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第六話 もうこんな街には戻らない!

「修にぃは本当に後先考えないよね。」


 幼女を連れて家に帰ると、クルリが引っ越しの支度をしていた。

 今日は午前中に仕事が終わったらしい。

 呆れた顔をして俺を見ているが、理由がわからない。


「修にぃのやってること。誘拐だよ。」

 

 え? これが誘拐?

 でも、そうなるなら、警備団が止めるはずだ。

 俺は止められてないぞ。

 あ、でも何か言われた気がする?

 もしかして、あれってそういう内容だったのか!!

 感慨にふけっている場合じゃなかった……。


「ごめんな……クルリ。」


「……引っ越しならいつもの事じゃん。」


 クルリが借りたアパートは、見るも無残な落書きに覆われていた。

 出ていけとか、二度と来るなという張り紙が至る所に貼られ、ペンキでお前の存在こそが魔王だと書かれたものもあり、家の窓は割られ、中に侵入された形跡もある。

 だが、お金はクルリが隠してくれていたのか、盗まれていないそうだ。

 

 こうして荒らされた俺達の部屋に、一通の封筒が届いている。

 中身は、部屋の修繕費の請求書。

 何度も見てきた請求書だが、今回は心に刺さる。


「今回は俺にも責任があるから、俺にも手伝わせてくれ。」


「これは私の役目。修にぃは見守ってあげて。」


 引っ越しの支度もクルリに拒まれた。


「それは……俺が役立たずだからか?」


 真っ当に働こうとしたらこの有様だ。

 クルリは俺が世間でどんな評価を受けているのか知っていたが、黙っていた。

 その親切心はありがたいが、今の俺にとっては複雑な想いだ。


「悲劇のヒーロー気取っててマジキモい! 勝手に私の役目を奪おうとするからそうなるの。」


「もう少し……兄を労ってくれても良いんじゃないか……。」


「はぁ? キモすぎて鳥肌立った……。」


 初めて魔王と対峙した時よりも、心が折られた。

 俺も年齢的には大人だが、泣くよ?

 というか、もう涙腺が崩壊してるよ。


「うわー、大人が泣くとか、マジでない……。」


 俺に対してクルリは一切の甘えを許さない。

 まぁ、二十八にもなる大人がこうして泣いていたら、そう思うのかもしれない。

 尻尾を垂れ下げながらも、クルリが引っ越しの準備を終えた。

 俺が部屋の隅で体操座りで泣いていると、幼女が起きた。


「お母さん! お母さんが……お母さんが……!!」


 起きるなり、慌てて泣き叫ぶ幼女。

 その姿は魔王討伐前に何度もあった光景。

 あの魔王のせいで、何人の人がこの様に傷ついたか……。

 そして、何人の救いを求める声を救えなかったか……。

 幼女の悲鳴に、気付けば涙が途切れ、俺は唇を噛み締めていた。

 

「聞かせてくれる? あなたの話を。」


 クルリが泣き叫びそうになる幼女を抱っこして、揺すった。

 俺がそうした様に、クルリも幼女を抱っこしている。

 幼女は安心したかのように、涙をぐっとこらえて、話を続けた。


「お母さんが……魔族に襲われて……警備団のお兄さんたちに助けてって言ったの!! ………でも、でも、報酬はとか……めんどいとか………来るなとか言われて……それで……それで……。」


「大丈夫。大丈夫だから。このお兄ちゃんが助けてくれるから。」


 俺は警備団にやるせない苛立ちを覚えた。

 警備団は仕事を選んでいるようだ。

 ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったが、今はそんな場合ではない。

 警備団の維持費は国の税金で賄われているという話だったが……。

 警備団が私腹を肥やそうとしているのか、維持費が足りないのか。

 まぁ、真相はわからないが、俺が思っているよりも警備団の実態も悪いものらしい。

 だがそれよりも!


「クルリが俺のことをお兄ちゃんって呼んでくれるなんて……。」


「くたばれ! クソニート!!」


 ここは、別にお兄ちゃんなんて呼んでないんだからね! とか言うと思ったのに……。

 顔を爪で切り裂かれて、血の気が引くような鋭い痛みに襲われる。

 想像と現実は違うと学習したはずだが、成長しない自分が情けない。

 そして、クルリの尻尾が今まで見たことがないぐらい下がっている。

 お兄ちゃん凄く悲しい。


「本当に助けてくれるの!! でも、お兄ちゃん弱そう……。」


 ぐふっ!

 やめてくれ! その言葉は俺に効く!!

 魔王討伐の旅で何度も言われてきた。

 というか、今回はクルリのせいだ。

 

 俺たちのやり取りを不思議そうに幼女が眺めている。

 一応勇者の俺が、幼女の前でこんな情けない姿を見せるわけにはいかない。

 だが、勇者とは名乗らない方が良いだろう。


「お兄ちゃんはな。元冒険者だ! だから一人でも大丈夫!!」


 勇者って言うと不安になるかもしれないからな。

 幼女にまで非難されるのは流石に辛すぎる。


「でも……。」


「信じてあげて。」


 俺には見せたこともないようなクルリの優しい瞳を見て、幼女は頷いた。

 出来ればその顔を近くで拝みたい。

 と思ったら、クルリが俺を睨んできた。

 思うだけなら自由にして欲しい。


 そうして、俺達は幼女の話を聞いた。

 幼女の名前は立花春菜というらしい。

 春菜はどうやら、グリーンラッド村から来たそうだ。

 グリーンラッド村は俺にとっては近いといえる距離だが、幼い春菜にとっては誰かが付き添わなくては厳しいぐらいの距離だ。

 幼い春菜が一人で来れるような距離では無いはずなのだが……。


 いかん!!

 こんな健気な幼女の話すら疑うぐらいに俺の心は荒んでいるみたいだ。

 危ない危ない。


 春菜の話だと一ヶ月前、村のみんなが急に働かなくなったそうだ。

 春菜の親も元々農家として懸命に働いていたのに、急に働かなくなった。

 きっと仕事が辛くなったんだろう。

 一ヶ月だけでも真っ当に働いた俺だから分かる。

 働くのは死ぬほど辛い。


 そして、村で働く者はいなくなり、村が荒れ果てていったそうだ。

 そうなった村を魔王を名乗る魔族が襲った。

 今の魔王は人間を無闇に襲撃しないはずだが……もしかすると、これも俺が招いた結果なのかもしれない。


「修にぃが気にすることじゃないから。」


 春菜を揺すりながらかけてくれたクルリの言葉が俺の心を撫でるようだった。


 春菜はグリーンラッド村にいるという勇者を探したが、見つからず、村の警備団も気付いたらいなくなり、アルテミシアの街まで助けを求めにやってきた。

 そうして、警備団に助けを求めている所で、俺達に保護された。


「修にぃ!」


「行くぞ!!」


 俺を呼ばなくても、答えは決まっている。

 これは勇者を辞めると言った俺がきっかけで起こった事件の可能性がある。

 まぁ、そうでなくても俺なら二つ返事で行くと思う。

 


 そうして、自責の念にかられながらも、俺達は走ってアルテミシアの正門を抜けて、グリーンラッド村に向かおうとした。

 だが、正門の前で俺達を待ち構えるように警備団が待ち伏せしていた。


「おい、柊! お前には幼女誘拐の容疑がかけられている。」


 武装した警備団が俺達の前に立ちはだかる。


「だから言ったでしょ。修にぃ。」


 俺の後を追うように着いてきたクルリが足を止めた。


「全く、クルリの言うとおりだ。」


「王城からの召集令も出された! 大人しく従ってもらおう!!」

 

 自信満々に正門の前を警備団が塞ぐ。

 だが……

 

「お前ら本気でやっているのか?」


 俺を止める気でいるかもしれないが、その布陣は隙だらけだ。

 構え方が揃っていないし雑。

 人が通れるほどの隙間が多すぎる。

 極めつけは腰が浮いている。

 

 こんな布陣で止められるのは魔族と戦ったことが無い人間ぐらいだろう。

 何でこんなに自信満々でいられるのか、気味が悪い。

 魔族から人間を守っているという話にすら疑問を感じざるを得ない。


 時間があれば少し手痛い目にあわせて、春菜の話を聞かなかった事を含めて説教してやりたいが、今はそれどころではない。


 俺は春菜を抱えて大きくジャンプし、警備団の頭上を優雅に飛び去る。

 クルリも俺の後に続いてジャンプした。

 俺達を見て驚いているみたいだが、こっちの方が驚きだ。

 魔族が襲撃したら、どうするんだ?

 まだ、冒険者に頼った方がマシじゃないのか?

 そもそも、冒険者が警備団に入ることが多いって聞いたが……まぁ、今は無駄な事を考えるのはよそう。

 簡単に突破できるならそれに越したことはない。

 だが、こんなので俺より高い給料もらっているのは心底許せねぇ!!

 

「人を差別して、警備団は仕事をしない上に役に立たず! もうこんな街には戻らない! 王の招集も知るかって伝えとけ!!」


 俺は警備団に最低限の文句だけ言って、アルテミシアの街を後にした。

 文句を言って少しだけスカッとした俺だが、こうして、街を抜け出して人を助けに行く事に冒険者だった頃の気持ちを取り戻していた。

 確か仲間達との冒険もこんな感じで身勝手に振る舞っていた。

 それで何度も怒られたり、時には上手くいったり……。

 いずれにせよ、ワクワクとドキドキが止まらないあの頃の冒険の旅。

 春菜には悪いが、俺はこんな展開を望んでいたかもしれない。

 ここまでご覧いただきまして、ありがとうございます。

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