第八話 もう情けない姿は見せない!!
「修にぃ!」
クルリが俺を呼んでいる。
フォボスの容赦のない攻撃が無抵抗の俺の体を傷つけている。
だが、少し鍛えすぎたみたいだ。
フォボスは俺の体を傷つけるのに苦労している。
俺はもう死にたいんだ。
早くしてくれ。
「修にぃ! 諦めないで!」
諦めないで?
何を言ってるんだ?
勇者を辞めることか?
勇者ならこいつが俺を殺して辞めさせてくれる。
諦めてないぞ。
「修にぃは、真っ当に生きるって諦めなかったのに、こんな所で生きること諦めんな!! 修にぃ!!!」
俺はもう死んだ方が良いんだよ。
きっと世界がそれを望んでいるんだ。
どこにいっても、クルリにすら迷惑をかける事しか出来ない俺は死んだ方良い。
「修にぃは、勇者なんだよ!!」
何故だ?
何でこんなに胸が熱くなるんだ?
死んで勇者を辞めてしまいたいのに。
俺の心の奥底で叫ぶ何かが、死んでも俺を勇者としたい何かが叫ぶ声が聞こえる。
「魔族の私も助けるようなどうしようもない……私の勇者なんだよ!! ……忘れないでよ……。」
そうだ……。
俺を初めて勇者と呼んだのは、王でも仲間達でもましてや人々じゃない。
クルリだ。
(修にぃ、勇者っぽいよね。)
旅の途中大きくなったクルリが俺に何気なく言った一言。
勇者っぽいって何だよとその時は思ったが、その尻尾が軽快に揺れてるのを見て、勇者と呼ばれるのは悪くないって思った。
(知ってる? 修にぃ。勇者っていうのはね……)
ああ。
思い出したよ。
魔王討伐で忘れかけた俺の原点。
本当に俺はクルリがいないとダメな男だ。
それが柊修平の勇者とは何かの答え。
それは………世界の救世主とか魔王を討伐した者の称号とか、そんなものではない!!
「勇者とは! 無慈悲な罵詈雑言を浴びせられ、ケンミジンコになるまで心をへし折られ、止まることのない絶望の底に落下し続け、それでも救いたいと、這い上がりたいと願う魂!!! そう……勇者とは……クルリの好きな男のタイプだ!!」
俺はクルリにカッコイイ所を見せられるようにしようと旅をしていたはずだ。
だから、どんな絶望の中でも、クルリに情けない姿を見せないと見栄を張っていたはずだった。
魔王を討伐するために始めた旅の中で俺を支えたのは、妹にかっこ悪い所を見せたくないという見栄だったはずだ!!
もう情けない姿は見せないと決めたはずだ!
「はぁ!? そんな事言ってない! 修にぃは本当にキモすぎ!! 一生口きかないんだから!!!」
な、なに!!
でも、あの時尻尾を振っていたのはそういう事だと。
何だかんだ俺のことがタイプだからずっと一緒にいてくれるものだと。
顔を赤らめてるが、尻尾がただ下がりだ。
わからないが、乙女心というやつだろう。
一生口きかないなんて、魔王と同じ様に俺に死ねと言っている様なものじゃないか。
「まだ立ち上がる気力が残っているノカ!!」
「うるせぇ!!!」
俺は殴り続ける説明クソ魔王を殴り飛ばす。
何やら、驚いているようだが、知ったことじゃない。
「その……考え直してくれないか……一生というのは辛い。」
「そこの魔王を倒したら、考えてあげないこともないけど。」
「何だ、そんな事で良いのか?」
良かった。
一生口を聞いてくれない未来の方が勇者を辞められない未来よりも俺にとっては絶望的な未来な気がする。
だって俺にとって魔王討伐はあれに比べればずっと簡単だ。
「お使いの方が難しいぞ。」
「俺を倒すのが……お使い以下ダト!!!……死ネェ!!!!」
侮辱され怒り狂う説明クソ魔王が、クルリに襲いかかる。
怒りにのまれていると思ったが、随分利口な考えをしている。
俺を殺しにくるよりもクルリを殺した方がダメージが大きいと思っているんだろう。
まったくもってその通りだが、それは最悪手だ。
体の奥底で魔王を止めようとする心が動き出す。
心が動いてしまった。
それなら、体が動くのも当然だ。
クルリを襲う魔王の爪を俺は拳で粉砕した。
「権能ベルフェゴール!!」
「堕落させる権能。確かに厄介だが、お前のそれはもう効かない!!」
相手を堕落させる権能。
確かに厄介だが、こんなもの心のあり方の問題だ。
勇者を辞めたいと思う心に付け入られたが、俺は例えどれだけ堕落しようが、クルリには嫌われたくない!!!
「お前は、クルリにお使いを頼まれる絶望を味わったことがあるか!! 肉がどこに売っているのか知ってるか? 野菜がどこに売っているのか知ってるか? そして、その二つが売っている……スーパーを知っているか!!!」
「ほんと、クソニートなんだから……。」
体から力が湧き上がる。
自身の心のあり方に体が連動するような、懐かしい感覚だ。
自分の体が熱い何かで満たされる。
もしかしたら、俺はこういう刺激を求めていたのかもしれない。
魔王討伐の旅の時に幾度となく味わった高揚感と熱が俺の体を動かしている。
「勇者のくせに魔王の俺ですら知ってる常識を知らねぇノカ?」
「テメェが俺を馬鹿にすんじゃねぇ!!!」
「俺もこのままお前が死ぬのは物足りなかった所ダゼ。ゲヒャヒャヒャヒャ!!!」
俺の乱打を逃れ、下卑た笑みを浮かべる魔王に今一度向かい合う。
俺を憎む春菜を抱えてクルリが距離を取ってくれた。
こっちは任せろという事だろう。
「権能が効かなくトモ、お前が死ぬことには変わりネェ!!」
「うるせぇ! 何度も何度も俺の家を壊して借金背負わせやがって!! 遂には町を壊しやがって!!! 本気で俺を怒らせたのはお前で二人目だ! クソ魔王!!!」
俺とフォボスの真の戦いが始まる。
間違った一挙手一投足を咎められる様な緊張感。
間違いの罰則は互いの命。
戦いとはこういうものだ。
何年かぶりの高揚感が俺の身を焦がす様だ。
だが、不思議と負ける気がしない。
だって俺は、クルリの兄だから。
もう情けない姿は見せないと決めたから!
ーーーーーーーーーーーーーー
魔王と勇者の戦いを春菜とクルリが眺める。
クルリも権能ベルフェゴールの力のせいで、体に力が入らず、二人の戦いを眺めるという決意を刈り取るように時折、意識が薄れる。
それを何とか自身の体に傷をつける事で堪えていた。
だが、クルリが堕落しきらなかったのは、絶望的な状況でも、迷うこと無く立ち上がれる男を知っていたから。
生活能力が皆無で迷惑ばかりかけるその男は、自分が声をかければいつだって応えてようとしてしまう。
そんなどうしようもない兄とクルリは過ごしてきた。
そして、腕に抱えるこの幼い子供は自分達よりも強い心を持っている。
生きる気力まで失われてしまう権能の中で、今でも兄を強く憎んでいる。
だからこそ、クルリは春菜なら分かると思った。
「春菜ちゃんも、惑わされないで自分の目でしっかり見るの。あれが勇者と崇められた伝説の冒険者。私が尊敬する……たった一人のお兄ちゃん。」
クルリの母性に満ちたその目に母親の面影を感じた春菜は、不安げに思いながらも魔王と勇者の戦いを恐れながらも見る。
ただ純粋に魔王から自分達を守るその男が本当に勇者なのかを確かめる為に。
ここまでご覧いただきまして、ありがとうございます。
気に入っていただければ、ブックマークやお気に入りユーザー登録をお願いします。