コミックス1巻発売お礼SS:もしも、ガイゼルが心の声を隠せなくなったら
ツィツィーは手にしていた本を、思わず取り落としそうになってしまった。
「ああ、今日も美しいなツィツィー。どうしてそんなに可愛らしいんだ?」
「……へ、へい、か……?」
「言葉ひとつひとつが宝石のようだ。ずっと俺の耳元で囁いてもらいたい」
「……っ!」
ツィツィーにとっては聞き慣れた、陛下のあまりある賛辞――なのだが、どうしたことか今日に限って心の声ではなかった。それを証明するかのように、ガイゼルの顔はいつも以上に不機嫌を露わにしており、加えて顔が真っ赤になっている。
一体何が……と現状をまったく理解出来ていないツィツィーに、ガイゼルの背後から現れたヴァンが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、その……今日視察に行った先で、妙な術を使う刺客に襲われてしまいまして……」
「し、刺客ですか? へ、陛下は大丈夫なのですか?」
「見ての通り、お体には傷一つありません。侍医にも見せましたが、健康すぎるくらいだそうで……ただ、その」
「その?」
「陛下自ら刺客を捕らえ、我々の方で話を聞いたのですが……どうやら、陛下にかけられた術というのが『心の声をすべてしゃべってしまう』というものらしく……」
「そ、そんなものがあるのですか⁉」
「我々も驚いています。もちろん既に解呪の措置は行っているのですが、どうも時間がかかるらしく――あと六時間程度はこのままの状態だそうです」
ツィツィーが不安そうにガイゼルに視線を向けると、彼は眉間に深い縦皺を寄せたまま、むっつりと口を閉ざして頷いた。どうやら本当のことらしい。
「このままでは仕事にならないと、今日の執務はすべて明日に回されることになりました。なので、あとは皇妃殿下とゆっくりお過ごしいただければと」
「お、お過ごしって、へ、陛下とですか⁉」
ツィツィーはおそるおそる、再びガイゼルの方を見る。するとなんとも言い難い渋面のまま、ガイゼルが口を開いた。
「――久しぶりに一緒の時間を過ごせるな。嬉しいぞ」
(む、無理……!)
本当に申し訳ございません、と何度も謝罪したヴァンもいなくなり、主寝室にはツィツィーとガイゼルの二人だけが残された。向かい合う形でソファに座っていたが、ツィツィーは恥ずかしさのあまり、顔を上げることすら出来ない。
(ど、どうしましょう……まさか心の声を、本当に陛下の口から聞くことになるなんて……!)
普段は直接言われているわけではないから、かろうじて我慢が出来た。だがいよいよガイゼルと面と向かってとなると、正直耐えられる自信がない。
(六時間……こうなれば、さっさと眠ってしまう方が良い気がします……!)
さすがに眠ってしまえば、ガイゼルも心の声をだだ漏れさせることはないだろう。名案を思い付いた、とツィツィーは笑顔でガイゼルに提案する。
「ガ、ガイゼル様、お疲れでしょうし、今日はもうお休みになりませんか?」
「ああ、そうだな。俺も早くツィツィーを抱きしめて眠りたい」
(ひえっ……!)
あけすけな言葉に、ツィツィーは思わず頬を赤らめた。
すると正面にいたガイゼルが「違うんだ」とばかりに必死に手と首を振っている。その顔は本気の羞恥を滲ませており、ツィツィーは慌てて心を落ち着ける。
二人はかつてないほどのぎこちなさを抱えたまま、ようやくベッドへと向かった。だがガイゼルはさきほどの言葉とは裏腹に、ツィツィーに背を向けたまま、距離も大きく離れて横になっている。
「ガイゼル様、あの、そんなに端ですと、ベッドから落ちてしまうのでは……」
「いやいい。いつものような寝方をすれば、今すぐにでもお前を襲っ――」
言葉の続きは、ガイゼル自身が口を押さえることで阻まれた。だが途中までしっかりと聞いてしまったツィツィーは、それ以上触れることも出来ず、こそこそと距離をとったままベッドにもぐりこむ。
「で、では、おやすみなさい」
灯りを落とし暗くなった室内で、ツィツィーはそっと目を閉じた。早く、早く寝てしまおう。一晩経って起きた時には、きっといつもの陛下に戻っているはず――と祈るような気持ちで必死に眠気を呼び込もうとした。
だが背中ごしに、ガイゼルの小さな呟きが聞こえてくる。
「……こんな不甲斐ないことになって、本当にすまない」
「ガイゼル様……?」
「お前を不安にさせるつもりはないのに、俺は、どうしてこんな……」
初めて耳にするガイゼルの謝罪に、ツィツィーはゆっくりと上体を起こした。暗がりで良く見えないが、ガイゼルは相変わらず背中を向けたままだ。ツィツィーはしばし考えていたが、おずおずと口を開いた。
「ガイゼル様、私なら大丈夫です」
「……」
「ガイゼル様がいつも私を大切にしてくださっていること、よく存じていますから」
もちろん、素直でない彼が言葉にして表すことはない。
でもツィツィーだけが知っているガイゼルの本心に、いつだって救われている。
(今なら、私もお伝え出来るかもしれない……)
彼の心の声をこっそりと聞きながら、いつも答えたいと胸に抱え続けていた言葉。ガイゼルが偽りなき本心を発している今であれば――それに応じても許されるかもしれない。
「ガイゼル様、あの、私……」
「ツィツィー?」
「あなたの、ことが――」
ツィツィーははっと目を見開いた。
そこは本邸にあるガイゼルの私室で、窓からは暖かい陽光が差し込んでいる。いつ夜が明けたのだろうと首を傾げていたツィツィーは、ようやく自身がソファに座っていることに気づいた。
(あれ……私、ベッドで寝ていたはずじゃ……)
そこでようやく自身が、しっかりとした何かにもたれていることを察し、はてと顔を上げた。するとすぐ目の前にいつもと変わらぬ不愛想なガイゼルがおり、いぶかしむようにツィツィーを睨んでいる。
「ガ、ガイゼル様? あの、私いったい……」
「ようやく起きたか」
どうやら穏やかな午後の陽気にあてられて、うとうとと眠ってしまったようだ。そこでようやく、先ほどまでのあれそれが鮮明な夢であったことを認識する。
(そ、そうですよね! そんな都合のいい話、ないですよね!)
普通に考えればわかりそうなものだが、夢というのは不思議なもので、多少つじつまが合わないことでも、なんとなく納得させられてしまう。ツィツィーは余計なことを口走らなくてよかった、と心の底から安堵しつつ、ガイゼルに向けて尋ねた。
「すみません、支えてくださっていたんですね」
「偶然だ。俺がここで仕事をしていたら、お前が勝手に寄りかかってきただけだ」
「す、すみません……」
まさか陛下を枕代わりにしてしまうなんて、とツィツィーは一人苦悶する。すると心なしか顔をそむけたガイゼルの胸中が、ぎこちなくツィツィーのもとに届いた。
(言えるはずがない……わざと距離を詰めて、ツィツィーが体を預けるのを待っていたなんて……)
ツィツィーはきょとんと眼を瞬くと、ガイゼルの方を改めて見つめた。相変わらず我関せずといった風に書類に目を落としているが、心なしかその耳の端が赤くなっている。
(ガイゼル様……)
胸の奥が暖かくなったツィツィーは、嬉しそうに微笑みながら「ありがとうございます」とだけ返した。
口にしてもしなくても、ガイゼルはきっと、とても優しい人だから。
(了)
コミックス1巻発売のお礼ssでした!
漫画を見てこちらに来られた方がおられましたら、ぜひ小説版も手に取っていただけたら嬉しいです!












