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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

黒の森

前世、婚約者のために死んだ私に婚約者が言った最後の言葉は「愛しているのはお前じゃない」でした。

作者: 千東風子


誤字を修正しました。

誤字報告ありがとうございます。

 まあ、そういうことがありまして。


 え、わかんない? そりゃそうですよね。

 とりあえず、私も自分の気持ちを整理したいので、ちょっと聞いてくれます? 向かいに座ったのも何かの縁でしょうし?


 私には前世の記憶がありまして……あら、あまり驚かないのですね? 珍しくもないのですか? あなたの国ではよく聞いた?

 そうですか、世の中は広いですね……。


 おほん。で、今世、私はここ西の国の「黒の森」に接するこの領地の町娘として生を受けました。

 え、黒の森って? ……まあ、どれだけ田舎者なの?

 ああ、国外からいらしたの? まあ確かに、黒の森に接しているのは大陸の中でも七カ国だけですけど……大陸の常識だと思っていました。


 黒の森は大陸のほぼ中央にある前人未踏の地で、魔力地場が人知を越えた動きをするので、人が住むことのできない地のことです。

 主に鬱蒼とした森なので「黒の森」と呼ばれています。正式名称はあるのでしょうが、人間ごときが呼んで良いものでもないので、そう呼ばれています。生態系も不思議ですし、魔物たちもとても強いものばかりで、何か目的がない限り、人間は立ち入らない森です。まあ、立ち入ったところで、生きて帰ることも少ないのですが。


 黒の森に接している地は、魔物たちとの生存競争がとても激しいです。

 逆に言えば、黒の森に接した地で魔物たちをくい止めるため、それ以外の地は平和でいられる、というものです。

 国防の最前線であり、最後の一線でもあるのです。


 戦いが日常のこの町のご領主様は、もちろんゴリゴリの武闘派。町には正規の領軍もいますが、傭兵的な冒険者も多く、ただの町民も戦闘にこなれた感があります。町全体が緊急事態対応可能です。


 私は、そんな町の一般庶民の娘、ああ、申し遅れましたが、名前はディリアと申します。15で、もうすぐ16に。ええ、成人しましたよ。結婚? ……鋭意お相手捜し中です。一人っ子なので、両親と一緒もしくは近くに住んでくれる人で、食うに困らないだけの収入があり、浮気しない人……が、中々いないという。条件そんなに厳しくないよね?


 すっごい頷いてくれているけど、あなたも色々ありそうね。


 両親はまだまだ現役で、いついつまでも家にいて良いと言ってくれていますが、そうはいくまい。ただでさえ、今は空前の結婚ブームなのに、お祝いするだけで終わりたくない。私も祝われたい。


 え、何で結婚ブーム? ええ? 国外っても、よっぽど田舎に住んでいた方なの? まさか、2月前のうちの王様のお達しは知っているわよね?

 宮廷魔術師たちがこぞって「黒の森の魔物たちが活発になる」って予言をして、国中で厳戒態勢がとられているじゃない。しかも……あー思い出しちゃったじゃない。王兄殿下がこの町に赴任されるのよ。領軍と協力して森から溢れてくる魔物を討伐するために、国王直轄軍を率いて来るのよ。今は少し魔物たちの数が増えてきたかな? ってところだけど、これから、どんどん魔物が増えて、大きな戦いになるわ。


 前に黒の森の魔物たちが森から溢れたのは50年位前の北の国。

 その時は、どういう導きか、北の国に保護されていた異世界からの落ち人様がものすごい魔術師で、5年ほどで魔物たちは森から出なくなったみたい。

 それでも、とてつもない被害が出て、辺境の町は壊滅、黒の森が町ひとつ分広がったって、知らない?

 本当にどこから来たの?


 で、現在この町を最前線として、対策がされているけど、この町に被害なしとはいかないでしょう。50年前の北の国の話はうまく魔物たちを押さえられた例であって、うまくいかなければ、この町も隣町も、少なくない土地が森に浸食され、長期戦になればなるほど人的な被害も大きくなるもの。それで、結婚ブームよ。


 え、よく分かんない?

 ええ……と。うん、と、もうぶっちゃけ言っちゃうと、魔物たちとの戦になると生きて帰る保証はないから、好きな人と一緒になっときたいというか、ヤっときたいというか、子どもを残しておきたいというか。本能? みたいな。あっちこっちで結婚して、早いカップルは妊娠してるわ。魔物たちがいつ活発になるか、はっきり分かってないから、早ければ早いほど生まれた我が子を抱っこできるって訳よ。


 今は少しずつ非戦闘員が他の町に逃げているけど、住民がみんな居なくなったら兵士たちの生活が成り立たなくなるから、ほとんどの住民は最後の最後までこの町にいるつもり。本当に最後の避難をする時、妊婦や小さな子どもは優先して避難できるしね。


 この町の西にはこの国だけじゃなく、この大陸の台所を支える広大な麦畑があるの。

 ああ、いい、知らないんでしょ。はは。黒の森を知らないのに知っているなんて思わないわよ。……もしもそこが森に飲まれたら、この国はとても苦しいことになる。王様はなんとしてでも、何年かかっても、この町でくい止めるおつもりよ。


 それで、んもぅ! お兄さーん、カスス・オランジおかわりー! あなたは? ウィーロン茶? お兄さーん! 追加なるはやー!


 ぐびぐびぐび。っはあ。

 で、来るのよ。王都からの援軍が、どどんと。王兄殿下が指揮官で。

 はあぁぁぁ~。なんでまた、って感じ。他にもいっぱい強い人がいるじゃんねぇ。

 そりゃあ、私みたいな町娘が直接関わるようなお方じゃないけど、……近くに来ると思うだけで、結構辛いのよ。


 会ったこと? はないよ? はね、って、気が付いた?

 そ、前世の私の、婚約者だったの。


 頭おかしいと思う? はい? てんぷれ? なあに、それ?


 殿下が生まれた時、年回りの合う貴族の娘がいなかったの。数年待っていれば、年下の女児が生まれたかもしれないけれど、殿下は生まれながらにして魔力が膨大で、とても不安定だった。暴走しないようにするためには、婚姻の誓約を結んで、伴侶と魔力を分け合うのが一番安定するの。その時の貴族令嬢の中で、私の魔力と一番相性が良かったから、私と婚姻の誓約をしたの。私の方が5歳年上でね。私が死ぬまで13年間、婚約してた。


 なによ? どこからつっこんで良いか分からない? どこが?


 婚姻の誓約なのに婚約者?

 ああ、古の魔術のひとつだし、誓約を結ぶとお互い以外と肉体関係が結べなくなる呪いみたいな効果があって、そんなの無理だって、あんまり流行ってないから知らない人の方が多いのよね。

 婚姻の誓約はね、お互いの身体に誓約の紋を魔法で刻むの。そうするとお互いの魔力が混ざり合うというか、共有されるというか、ツーツーになるというか。それが第一段階で、いわゆる婚約期間ね。この段階だと刻んだ紋は目に見えないの。

 この紋を刻むと、お互い以外の人とヤろうとすると、男は腐って落ちて、女は突っ込もうとした方の男が腐って落ちる。アレが。根本から。ポロリと。

 主に男の浮気防止と女の陵辱防止のための効果らしいけど……呪いよね。

 婚儀を挙げて、晴れて誓約した者同士が肉体的に結ばれると、第二段階。誓約の紋が身体の一部に現れて、第一段階よりお互いの存在が混ざり合うの。魂から結合するらしいわ。呪いは継続よ。

 最後の段階は、どちらかと死に別れた時。来世も巡り合うために魂に印が付けられて、そして誓約の紋は枯れるの。ここでようやく呪いは終わりで、再婚することも可能よ。


 枯れるとはって? ええ、誓約の紋は何らかの植物の紋様だと言われているの。……私は見ることはなかったけどね。


 え、あなた、すごい顔色だけど、大丈夫?

 白バラの紋様? あら……東の国の騎士たちは愛の証に白バラを贈るって言うくらいだから、あり得るんじゃない?


 他に植物の紋様が身体に出る魔術はあるかって?

 ん~聞いたことないわねぇ。あるかもしれないけど、婚姻の誓約は愛と豊饒の女神の祝福らしいから、他にはないんじゃないかしら?


 ちょっと、本当に大丈夫? 震えてるんだけど? ウィーロン茶で酔っちゃったの? ん? なに? 自分が婚姻の誓約をしているかどうやって確かめるか、って?

 誓約がされたらすぐに分かるわよ。自分の魔力と人の魔力が混じるんだもの。しばらく慣れないし。分からないとしたら、よっぽど魔力がない人かしら?


 やだ、笑いながらガタガタ震えるのヤメテ、怖いわよ。

 解除? 誓約を? ……それこそ聞いたことないわねぇ。解除できたら、私も死なずに済んだかもしれないわね。


 殿下はね、生まれてすぐに、自分の意志ではなく、私と婚姻の誓約を結んだの。魔力が暴走したら命に関わるから、生きるためには仕方がなかったのかもしれないけど、ね。

 私と殿下の関係は、正直、夫婦になるのは難しかった。殿下は、私を拒んでいたから。近づいた方が魔力がより混ざり合うから、月に1回のお茶会は義務だったけど、殿下と私は会っても会話はほとんどなくて。身体の中で混ざり合う魔力だけが、繋がりみたいなものだったわ。


 殿下は10歳を過ぎた頃から魔力が安定して、そのお茶会も必要がないって度々中止になって。

 そして殿下はご自分で、愛する人を見つけられた。

 殿下の2歳年下の令嬢で、殿下が13歳、私は18歳の時だった。


 私と婚姻の誓約がある以上、その人を正室どころか側室にも迎えられない。既成事実も作れない。腐って落ちちゃうし。


 どうにかならないかと、王宮中が書物をひっくり返して、誓約の解除や誓約の抜け道を探したわ。


 ん? ……あなたは聡くて優しいのね……泣かないでいいの。


 そう、解決策は見つからないまま、時間だけが過ぎて、とうとう殿下が行動で示されたの。建国を祝う祭事で、私ではなく、愛する人の腰を抱いて退場されたの。

 知ってるかな? この国の貴族はね、人前で異性に触れてはならないの。例外は夫や家族と婚約者のエスコート、あとはダンスを踊るときくらい。例外じゃないのに、異性に触れる行為は、つまり、そういう関係がある、もしくはこの人は自分のもの、と宣言することなの。

 殿下は国民の前で、そう宣言されたの。


 私はその夜「病死」したわ。

 ……もう、泣かないでよ。苦しくはなかったわよ。

 目には見えないけど、誓約の紋がちゃんと枯れたの、薄れていく意識の中で分かった。殿下が解放されたのが、分かったわ。


 苦しかったのは、死んだ後も、不思議なことに少し意識があったの。もう目は開けることができなかったから、音だけが聞こえていた。父の、母の、兄のすすり泣く声を聞いていたわ。そしたら殿下の声がしたのよ。もう身体はどこも動かないけど、飛び跳ねるほどびっくりしたわ。もう会うことはないと思っていたもの。


 で、殿下、なんて言ったと思う?


「お前じゃない。愛しているのはお前じゃない。愛しているのは……」


 だって。

 そこで意識が終わったけど、そんなの知ってるっての!

 だから私は死んだんだってば。死んだ私にわざわざそれを言いに来るほど、嫌われていたんかーってなるよね!?


 それは、今でもとても辛いの。


 ま、なんで前世を覚えているかは分かんないけど、婚姻の誓約が第二段階にならずに終わった影響かもしれないけど、私は、「ディリア」だから、もう関係ない!

 ……って、殿下のお姿を見てもそう思えるか不安なの。


 王兄殿下は、何でか分からないけど、愛する人とは結婚できなかったみたいで、今も独身で、騒動の責任を取ってか、王位継承を七歳年下の弟殿下に譲られたわ。弟殿下が昨年即位され、すぐにこんな予言で、国が混乱して、皆不安で……私、今度はちゃんと私を見てくれる人と生きたい。殿下を見たら、殿下を愛していた時の気持ちに引きずられそうで……怖い。

 もう、終わった人生の、終わった気持ちなのにね。


 私はディリア。私を望んでくれる良い人と、早く結婚したーい!


 そう言ったつもりだけど、実際は呻いただけで、深い眠りに落ちていくのが自分で分かった。カスス・オランジは飲みやすいけど、酒精強いのよね。


 私は夢の中で、夢にも思わなかった。

 相席しただけなのに、くっそ頭がおかしい話を聞いてくれた異国の人と一生の付き合いになることを。

 この人が、王兄殿下の依頼を受けて、戦いに参戦するためにこの町にやって来たすごい冒険者だとか。

 同い年くらいかと思ってたら、結構大きな子どもたちのいるお母さんだとか。

 着替えの時にチラリと見えた臍の下の見事な「白バラ」とか。

 ただの町娘の私と、私を嫌い抜いた王兄殿下とを事あるごとにくっつけようとする、とんでもないお節介なとことか。

 しかも、最終的には本当にくっついちゃうとか……。


 魔物の群れと戦いながら、そんな日がやって来ることを、私はまだ知らない。



読んでくださり、ありがとうございました。

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