐそばである。
ファナは身を潜めたまま足音が聞こえてから聞こえなくなるまで息を止めてやり過ごした。「もう大丈夫」と思ったところで、立ち上がる。
「んっ!?」
ロザリオがごく普通に壁に身を寄せただけで隠れる素振りもなく聴罪室の方へと顔を向けていることに気づいて変な声が出てしまった。
「女の人だったなぁ」
「み、見たんですか」
思わず尋ねると、ロザリオは満面の笑みを向けてきた。
「僕は本物の神官じゃないから、神殿の教えに従う必要はないからね。ファナさんはどうなんだろう。僕の発言の真偽を確認して大丈夫?」
うぐっとファナは言葉を呑み込んだ。的確に、鋭いことを言われてしまった。
「俺も神官じゃないからばっちり見たよ。神殿に出入りする人間のことは把握しておくべきだ。ファナが狙われていると知っていて、手ぬるいことを言っている場合じゃない。命がかかっているんだから」
横から口を出してきたのはガリレオである。
うぅ~っとファナは唸りながらアルベルト姿を目で探した。
アルベルトは祭壇に向かうように木椅子に腰掛けていた。ちらっとファナへ視線をくれたものの、無言であった。見たとも見ないとも言わない。
(アルベルト様は神官として一人前だから神殿の教えに背くようなことはしないですよね。こんな当たり前の規則を忘れるわけがありません……!)
そうだそうだとファナは自分に言い聞かせていたものの、すぐに自分の見通しの甘さを知ることになる。
アルベルトが実にさりげない口ぶりで言ったのだ。
「ずいぶん思い詰めた雰囲気の利用者だったな。ただの聴罪室利用ではないように思う。後で神官長から呼ばれるんじゃないだろうか」
ええーっ見てたんですかーっと声にならない悲鳴を上げたファナをさておき、ロザリオとガリレオが腕に覚えのある者同士の会話を始めた。
「足取りは普通だったな。体を鍛えているような俊敏さは感じなかった」
「どうだろう。そう見せる演技ということも考えられる。なんにせよ、あちら側の組織は何人かこっちに顔が割れているからね。警戒の隙をつくためにか弱い見た目の女性を送り込んできたというのはありえそうだ」
全員「聴罪室のなんたるか」を完全無視している。
真面目さだけが取り柄だと自認しているファナは、思わず口酸っぱく言ってしまった。
「皆さん、そういうのはどうなんですかね。もっと基本に返って自分を厳しく律して」
「まあでも、ここにいる男たちが気にしているのは結局ファナさんの身の安全なんだけどね?」
しれっとロザリオに言われて、ファナは自分が守られるしかない弱者であったことを思い出して口をつぐんだ。
この都市の地下に巣食う、暴力も辞さない謎の組織。有翼種を追い求めて暗躍する男たち。亡国からきたロザリオ。
めまぐるしく周囲が動くのを感じつつも、ファナ自身は自分から動き出せず受け身でいなければいけないことにひそかに苛立ちがある。
そのせいでかえって「せめて日常を守らねば」という気持ちが働いてしまったが、自分の考えが牧歌的すぎるというのは言われずとも気づかなければいけないところであった。
利用者の姿はもう見えないが、濃緑の瞳を凝らしていまは誰もいない空間を見つめていたガリレオは、決然とした口ぶりでアルベルトに言った。
「神官長から呼ばれるのを待つまでもない。あの利用者、接触してみた方が良い。思い詰め方が普通じゃなかった。何かある」
それは「力」を使うべきだという示唆であった。
ガリレオは言うなりちらっとファナに視線を流してきて、先んじて反論を封じるように「何も無いならそれでいい、もしものためだ」と言った。そして、あとは何も受け付ける気はないとばかりに横を向いてしまったのだった。




