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第三話 もう真っ当に働かなければ

 俺とクルリは、アルテミシアと呼ばれる街に転移した。

 引越し前の町グリーンラッドからそこまで離れていないのが残念だが、ワープの巻物は一度しか使えない。

 ここでしばらく滞在して、時期が来たら移動しよう。

 クルリも納得してくれた。


 アルテミシアの街は絶対神ゼウス発祥の地と呼ばれ、絶対神ゼウスを信仰するゼウス教徒が多い。

 ゼウス教徒が多い街だからこそ、僧侶やゼウス教の宗教勧誘が多い。

 アンケートと言いつつ宗教勧誘をしている人が至る所で見受けられる。


「修にぃ、本当に良かったの?」


「ああ。俺はもう勇者なんて辞めるからな。」


 奏を嫌っているクルリにしては珍しい問いかけだ。

 クルリと奏は仲があまり良くない。

 奏が来たのにお茶を出さずにそのまま転移したのも、クルリが奏に苦手意識を持っている現れだ。

 ただ、仲間だとは思っているみたいで、二人の関係は俺もよくわからないと言ったのが本音だ。

 

 実際、クルリは俺が奏に連絡すると言わなかった事を心配している様だ。

 何だかんだ、クルリを拾ってからというものずっと一緒に生活をしていたから、クルリも俺の気持ちはわかるようだ。

 

「修にぃには、無理だと思うけどな。」


 俺はクルリと共にアルテミシアのギルドに向かっている。

 俺の決意とは裏腹にクルリはおちょくるように尻尾を振っている。


「クルリ、俺をなめてもらっては困る。今回の俺の決意は固い! なぜなら俺は、この後仕事を探しに行く!!」


「ギルドで冒険者用の依頼を受けに行くの?」


「違う! 俺はギルド職員とか、そういう……戦いとは離れた職業に就く!」


 俺は勇者と呼ばれてはいるが、職業としては冒険者だ。

 冒険者という職業の地位は魔王討伐前はそこそこ高かったが、今ではかなり低い。

 俺達が魔王を倒して以降、魔族の驚異が少なくなったのが原因の一つだが、それ以上に警備団の設立が大きい。


 魔族が人間を襲うこの世界では、冒険者を護衛として雇う者が多かったが、初代魔王討伐以降は俺が王に設立を進言した警備団のせいで冒険者の収入の大部分を占めていた護衛依頼が減ってしまった。

 その結果、残ったのは報酬が少ない採取依頼と、死ぬ危険性が高い魔族や、知性の低い魔族・通称魔物の討伐依頼。

 今ではそれらの依頼も警備団に任されることが増え、冒険者だったものは警備団に入り、警備団に入れない問題のある者が冒険者をするようになってしまった。

 かくいう俺も、警備団に入れないその一人だ。

 

 平和な生活が出来る人が増えるのは良いが、俺のせいで俺自身の生活が苦しいものになっているのは世知辛い。


「ま、精々頑張って。でも、ちゃんと受け取れるものは、受け取っておいてね。」


 そう言って、クルリは俺を尻目にギルドの職業相談所に行った。

 前は冒険者用の宿屋や酒場で賑わっていたギルドだが、今ではギルドと言えば職業相談所だ。

 魔王が討伐され平和になった後、冒険者の多くが仕事を求めた。

 ギルドもその要望に応え、今では職業相談所としての役割がメインになり、かつて賑わっていた酒場と宿屋は狭苦しいものになっている。


 クルリが探している仕事は、家政婦だ。

 王城に住んでいた頃、最高峰のもてなしをされた俺には分かるが、クルリの家政婦としての能力は極めて高い。

 調理は一級品だし、掃除や洗濯をすれば新品すらも凌駕するほどの仕上がり。

 俺には勿体ない程の存在だ。

 唯一の心配は言葉遣いだが、相談口の会話を陰ながら聞いている分には、問題なさそうだ。

 むしろあれぐらい丁寧に俺と接してほしいものである。

 

 クルリが俺に気付いて睨んできた。

 その場から逃げるように俺も自身の用事を済ませる。

 クルリが言った受け取れるものというのは、魔王を倒した報酬の事だ。


「あの〜、魔王を討伐したんですけど。」


「柊様の代理の方ですね。申し訳ございませんが、まだ確認が取れていませんので、報酬は後日になりますが、よろしいでしょうか?」


「は、はい……。」


 ギルドの事務的なやり取りに俺は慣れていない。

 本人なのに、間違って頷いてしまった。

 もっと、堂々としたいものだが、まさか本人が受け取りに来るとは思っていないのだろう。

 大抵はクルリがやってくれたしな。

 

 初めて魔王を討伐した時は、王から直々に報酬を受け取り、王都凱旋や盛大なパーティーでもてはやされたのに、今ではギルドの職員から事務的に受け取るだけの有様。

 しかも、その報酬も少なくなっている。

 初めて魔王を倒した時は、一生を遊んで暮らせる程の大金だったのに、今では魔王一体につき五万円。

 一ヶ月生活するのに税金とかを考えると、二十万は程度は欲しいところだが、俺の場合はそれとは別にワープの巻物や引っ越し費用などを考えて、五十万は必要だ。

 ちなみに、警備団は月三十万相当で、団長になれば五十万ぐらい。

 

 どうして、値段が下がったのかと言うと、魔王の考え方が変わってしまったからだ。

 魔王とは魔族を支配し人間を滅ぼそうとする魔族の頂点という存在だったが、今では勇者を倒すために仕向けられた魔族という考えに変わっている。

 つまり、俺以外に危害を加えるケースが少ない。

 無差別に人間を襲う知性が低いゴブリンの様な魔物の方が実害は大きいのだ。

 

 強いけど実害が少ない魔王を倒す勇者と、弱いけど実害の大きいゴブリンを倒す警備団。

 人間の立場からすれば、警備団の方が勇者よりもよっぽど役に立つのは当然だ。

 そんな世の中の世知辛さを感じながら、俺は相談所に足を運ぶ。

 こうして、初めて職業相談所に足を運んだが、何となくだが、惨めな気持ちになる。

 二十八歳にもなって、冒険者しかしたことが無いからだろうか。


「それで、どの様な職業に就きたいのですか?」


「あ〜、魔族や魔物と戦うような職業ではなくて、こうギルドの職員とか……。」


「ギルドの職員でしたら、国が行う試験を合格し、資格を取得してください。」


 え? ギルドの職員ってそんな大層なものだったの?

 

「柊様の場合でしたら、まずは専門の学校に入学し、二年かけて卒業する必要があります。」


 無理だ。

 俺の頭じゃ学校に入学するのも難しい。

 魔王討伐の旅にかまけて勉学を怠った弊害だ。

 奏に勉強を教えてもらおうかと頭をよぎったが、そもそも奏は忙しいし、俺は奏を突き放してしまった。


「あ、あの! 魔族と戦わなければ何でも良いです! 今すぐ出来る仕事はありませんか?」


「柊様の職業は冒険者ですよね? 冒険者以外の事はされていましたか?」


「……残念ながら……したことが無いです。」


「ご希望とは違うかもしれませんが、警備団はいかがでしょう? 魔族や魔物と戦うこともありますが、一人で戦うことはありませんし、その様な事態も最近では減っています。警備団の中には冒険者だった人も多いですよ。」


「警備団には入れないんです。その……。問題を起こしてしまうかもしれなくて……。」


「はぁ……。探してみますので、少々お待ち下さい。」


 受付嬢にため息をつかれてしまった。

 過去に問題を起こした冒険者と捉えられてしまったようだ。

 相談に乗ってくれてるのはありがたいけど、そんな態度を取らなくても良いじゃないか。

 書類に目を通して俺でも出来そうな仕事を探してくれているけど、露骨に嫌そうな態度が伝わってくる。


 俺も本当は警備団に加わりたいが、そうもいかない。

 魔王に狙われ続けている俺が警備団に入っても迷惑をかけるだけだ。

 

 本当に勇者なんて望んでなるものじゃない。

 俺の勇者生活も堕ちるところまで落ちている。


 俺が待っている間にクルリの方は終わったみたいだ。

 何やらさっそうとギルドを出ていった。

 クルリが出ていった後も長く待ち続け、ようやく俺は呼び出された。


「今日の所は時間も時間ですので、またお越しください。」


「……はい……。」


 大きなため息を一つはいて、ギルドを出る。

 長く待たせて返答はそれかよと思ってしまう。

 ギルドの外に出て周りを見渡していると、クルリがぼんやりとアルテミシアの街を眺めながらギルドの壁を背もたれにして俺を待っていてくれた。


「修にぃ、引っ越し先も決めといたから、夕飯買いに行くよ。」


「お前は本当に頼りになるな、クルリ。」


「まじキモい。」


 抱きつこうとしたら軽快にかわされたし、尻尾も垂れ下がっている。

 お兄ちゃん悲しい。


 アルテミシアは、神聖な景観が特徴の街だ。

 クルリはこの街が苦手なのか、魔族だから神聖なものが嫌いなのか、尻尾が垂れ下がったままだ。

 いや、俺が原因なのかもしれない。

 一度損ねてしまったクルリの機嫌を取るのは難しい。

 俺が誤ってクルリお気に入りの物を壊してしまった時は、一週間口を開いてくれなかった。


「修にぃ、お仕事決まった?」


「いや……。」


「やっぱり……。私、明日早いから。」


 厄介者扱いされた俺と違ってクルリは仕事が決まったみたいだ。

 クルリも初めは魔族だった事から就職に苦労していた。

 一生を遊んで暮らせる金を得たのに仕事を求める姿に関心した俺は、王に進言してクルリを王城のメイドとして雇わせてもらった。

 そして、クルリは王城のメイドとして働いた実績があるからと、今では仕事に困らないまでになっている。

 こうなる未来がわかっていたのか、こうなっても大丈夫なようにだったのか。

 ただ、やっておけばよかったという後悔を抱えるぐらいなら、やっておいた方が良いというのはクルリの人生が体現している。

 それをこうも目の当たりにすると、認めざるを得ない辛さがある。


「俺から離れても良いんだぞ。」


「修にぃ、私がいないと生活できないじゃん。」


 まったくもってその通りだが、これでは俺がクルリに生かしてもらっているみたいだ。

 勇者になって本当に落ちぶれている。

 いや、勇者になったから俺は落ちぶれたのかもしれない。

 このまま勇者を続けていけば、俺はだめになる!

 早く勇者を辞めて、もう真っ当に働かなければ!!

 ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

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