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聴罪士ファナ~何かと事件に巻き込まれていますが、先輩が過保護なのでなんとかなりそうです~  作者: 有沢真尋
【第二章】 廃駅ロマネスク

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饒舌な信徒(2)

 聴罪室のドアに背を押し付け、ファナは壁の向こう側の見えぬ相手を思った。

 つい先程までは、世間話に興じる饒舌な信徒のひとりだった。

 今は。


「一緒においでと言っても、君は来ない。連れ去るしかないか」


 人が変わったとしか思えないほどの、冷ややかな声。妙に楽しげなのが、不気味だ。


(どうしよう。怖い。動けなくなってる場合じゃないのに……!!)


 それまで普通に話していた相手が豹変する出来事は、少し前にも経験している。そのとき、真っ先に反応して対応したのはガリレオで、固まっていたファナを助けたのはアルベルトであった。

 いまはどちらもいない。

 自分の身は自分で守るしかない。

 ファナは格子窓をキッと睨みつけて、震える声で言った。


「い、行きません。あなたは悪党です」


 くすっ、と場違いなほど明るい笑い声が耳に届いた。


「可愛いねえ。ますます気に入ったけど、今日のところは時間切れ。少し話しすぎたみたいだ。また来るよ」

「来るんですか」

「拒絶は悲しいなぁ。次こそきちんと罪の告白をするからきいてよ。手始めに、そうだな。俺が今まで殺した人数から教えてあげる。君にだけ特別に」

「もしそれを誰かに話す気があるなら、私ではなく出頭してしかるべき相手に伝えた方が」

「聴罪士がそんなこと言わないでよ。どんな相手をどんな追い詰め方をして、どんな命乞いをされ、それを踏みにじったか。ここで女神とともに聞いてくれるのが仕事じゃないの? それとも、そんな話を聞いたら夜眠れなくなっちゃうの? 君が」


 逃げないと。

 この相手はおかしい。

 頭ではわかっているのに、足が石になったみたいで、その場から去ることができない。


(たすけて)


 心で強く願ったところで、背にしていたドアが開いた。見慣れた銀髪が目の前を舞う。力強い腕に抱き寄せられる。

 同時に、キィっと蝶番の軋む音。悠々と立ち去る足音。


(出て行った……?)


 耳を澄ましながら、意識が遠のきかけて、一瞬目を瞑った。

 すぐに我に返って、顔を上げる。


「ア……」


 アルベルトさま、と名を呼ぼうとしたところで大きな手のひらに口を塞がれた。

 聴罪室に二人の聴罪士がいること。その名前。二重にひとに知られてはいけない事実があるので、当然のこと。

 ファナの口を片手でおさえ、もう片方の腕でしっかりと抱いたまま、アルベルトは格子窓の向こうの気配をうかがっている。

 やがて、小さく吐息してファナを見下ろしてきた。


「落ち着いてから話を聞こう。今はまだ、震えている」

「すみません。不甲斐ない……」

「落ち込まなくて良い。密室に二人きりという状況には、誰だって強い緊張を覚える。しかも、今回の相手は異質だ。廊下を歩いているときに、変な物音がしたから見に来た。あの距離で聞こえたんだから、かなりの」


 言いかけて、アルベルトは口をつぐむ。ファナを両腕で胸に押し付けるように抱きしめ直して、「今日はもういいから」と囁いた。抗うように、ファナはなんとかそれを口にした。


「事件の……、この間の事件のことを知っているみたいでした。私のことも。それから、ひ、ひとごろしの……人殺しの告白をしたいって」


 アルベルトの腕に力がこもる。もう片方の手で頭をかき抱かれて、ファナは胸に顔を押し付ける体勢になった。


(アルベルト様も震えてる……?)


「まさかもう、ここまで来るとは。随分と大胆だな。危険に晒して悪かった。ずっとそんな話をひとりで聞いていたのか。怖くて当然だよ。さっさと逃げ出せ。命の危険があったんだ」

「ずっとじゃなくて、途中から突然でした。全然対応できなくて、逃げられ、ちゃって。ごめんなさい」

「誰も責めて無いから、謝らなくて良い。この聴罪室が、罪の告白をしてきた相手を閉じ込められるよう、鉄格子のトラップになっているならともかく。そんなものないからな。相手に関しては、せいぜい、誰かがすれ違ったり目撃していないか聞くくらいだが……、基本的にそれはルール違反。禁忌だな」


 アルベルトの胸に耳を押し付けるようにしていたファナは、温もりに包まれながら声と心臓の鼓動を聞いていた。しかし、話しぶりに苦いものが混じったのを感じて薄く目を開いた。


(「力」を使うか、迷ってる……? 目撃していそうな相手に聞き込むために)


 先日打ち明けられたアルベルトの「力」。人の心の声を聞き、記憶を探るもの。ファナも同様の力を有していて、さらに能力的には強いと言われている。まだうまく使えないから、不用意に使おうとするなとは厳に戒められているが。

 できることなら自分も手伝って、少しでもアルベルトの負担を軽くしたい。

 そう告げたいが、ストレートに言っても確実に断られる。目に見えている。

 どうしたものかと思いつつ、ファナはこのどさくさで吹き飛びかけていたことを思い出し、「あっ」と声を上げた。


「そういえば、さっきのひと、変な話をしていました。悪党の巣窟が地下にあると。幻の廃駅……」


 ファナはアルベルトの腕からするりと抜け出す。

 心配そうなその顔を見上げて、先程の相手が言っていた「とっておきの話」を伝えた。



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