プロローグ
初投稿です。よろしくお願いいたします。
――お話の不幸なお姫様は、王子様に出会って、それからは幸せに暮らすの。
――そのあとは?そのあとはどうなるの?
差し出された小瓶のような形のガラス細工の縁を、わたしの血がつたう。底にある青いガラスの破片のようなものに赤い血が触れると、触れた先から青紫にキラキラと輝いた。それを見て、ガラス細工の主はふぅ、と息を吐いた。それからどこか悲しげに微笑むと、わたしに目線を合わせてしゃがみ込む。
「なるほど。……お前は真実、私の妹らしいね」
泣き出しそうな笑顔だった。おめでとう、君の母上はうそつきじゃないよ。そうわたしに言うくせに、言った本人は全然うれしそうにはしない。そこでふと、昔母に聞かされたおとぎ話を思い出す。物語の王子様は、お姫様を見つけたとき皆揃って笑顔で、幸せをかみしめていたはずだった。
「どうして、悲しそうにするの?」
もしかして、迷惑なのかもしれない、という可能性に気が付き心がしぼむ。……それはそうだ。こんな薄汚れた、貧しい村のちびなんかが急に妹になってもうれしくはないだろう。今日までの日々がたのしかったばかりに、急に怖くなる。……アルは、わたしと血がつながってるだなんて、いやかな。
「……それが必ずしも、幸せにつながらないからだよ。ものがたりのように、めでたしめでたし、とはいかないんだ。わかるかい?ライラ」
そう言って、わたしの頬に触れた手は優しかった。アルは今13歳のはず。……まだまだ背丈も声もなにもかも子供なのに、こんなにも大人びた目をしているのはなぜだろう。
そのままわたしの頭を引き寄せて自分の肩にうずめるように抱きしめると、アルは声を潜めてささやく。
「大人はみんな嘘つきだ。お前が私の妹だと知れ渡れば、きっと悪い大人に利用されてしまう。それはね……もしかしたら嘘つきだって言われて生きるよりずっとつらいかもしれない。不幸なまま死んだ人間だっている。だからねライラ、よく考えて決めてほしいんだ。私の妹、つまり……王族の血を引くということを公表して、母上の汚名をそぎたいかい?それとも」
抱いた腕の力が一際強くなる。わたしは、……。
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この大陸の中心には、高い塀に囲まれ十字に広がる魔法学園都市がある。魔力を持つ者達……例えば隣 接する各国の王族や、一部の希な才能を持つ平民の元に入学の案内が届くのは、学園にまだ雪が積もる今、二月のこと。
本来であれば、この時期の学園に寄りつく者など居ないはずなのだが……白銀に照り返す雪原のなかを、ぴょこぴょこと小さな茶色い点がゆっくりと学園の門へと進んできていた。
「やったー!ミリー!ミリー!……ミリアリア!やっと着いたわ!」
「本当ですかライラさまぁ。わたし、もうへとへとですぅ。あんなに近くに見えたのに、まさかこんなに歩かなきゃいけないとはおもいませんでしたぁ……」
長い黒い髪が茶色いローブからはみ出して跳ねる紫の瞳の少女、ライラが、背後を歩いていた灰色がかった茶髪の少女、ミリアリアに振り向く。ミリアリアは不貞腐れたようにつぶやくと、その背に背負っていた大きな荷を背負いなおし、ライラへと手を伸ばす。
己より一回り小さなライラの体に手をまわすと、背後から男の叫ぶ声がした。
「まてっこの、獣娘―!!!」
「うるさい人間!主を置いて逃げる従者がどこにいますかっ!ライラ様いきますよ、これが最後ですからね。舌噛まないでくださいよ!」
「きゃー!」
「よろこばないでくださいよ!有事じゃなきゃこんな体力のいることしませんからね!」
少女たちよりずっと後ろから、物騒にも剣やらなにやらを携えた男たちが追ってくる。走ったとしてもこの雪じゃもう少女たちが門につくまでに追いつくことはかなわないだろう距離であるが、ミリアリアはそう怒鳴ってからライラを抱きかかえる。この雪さえなければ、とぶつぶつと文句を言いながらも雪を踏み固め少ししゃがむと、次の瞬間、ぴょーんと、軽やかなウサギのように高く跳んだ。
「きゃー!」
どうやら男たちに追われている身でありながら、奇妙な浮遊感が楽しいのかライラのひどく楽し気な悲鳴があたりに響く。その声に、学園の門番であるところの人狼族、ジンが顔を上げた。
後を追う男たちの怒号を背に、ジンの目の前に着地したミリアリアは、疲れたとばかりにその場にしゃがみ込む。ミリアリアの腕の中から零れ落ちたライラは、彼女を支えるように抱きしめると、門の前のジンへと顔を向けた。
「おやおや、こんな時期に客とは珍しいね」
「こんにちは!待ちきれなくて来ちゃったんです。わたしはライラ・カークス、こっちはミリアリア。ふたりともこの4月から入学します」
「はっはっは、こんなに早く、しかもにぎやかに登場したのはきっと君たちが初めてだよ」
「そ、そんな世間話はいいからさっさと、中に、いれてくださぁい!追われてるのが目にはいんないんですか!」
のんびりした会話を繰り広げる主人と門番にしびれを切らしたのか、息も絶え絶えなミリアリアが叫ぶと、ジンは心配ないよと笑う。今は雪で見えないけれどね、とミリアリアのすぐ後ろを指さした。
「そこはもうこの学園の敷地内さ。部外者は入ってこれない。……ほら、お前さんたちを追ってきた男たちが、あそこで引っかかってる」
「はぅっ?!ほんとだわ、まるで見えない壁に阻まれているような……これが、魔法?」
「そうさ。この学園が誇る鉄壁の守り、太古の賢者が施した魔法障壁がちょうどあの男たちが無様に引っかかって動けなくなっているあの場所から、この学園をぐるぅっと囲んでいる。だからもう安心していいんだよ、お嬢さん。……もっとも、そちらの黒髪のお嬢さんは知ってたみたいだけど」
ミリアリアの荷物を降ろさせ、肩を回して彼女を立たせようとしていたライラは、ジンの興味深げな視線に気が付いて答える。
「この学園のことも、魔法障壁のことも、それから門番さんのこともすべて、にいさまから教わっています。……わたしは、にいさまに会いにこの学園に来たんです!」
その兄との対面が待ちきれないのか、ライラは大輪の花のようなまぶしい笑顔を浮かべたのだった。