番外編:二人で甘い夢を見る
ある日の朝。
ツィツィーが目覚めるとそこは、ガイゼルの腕の中だった。
しっかりとしたその感触に、ぼんやりと視線を動かす。
(そういえば……お休みでした……)
いつもであればガイゼルを起こし、朝の支度を終えて王宮へと見送る時間だ。だが少しだけ仕事のめどがついたらしく、今日は珍しく出仕しなくて良いと聞いている。
ガイゼルを起こさないよう、ツィツィーはそっと彼の顔を覗き見た。長い睫毛に通った鼻筋。普段は縦皺が刻み込まれている眉間も、今は穏やかに開いている。相変わらず完璧な美貌を前に、ツィツィーは少しだけはにかんだ。
(本当に……こんな素敵な方のお傍にいて、良いのでしょうか……)
ラシーで孤独に過ごしていたツィツィーに、ガイゼルはそれこそ溢れんばかりの愛情をくれた。溺愛してくれる心の声はもちろんのこと、行動でも言葉でも真摯にツィツィーを思ってくれる。どんな時でもツィツィーを守り、共に歩こうとしてくれているのだ。
(この幸せな気持ちが、少しでも伝わるといいのに……)
甘えるような気持ちで、ほんの少し頭をガイゼルの胸元に押しつける。ツィツィーのものよりずっと高い体温。静かで均一な鼓動が響いてきて、ツィツィーは嬉しそうに目を細めた。
(いつもなら起きる時間ですが……今日はもう少しだけ、このままで……)
とくん、とくんというガイゼルの心臓の音を耳にしながら、ツィツィーはこっそり寝たふりをする。だがいつしか本物の眠気に誘われてしまい――再び幸せな睡眠へと落ちてしまうのだった。
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数分後、今度はガイゼルがぱちりと瞼を持ち上げた。傍らには昨夜抱きしめたままのツィツィーがおり、くうくうと気持ちよさそうに熟睡している。
(……そうか、今日は休息日か)
いつもであればツィツィーが起床し、つられてガイゼルも起こされるのだが……休みと伝えていたせいか、いつもより気を抜いているのだろう。
(それにしても、良く寝ているな)
ガイゼルの両腕にすっぽりと収まる小さな体。こちらの首筋をくすぐる銀の髪は柔らかく、ほのかに甘い香りがした。
夏の空のように輝く瞳は長い睫毛によって隠されたまま。腕も足もガイゼルの半分以下の太さしかなく、少し力を込めるだけで簡単に壊してしまいそうだ。
(だが……心は、俺よりもずっと強い)
心無い貴族からの侮蔑も、小国の姫というだけで向けられる嘲りも。ツィツィーは何一つ屈することなく、凛とした微笑みだけで戦っている。こんなガイゼルのことを恐れるでもなく、彼の求める国の形を、あり方を一緒に模索しようとしてくれているのだ。
(ラシーで出会った日からずっと……何としてでも手に入れるつもりだった……。だが……本当に俺で良かったのだろうかと不安になる……)
自分よりもっとふさわしい相手がいたのではないか。人質まがいの婚姻を破棄し、ラシーに返すべきだったのではないか。ガイゼルとて、考えなかったわけではない。
だがどうしても――手放すことが出来なかった。
ツィツィーのことが、何物にも代えがたいほど大切だったから。
その笑顔が見られるなら、己のすべてを投げ出してもいい。
(どうしたら……この思いが、伝わるのだろう……)
だがツィツィーが思っている以上に、ガイゼルの慕情は重いだろう。
もしもこれが全部伝わってしまえば、それこそ嫌がられてしまうのでは――とガイゼルは思わず眉を寄せる。
(いや……だめだ。常日頃から『可愛い』だの『天使』だのと浮かれていると知られるわけには……)
――まあ実際には、全部だだ漏れなのだが。
そんなことを知る由もなく苦悶するガイゼルに対し、ツィツィーは警戒心など欠片もないような距離で今もぴったりとくっついていた。信頼されているという嬉しさと、もう少し警戒してほしいという男としての矜持に苛まれながら、ガイゼルはそっとツィツィーの肩を抱きなおす。
(悪いが……今日は、もう少しだけ……)
起こさないよう細心の注意を払いながら、ガイゼルはツィツィーの額に軽く口づける。
柔らかい体を宝物のように抱きしめると、こちらも彼女を起こさないよう寝たふりを試みた。だがここ数日の疲労が出たのか――ガイゼルもまた、あっという間に二度目の眠りに落ちていく。
その後、一方が起きてはまた寝たふりをする――を取り返した結果、二人が起きたのは正午を過ぎてのことであった。
(了)
2022年も「陛下、心の声がだだ漏れです!」をよろしくお願いいたします!












