第四話 もう想像と現実は違う
次の日、足早に仕事場に向かうクルリを見送り、俺はギルドの職業相談所へと向かった。
あまり期待はできないと思っていたが、昨日会った職員さんがゼウス教の宗教勧誘の仕事をすすめてくれた。
昨日の今日でこの人かと嫌に思ったが、ちゃんと見つけてくれて安心したし、感謝もした。
俺はゼウス教徒ではないが、教徒で無くても出来るそうだ。
早速俺はギルドを抜け、案内された教会へと向かう。
何でももう話は通してあって、採用だそうだ。
仕事が出来る人って凄いなと思いながら、予定時間よりも一時間早くその教会に着いてしまった。
昨日は嫌々待ち続けたが、俺は初めて冒険者ではない仕事に付けてワクワクしながら待った。
そうして待っていたら、黒いスーツを丁寧に着こなした女性が俺を見つけて、早速説明に入った。
「柊さんで間違いないでしょうか?」
「はい!!」
思わず返事に気合が入ってしまったが、それを気にもせず、持ってきたかばんの中から資料を取り出した。
仕事をする人ってこんな感じなのかと少し感動してしまった。
「アルテミシアの街はゼウス教徒が多いので、勧誘も簡単です。こちらのマニュアルも時間があるときに目を通しておいてください。出来高制にはなりますが、一人入信毎に二千円です。中には一ヶ月で百万を稼ぐ人もいますよ。」
ゼウス教は国にも認められた正しい宗教だ。
王城にもゼウス教徒のための聖堂があるのを見た。
アルテミシアの街はゼウス教徒が多いと言えど、全員ではない。
これはチャンスだと、この時は思った。
勇者から宗教の勧誘員に転身とは世間的には微妙だが、何度も職業相談に来て厄介者扱いされるよりはましだ。
成果が出れば、勧誘員から別の仕事に転身することも出来るかもしれない。
俺の真っ当な人生はここから始まるという高揚感も感じていた。
初めは街で見かけたアンケート調査だと思ったが、俺の仕事は割り当てられたエリアの一軒一軒を訪問して勧誘を行うというものだった。
一日に百件以上訪問するのが勧誘員全員の共通目標だ。
慣れれば一日で二百件以上回るから、これでも少ない方らしい。
だが、月収百万に達するためには五百人。
休日を含めて一ヶ月で二千五百件程度は回れる。
五件回って、一人勧誘できれば、月収百万も全然いける。
それに、家族ぐるみで勧誘出来れば、一軒で二千円以上もありえる。
ーーーーだが、この考えは甘かった。
冒険者を初めてした時と同じ様なワクワクとドキドキを抱えながら、俺は一軒一軒を回った。
しかし、何軒も何軒も訪問するが、そもそも人が出てくる気配がない。
しかも、やっと人が出てきたと思ったら。
「ゼウス教に興味はありません。」
拒否され話すら出来ずに家に戻られる。
マニュアルを見たが、このマニュアルはそもそも相手が何だかんだ興味を持っている場合のみだ。
一切興味がないという反応しかない現状では、マニュアルがまるで役に立たない。
「ゼウス教に興味はありませんか?」
「ああ、また来たのー。上がって上がって。」
初めは感触が良いと思ったが、ここから待ち受けているのは罠である。
「私はゼウス教には興味が無いし入る気もないんだけど、大変でしょ。お茶でも飲んで行きなさい。」
家に上がったは良いものの、初めにきっぱり断られ、お茶を出されるケース。
俺からすれば、この人はゼウス教に入信する気が無いため、もう話す必要が無い。
しかし、相手は話すことを望んでいる。
しかも、出されたお茶は相手にとっては善意かもしれないが実は罠だ。
これを飲んでしまうと、尿意との戦いになる。
迂闊に飲むとトイレを借りなければならなくなったり、入信してくれそうな人と当たった時に尿意が来てしまったら話に集中できなくなる。
だが、善意で出された以上、飲まないわけにはいかない。
話術があればこれもチャンスになるとは思うのだが、冒険者しかしてこなかった俺にそんな話術は無い。
だが、一番きついのは次のケースだ。
「ゼウス教に興味はありませんか?」
「勧誘してくるなって何度も言ったでしょ!! 大体あんた達は何度も何度も鬱陶しいのよ!! 二度と来ないで頂戴!!」
こういったきつい言葉をもらうこともある。
俺は初めてきたのに、相手にとっては何度も来る勧誘員の一人でしか無い。
こう言われると俺としては悪いことをしていないはずなのに、悪いことをしている気分になる。
そして、実際に勧誘していると分かるが、ゼウス教徒が意外にも少ない。
たまたまそういうエリアなのかもしれないが、アルテミシアの街はゼウス教徒の街と呼ばれるほどなのにその実態は少ないゼウス教徒が多いと言い張っているだけなのかもしれない。
だが、確実に言えるのは、月収百万など夢のまた夢という事だ。
俺は今日一日で百件回って勧誘できた人はいない。
検討します。という言葉を好感触ととらえてしまったのも反省点だ。
同じ勧誘員に聞いたら、それは断り文句らしい。
勧誘できた人にどの様に勧誘したのか聞いたけど、自分で考えろとのことだ。
そうして、一ヶ月が経ったが、俺が勧誘できた人はいなかった。
これではまずいと俺はプライドを捨てて強硬手段に出ることにした。
ーーーーしかし、それが最も大きな間違いだった。
「私は柊修平ですが、ゼウス教に興味はありませんか?」
「あんた柊ってまさか! 勇者かい!!」
思ったとおり、訪問した人が驚いている。
興味がある人にだけ名乗ろうと思っていたが、興味がない人しかいないので勇者の名前を使った。
このまま給料無しが続くのは死活問題だ。
クルリとの生活の為ならこの程度のプライドは捨ててしまえる。
これを使えば話ぐらいは聞いてくれると思った。
「この街から出てけ!!!」
初めて言われた時は、ただ呆然とした。
明や奏は英雄や賢者として慕われている。
俺も当然そのはずだと思った。
しかし、同じ様に勧誘を続けたが、反応はほとんど同じ、酷い時は塩をまかれた。
これには流石にこたえた。
勇者という言葉にこれほど露骨に嫌な態度に出されたのは初めてだ。
「ここは神聖な街だよ! 魔王を呼び寄せる勇者は出ていけ!!」
「魔王を呼び寄せる勇者が宗教勧誘なんて、ゼウス教は悪魔の宗教だな。」
何度も繰り返される罵詈雑言に、俺は仕事を放り出して泣いた。
結果報告に戻ったら、訪問していなかったことがバレて怒られた。
泣きっ面に蜂とはまさにこの事だが、蜂は逃げても追いかけてくる。
俺はその後すぐクビになった。
「あんたがあの勇者だったなんてね。柊さん、もう来なくていいから。」
俺が訪問した家から連絡が来たそうだ。
勇者がいると魔族が攻め込んでくると思って夜も眠れないという、クレームが何件も来たそうだ。
国教と認められたゼウス教にクレームが集まるのはまずい。
そうして、俺は宗教勧誘員をクビになった。
自身が想像している勇者像と人々が思っている勇者像はあまりにもかけ離れている。
もう想像と現実は全然違う。
いや、例え勇者でなかったとしても、俺は所詮こんなものだ。
でも、クルリになんて説明すれば良いんだ……。
「話さなくても分かるよ。お仕事お疲れ様、修にぃ。お金は私が何とかするから、今は休んで。」
「ごめんな……。不甲斐ないお兄ちゃんで……本当にごめんな……。」
俺が家に帰るなり説明する機会を伺っていたが、クルリは初めから事情を知っていた。
その親切心に泣いてしまった。
俺には無理だと言っていたクルリだが、作ってくれる弁当には頑張ってとか、修にぃなら出来るとか、励ましのメッセージがあった。
初めは妹のデレに戸惑う程度だったが、結果が出ない俺の支えになっていた。
だから俺は頑張れた。
それなのに、クルリの想いを無駄にしてしまった不甲斐なさと今までの人生の後悔で胸が苦しめられた。
真っ当に働くと固い決意をしたつもりなのに、現実は、俺の甘い考えはそんな想いを無下にした。
もう想像と現実は全然違う。
真っ当に働き、俺にも出来るという所を証明しようと思ったが、結果はこのざま。
この一ヶ月魔王が家に上がり込んでくることもなかったから、俺は完全にクルリの紐になっていた。
今まで受け取れていたはずの魔王討伐の収入も、何故か今回は受け取れなかった。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
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