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聴罪士ファナ~何かと事件に巻き込まれていますが、先輩が過保護なのでなんとかなりそうです~  作者: 有沢真尋
【第一章】 花嫁に恋をした悪魔

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女神のもたらすもの(3)

 目を開けたら、神殿の自室のベッドだった。

 窓から差し込む白々とした光。

 寝間着に着替えず寝ていたようで、ゆっくりと持ち上げた腕はスータンの黒い袖に包まれていた。ファナは、自分の指先までじっと見つめてから、腕を下ろす。瞼を閉ざした。


(変な夢を見た。夢だよね? 私の背中に翼があって、それを誰かに……切り落とされただなんて……)


 手足を押さえつけられ、悲鳴を上げても誰も助けてくれない。異音。激痛。

 涙の向こう側に、少年のアルベルトとガリレオを見たような気がした。今より幼さの残る顔をしていたが、子どもというほどでもない。十代半ばくらい。現在のアルベルトが二十八歳なので、十数年前の姿だとして、ファナはその頃五歳くらいだろうか。


(……神殿に拾われた頃……。私は何も覚えていない。私はどこから来て、なぜここにいるのか。どうして肉体的には女性なのに「男性」として受け入れられたのか。性別(それ)は、ひとに知られてはいけないと前神官長にきつく言い含められ、着替えや湯浴みをはじめ様々な場面で、さりげなく気を使われた対応をとられてきたけど……)


 他人に着替えを手伝ってもらったこともなければ、人前で服を脱いだこともない。

 誰かに背中を見られたことなどないし、自分でも見たことがない。そこがいまどんな状態で、他の人と何が違うかを見比べたこともない。

 考えたこともなかった。

 神殿での日常。農耕作業などを含めて仕事は多かったが、文字の読み書きをはじめとした教育も施されてきた。一方で、手に入れられる本の種類は限りがあり、噂話も届きにくい環境だったのは確かだ。知識が世間並かと言えば、偏りが有り、知らないことも多いはず。

 

 もちろん、神官として信仰する女神の言い伝えや伝説に関しては、一般の人々より詳しいと自負していた。だが、女神の血脈や有翼人種に関する情報はすべて「伝説」として教えられてきた。アルベルトのような能力者が神殿の管理下にいる以上、神殿は「能力」が今もかなり身近にあることを知っていたはずなのに。ファナには、その事実は綺麗に伏せられてきた。

 隠蔽。


「ファナ。起きたか」


 声をかけられて、ファナはハッと顔を横に向けた。

 ベッドの側の椅子に、アルベルトが座っていた。持て余し気味の長い足を組んで、少し眠そうな顔をしてファナを見ていた。

 がばっと、跳ね起きる。

 瞬間、背中に激痛がはしって、息が止まった。恐る恐る手を背に伸ばしたが、息を吐き出したときには痛みは消え失せていた。錯覚だったのかもしれない。


「ごめんなさい、アルベルト様。私、お店で倒れてしまいましたか。どのくらい時間が……」

「一晩寝ていただけだ。その件に関しては、俺の落ち度だ。まさか、ファナがいきなり『能力』を解き放ってしまうとは想定していなかったから。何しろあれは消耗する。制御できないうちは、こうして簡単に昏倒する。気分は?」

「悪くない、です。よく寝た後みたいで……」


 それ以上の言葉がなかなか出てこない。何から聞けば良いのか、自分が何を言いたいのか。全然まとまらない。


(「能力」を使った……アルベルト様に分け与えたいと願ったこと? 私にはなぜそんな能力があるのですか。女神の血脈とはなんですか。私の背中には)


 翼が。

 あのおぞましい光景はいったい何なのですか。アルベルト様は何を知っているんですか。


 穏やかな光を湛えたアイスブルーの瞳を見て、ファナは心の中だけで問う。それを口にしたら後戻りできない、その感覚が強すぎてうまく声を出せなかった。アルベルトとの関係が激変してしまう予感は、ただただ恐ろしかった。

 アルベルトは、どこか寂しげに微笑んでいた。


「ファナが俺に力を分け与えてくれたように、俺の力をファナにあげられたら良かったんだけど。どうもそういう使い方はできないらしい。倒れたファナの側にいるしかできなかった」 

「側に……、いてくれただけで十分です。寝ていないんじゃないですか。疲れてますよね」

「俺のことは気にしなくて良い。ファナは今日体調不良で話を通しておくから、このまま休むように。食事は部屋に運ぶ」


 言い終えて、アルベルトは立ち上がる。すぐにも去ってしまう気配を感じて、ファナは慌ててベッドから下りた。

 足がもつれて体が傾ぐ。アルベルトが、危なげなく腕を伸ばして支えてくれた。

 その腕を逃すまいとするかのように掴んで、ファナはアルベルトの顔を見上げた。


「もう一度、いえ一度と言わず何度でも、私の力を使ってください。アルベルト様が倒れてしまいます」


 アルベルトの能力が肌に接触することで発揮されるものなら、自分もそうなのかとファナはアルベルトの手首や手に触れようとする。

 アルベルトはそっとファナの手を振りほどき、一歩離れた。


「だめだ。ファナの力は心地よすぎて、癖になる。俺を骨抜きにする気ならともかく、そんなに簡単に振る舞わないでくれ」

「何を言っているんですか。使えるものなら使ってください。その方が、私も力の使い方に習熟するかもしれませんし。……この力については今後教えて頂けるんですよね?」


 不安になって尋ねると、アルベルトは唇に品の良い笑みを浮かべて「もちろん」と答えた。


「力のことを伝えた以上、ファナが使いこなせるようになるまで、俺の教えられることはすべて教えるよ。そのとき、今みたいに安易に、俺に力を分け与えようとはしないように。それはファナの大切なものだ」

「アルベルト様も私にとっては大切ですが?」

「いい加減にしろ。俺を本気にさせるなよ。そんなことばかり言っていると、いっそファナの全てを奪いたくなってしまう。自制させといてくれ」


(自制……。力の欠乏がそこまで苦しいなら、やせ我慢しないで私を使ってくれていいのに)


 納得いかないものを感じつつも、アルベルトが身を引いてしまっているので、ファナも深追いはやめた。押し売りはさすがに違う、と理解する。

 アルベルトは優しく頷くと「わかればいいんだ。それじゃ、またあとで」と言い残して背を向けて部屋を出て行った。

 ぱたん、とドアが閉まる音を聞いてから、ファナはベッドに引き返して身を投げだした。

 窓からの光を感じながら、目を瞑った。


 * * * * *


 思いがけない休日。自分でも気づかないほど疲れていたらしく、ファナは自室でゆっくりと過ごした。

 背中を確認する気にはなれなかった。そもそも、部屋にも湯浴みする場にも、鏡などない。どうやって確かめれば良いのか、そこから考えねばなかった。


 夕刻。

 ファナの食事を持ったアルベルトが難しい顔をして現れて、「ガリレオから連絡があった」と重い口調で告げた。

 なかなか話を始めないアルベルトにファナが声をかけて促すと、深刻な表情のまま口を開く。


 ――カリーナ嬢の屋敷が、火事で全焼したそうだ。父親をはじめ、使用人の多くも逃げ遅れて犠牲になったとみられている。父親がどんな事業に手を出し、どういった相手と付き合いを持っていたか。追うのが難しくなり、時間がかかりそうだということだ。

 

 ――このタイミングでは、放火と考えるほうが自然……ですよね。証拠隠滅ですか。それにしても、やることがあまりにも……。


(酷すぎる)


 ぞっとして口をつぐんだファナに向かい、アルベルトも頷いて言った。

 これはかなりたちの悪い案件に関わったかもしれない、と。


★これにて第一章終了です(๑•̀ㅂ•́)و✧

 第二章に続きます。主に男性キャラが増えます。

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