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第二章 4


 ガイゼルに言われた通り、ツィツィーはそのまま王宮の奥にある本邸へと向かう。だが渡り廊下を歩いていたところで、中庭から誰かの話し声が聞こえてきた。どうやら今日のお披露目会に参加していた客のようだ。


「いやーお前も見たか? 皇妃殿下」

「見た見た。陛下が半年も隠す理由が分かったよ」


 自分のことを言われていると察し、ツィツィーはさりげなく足を速める。男たちはツィツィーの存在に気づくことなく、さらに話を続けていた。


「確かにあれだけ美しけりゃなあ……だが噂では、イエンツィエからもう一人皇妃が来るって聞いたぞ」

(……え?)


 柱の陰で、ツィツィーは思わず足を止めた。


「らしいな。先代が亡くなったから、これを機に地盤を固めておこうって算段らしいが……そうなると、そっちが第一皇妃になるんだろうな」

「そりゃそうだろ、なんたってイエンツィエだぜ。第二皇妃になんてしたら、戦争になりかねんよ」

(イエンツィエから、新しい皇妃が……)


 代替わりした皇帝と良好な関係を築くため、イエンツィエが皇妃を立てるのはごく自然な流れだ。そして彼らの言う通り、ツィツィーの故郷であるラシーとイエンツィエでは、国としての格が違いすぎる。東の大国イエンツィエが、第二皇妃の座で満足するはずがないだろう。

 さらに男たちは、こともあろうかガイゼルについてもあれこれと非難を始めた。


「しかしこの国もどこまで持つかねえ。あれだろう、新しい皇帝陛下は戦には強いが、性格が最悪なんだろう? 他の後継者を殺して王位を奪っただの、あの傲慢さにやられて逃げ出した臣下も多いとか……」

「今はまだ、ルクセン様がいてくださるからいいが、それがなければどうなることか……先代派も相当残っているらしいし、王宮内はガイゼル陛下に不満を持つものばかりだと聞いたことがあるな」

「無敗を誇った騎士団長様も隠居してしまったし、もう有能な奴はあらかたヴェルシアから逃げ出したんだろうな」

「俺らもそろそろ逃げ時かねえ。先代の頃に比べて、戦や領土拡大にも積極的ではないらしいし……あの陛下、態度はでかいわりに、実は腰抜けなんじゃ――」


 今まで黙って聞いていたツィツィーは、その言葉にすっくと立ちあがると、堂々と男たちの前に姿を現した。突然の皇妃を前に、男たちは慌てて身を正す。


「……すみません、少し聞こえてしまったのですが、今陛下についてお話しされていましたか?」

「こ、皇妃殿下! いえ、その」

「先代皇帝が亡くなられて、不安に思う気持ちは分かります。ですが、そんな時だからこそ、我々がガイゼル陛下をお助けしなければならないのではありませんか?」


 傲慢で不遜な皇帝陛下。

 たしかに普段見せる彼の態度は、決して素直なものばかりではない。だが上手く言葉に出来ないだけ、表情に出来ないだけで、彼自身は誰よりも国のことを思い、毎日夜遅くまで執務にあたっている。ガイゼルの帰りを待つツィツィーは、そのことを誰より良く分かっていた。


「無闇な戦いをせず、国が発展するのであれば、争いなど必要ありません。陛下は今この国を変えようと、必死に頑張っておられるのです」

「そ、そうです、皇妃殿下のおっしゃる通りです。もちろん我々も、誠心誠意この国のために尽くす所存ですし……」


 男たちは手のひらを返して、ツィツィーにへりくだった。だがツィツィーの神経が集中し高ぶっているためか、途切れ途切れではあるが、男たちの心の声が聞こえてくる。


『でもなあ……、今の陛下では…… 』

『……適当に合わせ…… 面倒なことに、……った』


 それを聞いたツィツィーは、続く言葉を飲み込んだ。

 今どれだけツィツィーがガイゼルのことを訴えても、上辺だけの麗句で取り沙汰されてしまうだけ。それでは何の意味もないのだ。


(どう言えば伝わるの? 陛下が一人で頑張っていること、争いのない国にしたいと思っていること……)


 だが悩んでいるツィツィーの背後に現れた人物を見て、男たちはひいと直立不動になった。どうしたのかしら、と遅れてツィツィーも振り返る。

 するとそこには、中庭全土を氷漬けにしてしまいそうな、冷たい目をしたガイゼルが腕を組んで立っていた。闇の中、鉄紺色の瞳だけがぎろりと男たちに向く。


「こ、皇帝陛下……!」

「こ、ここ、こんばんは、本日はお招きいただき……」


 あまりの迫力に歯の根を震わせる男たちの一方、ツィツィーもまた困惑していた。


(もしかしたら、さっきの会話を聞かれていた⁉ 彼らが言ったことや、私がなんの説得も出来なかったことも……)


 しかしガイゼルはツィツィーの前に立つと、はあと微かなため息を零した。あれ、とツィツィーが思う間もなく、彼女の腰を掴むとひょいと肩に担ぎ上げる。


「陛下⁉」

「こいつは貰っていく」


 そう言ってガイゼルは身を翻すと、ツィツィーを抱えたまま本邸へと歩いていく。ガイゼルの歩幅は広く、身長が高いこともあってかなり揺れたが、脇を支える手のしっかりとした力に、ツィツィーはあまり恐怖を感じなかった。

 その恥ずかしい恰好のまま玄関を開けると、使用人たちが何事だ、と一様に目を剥いていた。ツィツィーもようやく自身の体勢に気づき、下ろしてくださいと手足を動かしてみたのだが、ガイゼルはそのまま二階の寝室へと向かって行く。

 乱暴にドアを開けたかと思うと、ツィツィーはそのままベッドへ放り投げられた。急いで体を起こすと、ガイゼルは着ていた外套や上着を脱ぎ捨てている。


「へ、陛下、あの」

「ガイゼル」

「……ガ、ガイゼル様! あの、先ほどの」

「俺が本邸に戻れと言ったのに、どうして戻っていない?」


 あ、とツィツィーは口ごもった。


「申し訳、ありません……少し、気になる話を聞いてしまったもので」


 その様子に、ガイゼルは首元のボタンを外しながら続ける。


「俺の話か」


 淡々と答えながら、ガイゼルはちらりとこちらを見た。ツィツィーが頷くと、彼は再び呆れたようなため息をつく。


「言われていたことは本当だ。俺の立場はあまりいいものではない」

「……」

「先代のやり方を望むものは多いからな」

「でも、陛下のお考えは、そうではないのでしょう?」


 ツィツィーがまっすぐに向けた視線を、ガイゼルはしっかりと受け止めていた。やがて「ふん」と鼻で笑うと、ツィツィーの隣へどさりと腰を下ろす。


「お前に心配されるほど、落ちぶれてはいない」

「そ、それは……そうですけど」


 悔しそうに目を伏せるツィツィーを見て、ガイゼルは思わず笑みを零した。そのままツィツィーの手を取ると、指輪に軽く口づける。


「――遅くなって悪かった」


 そこでようやく、ツィツィーは自分がガイゼルのベッドにいることを思い出した。いつもならばお互い自分の寝室で寝るはず……と、そわそわし始めたツィツィーに気づいたのか、ガイゼルは軽く首を傾けて意地悪く告げた。


「今日からお前の寝室はここだ」

「え⁉」

「式も終わった。文句を言うやつはいなかろう」


 そう言うとガイゼルは、そっとツィツィーの髪に手を伸ばした。一房を耳にかけたかと思うと、そのまま顎に指が降りてくる。ガイゼルの顔が近づいて来るのを見て、ツィツィーは今度こそと覚悟を決めた。


(さっきは廊下だったけれど、今は二人きりなわけだし……、な、何も、恥ずかしくは……)


 睫毛を伏せ、口を閉じる。

 ぎしり、とベッドが軋む音がして、ガイゼルの呼気が顔に触れる。あと少し――だがその刹那、ツィツィーの脳裏に男の言葉がよぎる。


(――イエンツィエからもう一人皇妃が来るって……)


 

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