コミックス4巻発売お礼SS:勝利の女神ははずかしがりや
それは貴族らを交えた、とあるパーティーでのことだった。
一通りの挨拶を終えたツィツィーとガイゼルのもとに、このパーティーの主催である東部の公爵閣下が声をかけてくる。
「陛下、良ければ我が家に伝わるゲームをいたしませんか?」
「ゲームだと?」
「はい。簡単なルールですので、きっと楽しんでいただけるかと」
にこにこと揉み手をする公爵を一瞥し、ガイゼルは「くだらん」と話を終えようとする。だが公爵はそれを受け、含みのある笑みを浮かべた。
「そうですか。先帝のディルフ様はこのゲームが大変お強くて。いつもわたくしどもの領地にお越しの際は楽しんでおられたのですが……。やはり戦いもゲームも、勝てるものしか面白くありませんからなあ」
「…………」
(ガ、ガイゼル様……)
公爵の当てつけのような物言いに、隣に立っていたツィツィーは思わず震えあがる。するとガイゼルは近くにあったテーブルに歩み寄り、乱暴に椅子に腰かけた。
「気が変わった。とっとと始めろ」
「これはこれは。ありがとうございます」
公爵はにやりと笑い、友人らしき二人の男性を同じ卓に招いた。
自身はガイゼルの向かいに座り、懐から年季の入ったカードの束を取り出す。
「『精霊探し』と呼ばれるゲームです。五つのエレメントと一から十二までの数字が書かれているカードを、ただルールに添って場に出していくだけ。簡単でございましょう?」
「…………」
「ただし、手札の中に出せるカードがない場合でも、必ず一枚は出していただきます。そのことを周りに気づかれなければ良し、逆に誰かから『チェック』と指摘され、それが正しい順番のカードでなかった場合――その場に出ているすべてのカードを、ご自分の手札に加えていただきます」
「そうやって、手札が最初になくなったものが勝ち、というわけか」
「さようでございます」
やがて四等分された手札が、四人の前にそれぞれ置かれた。
開始の合図とともに、まずは公爵が一枚のカードを伏せたままその場に出す。
「次の方は水のエレメントか、二のカードを出してください」
公爵の右隣にいた男が、またも伏せたままカードを重ねる。ルールに則しているかは分からないが、手札が多い序盤はその可能性も低いだろう。
(なるほど、嘘のカードを出した時は『チェック』で指摘すると……)
初めて見るゲームを前に、ツィツィーはガイゼルの後ろでふむふむと頷く。
それぞれの手札が少なくなるにつれ、『チェック』の指摘が入り――一周目はガイゼルが勝利した。
「お見事です、陛下。それでは続けましょうか」
二回目、三回目とゲームは続く。
だが三回目の途中からだろうか、急にガイゼル以外のプレイヤーからの『チェック』の精度が上がった気がした。
「陛下、『チェック』です」
「…………」
「ごまかしきれず残念でしたな。さあ、手札に加えてください」
(すごい……どうして分かるのでしょう……)
拮抗していた勝率が、いつの間にか公爵を筆頭に差が開き、気づけばガイゼルは最下位にまで転落していた。するとそれを見ていた公爵が「そういえば」とつぶやく。
「ディルフ様は、このゲームをされる時、いつも賭けをしておられましたな」
「賭け?」
「ええ。どこそこの土地だとか、借地権だとか……。ただまあ、あの方はお強かったですから、なかなかお譲りくださりませんでしたがね。どうです? お父上に倣って、何かを賭けてみるというのは」
「くだらん。たかがゲームだ」
「はは、さようで……」
しかしその後も、ガイゼルの敗北だけが累積していく。
傍で見ているツィツィーにも、どうしてここまで嘘が見抜かれるのか、まったく分からなかった。
(ガイゼル様がおっしゃる通り、ただのゲームです。でも……)
圧倒的なカリスマと武力を持っていた先代皇帝・ディルフ。
対してガイゼルは期待されていなかった第三子であり、地方貴族たちからは今なお「従うに値する王なのか」と見定められている――という噂を耳にしたことがある。
もしかしたらこのゲームもその一環なのかもしれない。
(でも絶対に、何か仕掛けがあるはずです。それなら――)
ツィツィーはぐっと唇を噛みしめると、ちょん、とガイゼルの肩を叩いた。
「あ、あの、陛下。良ければ私も挑戦してみたいのですが……」
「お前が?」
予想しなかったツィツィーからの申し出に、公爵は「おお」と目を見張った。
「まさか皇妃殿下も興味を持ってくださいますとは」
「なんだか楽しそうでしたので。もし、ご迷惑でなければですが――」
「もちろんですとも。ささ、どうぞ」
ガイゼルが席を立ち、ツィツィーは公爵の向かいの椅子に腰かける。
だが入れ替わる瞬間、ガイゼルがぼそりと耳元で囁いた。
「無理はしなくていい。飽きたらすぐに帰るぞ」
「は、はい……!」
ガイゼルも、あまりに精度の高い『チェック』の違和感に気づいているのだろう。ツィツィーはこくりと固唾を吞むと、こっそり彼の小指を引っ張った。
「あ、あの、近くにいていただいてもいいですか?」
「……ああ」
周囲には『慣れない社交の場で、夫に代わり頑張ろうとする健気な妻』の姿に映ったのか、プレイヤーたちはどこか微笑ましい目つきでそれを見つめていた。
だがガイゼルの手に触れた途端、ツィツィーの持つ能力が一気に覚醒する。
『――情けないな、まさか妻にまで心配されるとは』
『この調子では王宮をまとめ上げるにも至らんだろう。やはり期待外れか』
(……大丈夫、聞こえます。これで――)
彼らの思考を聞き取り、ツィツィーは的確に『チェック』を入れていく。
当然相手からも指摘されることはあったが、それよりも先に相手に手札を取らせることで、自身の被害を最小化することに努めた。
一勝、二勝と重ねるたび、徐々に男性陣の顔色が悪くなる。
(あと少しです。このままいけば――)
だがガイゼルの負けを払拭するより先に、ツィツィーの戦績が一気に悪化した。これは間違いないと指摘した場面で、なぜか予想と全然違うカードが出てきたのだ。
(どうしてでしょう? 急に当たらなくなってしまいました……)
公爵たちはみなニヤニヤとした笑みを浮かべており、ツィツィーは焦りを露にしたまま、懸命にゲームを続けようとする。
だが彼らの一人が手札を出した瞬間、傍で様子見していたはずのガイゼルが、突然テーブルを蹴り飛ばした。当然カードは床に落ち、そのうちの数枚をガイゼルが踏みつける。
「へ、陛下⁉ いくら皇妃殿が負けておられるからといって、そのような――」
「これでも、正しいゲームと言えるのならな」
するとガイゼルは散らばったカードのうち、二枚を拾いあげた。
それにはどういうわけか、まったく同じエレメントと数字が書かれており――公爵たちはさあっと青ざめる。
「おそらく場にカードを出す際、隠し持っていた偽の札も重ねていたんだろう」
「っ……」
「くだらん、行くぞ――」
ツィツィーを連れて、ガイゼルはすぐに立ち去ろうとする。
そんな彼を公爵が慌てて呼び止めた。
「お、お待ちください! このまま逃げるおつもりで?」
「逃げるだと?」
「今度こそ本気の勝負をいたしましょう。それで我々が負けるようなら――」
ツィツィーは不安げにガイゼルの方を見る。
すると彼は意外なことに、再びゲームの席へと着いた。
「ならば今度は賭けをしてもらおう。お前の持つ東の領土と借地権について」
「……っ、わ、分かりました」
公爵はぎこちない笑みを浮かべると、手早くカードを配っていく。
また何かいかさまが仕掛けられているのでは――と心配するツィツィーをよそに、今度はなぜかガイゼルの『チェック』が的中し続けた。
公爵の手札だけがみるみる増え続け、あっという間にガイゼルの勝利が決まってしまう。
「勝負あったな」
「ど、どうして……」
「約束通り、賭けの品は貰っていく」
呆然とする公爵たちを残し、ガイゼルは席を立った。
慌てて隣に駆け寄ったツィツィーが、素直な疑問を口にする。
「あの、どうして勝てたのですか? さっきまであんなに当てられていたのに……」
「あいつらはカードをすべて記憶していたんだ。だから俺も同じ方法でやり返した」
「まさか、全部覚えたのですか⁉」
どうやら彼らはカードについた微細な傷や汚れから、その内容を把握していたらしい。ガイゼルはそれに気づき、テーブルを蹴り飛ばした際、派手に別の傷をつけた。
結果、正確な『チェック』が出来なくなった――という。
「な、なるほど……」
「ここ最近、東部の評判は目に余るものだったからな。話をするより早く済んだ」
「……もしかして、最初から賭けに乗るつもりで……」
「さあな」
するとガイゼルが珍しく、ふっと笑みを浮かべた。
「それにしても、お前があんなにゲームに強いとは思わなかったな」
「えっ⁉」
『あと、俺の小指を握って「どうか、ずっと私のそばにいてください……」と潤んだ瞳で言われたのはかなりグっときた……。人目がなければ、今すぐ邸に連れ帰っていたところだぞ。やはりツィツィーの愛らしさだけは計り知れんな……』
(そ、そんな言い方、してません……!)
ガイゼルに褒められて、嬉しいやら恥ずかしいやら。
だが『心の声』に反論することは出来ず――ツィツィーは真っ赤になって俯くのだった。
(了)
コミックス4巻発売お礼ssでした!
コミックスにも書き下ろしssを収録しているので、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。












