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聴罪士ファナ~何かと事件に巻き込まれていますが、先輩が過保護なのでなんとかなりそうです~  作者: 有沢真尋
【第二章】 廃駅ロマネスク

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絵描きの青年(1)

 子どもの歓声が上がった。

 中央広場に面した、神殿の正門前。街の子どもたちに取り囲まれていた背の高い青年は、微笑みながら手を天に差し伸べた。

 その手から、真っ白な鳩が現れてばさばさと羽音を立てて空高く飛んでいく。

 同時に、広場の中央の噴水が伸びやかに水を噴き上げ、大人たちも足を止めて振り返っていた。


 子どもたちの声が大きくなる。全員目を輝かせて、「どうやったの」と口々に騒いで青年にまとわりついていた。中には、掴みかかっている子もいる。コーヒーの染みの残った、クリーム色のジャケットに。

 神殿から出てきてその場面を目撃したファナは、思わず渋い顔になる。


(やっぱり染みになっちゃってる)


 視線に気づいた様子で、青年ロザリオが振り返った。目が合ったファナは、そばまで走り寄る。


「ロザリオさん。わざわざご足労頂いて、すみません」

「いえいえ。モデルをお願いしたのは僕ですから。今日はよろしくお願いします、ファナさん」


 如才ない文言と、あたたかな笑み。袖に掴みかかっていた男の子の頭を軽く撫でて「また今度ね」と優しく暇乞いをして、ファナの方へと歩いてきた。

 面と向かい合ったところで、ジャケットの染みについて、ファナは今一度謝ろうとした。だが、口を開いただけで「これは僕流のお洒落。申し訳無さそうにはしないでください」と先手を打たれてしまう。


「それより、ファナさんにお近づきになれただけで嬉しいですよ。おっと、お目付け役のお兄さんもいましたか」


 ロザリオはわざとらしくおどけて、ファナの背後で鋭い眼光を放っているアルベルトに笑いかける。無言で、腕を組んで佇んでいるのであった。


(アルベルト様は心配性なんです……! 睨まないでほしい……。私のお客様です)


 ファナとしては、険悪な空気は甚だ困る。困るのだが、何かと身辺が不穏な時期、アルベルトの警戒心もまた、痛いほどわかる。いざというときに、自分ひとりで対処できない恐れは十分にあり、アルベルトの見守りは心強い。

 とにかく、自分がまずしっかりしていれば問題は起きないはず。ファナはそう腹をくくって、ロザリオを見上げて微笑みかけた。


「どうぞ。神殿の中庭へご案内します」


 * * *


 遡ること数日前、ガレリアのカフェにて。

 ファナは、ロザリオとの短いやりとりの後、「痴話喧嘩の類だった。声をかけたらすぐにおさまったよ」と言って席に戻ってきたガリレオに対し、改めて「幻の廃駅」の件について伝えた。


 ――聞いたことは無いけど、言われてみると、何かあったかもしれない。調べてみる。


 ガリレオはぴんときていない様子であったが、ひとまずその情報を持ち帰った。

 翌日には制服姿で神殿を訪れて、調べた結果を「差し障りのない範囲で」と断った上で教えてくれた。


 ――結論から言うと、ある。幻の駅は。埋められたというより、もともとが地下鉄の駅なんだ。


 ――地下鉄?


 ――たとえば首都などの開けた都市で、すでに地上の建物が密集している区域に機関車を走らせるにあたり、地下に線路を敷こうという計画がある。この街では数年前、試験的にアナスタシウス駅の地下からロマヌス駅まで、近距離だが線路が敷かれることになっていた。だが工事中の事故でロマヌス駅側が埋まってしまい、安全性の確保が難しいということから、当面は計画を見合わせることになったらしい。


 ――ということは、あの日聴罪室で私に告げられた内容は、かなり真実に近いということですか。


 ――そうだね。地下への入口、アナスタシウス駅には残っているんだけど、一般には立ち入り禁止。階段で地下に下りてもすぐ先で埋まっている……と言われたけど、確認したところ、図面で示された位置は実際には埋まっていなかった。人の出入りしていることを示す痕跡も確認できた。今後、人員を確保して調査に入る。何しろ、内部がいま現在どうなっているかは誰も把握していない。突入までの数日はさりげなく見張りを立てているから、その間に誰かが出入りすれば、現場で押さえられるはずだけど……。


 地下へと続く階段を想像してみた。その先には、罠がある。そうとわかっても行かざるを得ないのであれば、準備は入念に行うことになるだろう。

 その結果まで教えてもらえるかはわからなかったが、ファナとしては駅に関する報告だけでもありがたかった。


 ――早期の解決を祈願しておりますが、無理はなさらないでください。


 ファナがそう告げると、ガリレオは爽やかに微笑んで「ありがとう」と言って立ち去った。

 それでこの件はひとまず、ファナの手を離れていた。

 あの日の相手がなぜ、伝言をファナに託しにきたのか。その狙いは依然として不明であり、アルベルトはまったく警戒を解いていない。

 それだけに、この時期に「ファナが新たに知り合った相手」であるロザリオに対し、遠慮なく猜疑心に満ちたまなざしを注いでいるのだ。


 もちろん、彼と話すきっかけになった状況について「変な相手に話しかけられ、立ち向かうつもりで熱々のコーヒーをぶちまけたら無関係なロザリオにかけてしまった。相手はその間に逃げてしまった」と打ち明けたのも大きい。アルベルトは不満顔で言い放った。


 ――絵描きだというわりには、ずいぶん注意力のない男だ。


 ――注意力があっても、避けられないものは避けられないと思います。それは俊敏さの問題であって。


 ――そうじゃない。そんなに近くにいたなら、ファナの背後をとった相手のことくらい、きちんと見て特徴を覚えているべきだという意味で言っている。何も見ていないだなんて、抜け過ぎだ。怪しい。


 ファナとしては、強く言い返せなかった。


(何も見ていない……、という言葉にアルベルト様がひっかかるのはわかる。陰惨な事件に関わり、真実を告げられずにいたカリーナ嬢も、当初は「見ていなかった」という言い訳を……)


 それでも、コーヒーをかけた落ち度も引け目もあるファナとしてはロザリオを無下にできず、アルベルトには目を瞑ってほしいと平にお願いするしかなく。

 アルベルトは納得していない様子ありありであったが、ロザリオとの約束の日を迎えることとなった。


 絵のモデル。ファナを描きたい、というロザリオに対し、外に出ることを警戒してファナは神殿の敷地内ならと申し出た。

 ロザリオは快く了承し、その日、神殿に絵描きの道具を持って訪れてくれたのであった。

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