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陛下、心の声がだだ漏れです!  作者: シロヒ
番外編

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71/81

1巻発売お礼SS:いつか素面の君から聞きたいから




――ガイゼル・ヴェルシアは困惑していた。


「えへへ、ガイゼルさま……」

(どうしてこんなことに……)


 時刻はあと一時間ほどで日付が切り替わるという深夜。

 ソファに座るガイゼルの肩にもたれるようにして、ツィツィーが顔を赤らめたままうっとりと微笑んでいた。その姿は普段の彼女からは想像出来ないほど妖艶で、ガイゼルは先ほどから冷や汗が止まらない。


(くそっ、まさかこれほどまでにツィツィーが酒に弱かったとは……)





 時は少しだけ遡る。


 今日もいつものように王宮で精力的に政務をこなしたガイゼルは、ようやく愛する妻・ツィツィーの待つ主寝室に向かっていた。

 部屋に入るや否や、ソファで本を読んでいたツィツィーは立ち上がり、ぱあと花が咲くような笑顔で出迎えてくれる。


「お疲れさまでした、ガイゼル様」

「ああ」

(なんという可愛らしさだ……疲れなど一瞬でどこかに行ってしまったぞ)


 ガイゼルが脱いだ上着を受け取りながら、ツィツィーは何故かはにかむように頬を染めていた。そんな顔も魅力的だ、とガイゼルが心の中だけで噛みしめていると、ツィツィーがふと不思議な顔をする。


「ガイゼル様? お洋服に何か……」


 そう言ってツィツィーが引っ張り出したのは、茶色のリボンが巻かれたミントグリーン色の小さな箱だった。

 餌を前にした小動物のように小首を傾げるツィツィーに、ガイゼルはそっけなく告げる。


「お前にやる」

「え?」

「プラリネと言ったか。チョコレートを固めたものだそうだ」

「まあ、チョコレートですか?」


 この時代、チョコレートと言えば砂糖を溶かし込んだ液体状のものが主流だ。もちろん超が付くほどの高級品であり、王都の『チョコレートハウス』には連日多くの貴婦人たちが訪れてるらしい。

 そんな中、西方の国より訪れた使節団がぜひ皇帝陛下にと献上してきたのが、このプラリネである。チョコレートを一粒大に押し固めたもので、その国でもごく最近に開発されたものだと得意げに語っていた。


 さして関心がなかったガイゼルは、国庫に運び込んでおけ、と一旦すべて引き上げさせた。だが夕方になって執務室を訪れたランディが、これだけをこっそりと返却してきたのだ。

 彼いわく――食糧品なので倉庫に放置されても困る。それに先方から販売権について交渉されているから、お前もどんなものか現物を知っておく必要があるだろう。

 それにチョコレートは今ご婦人方の間で大人気らしいから、持って帰れば喜ぶんじゃないか? 別に誰にとは言ってない。あ、毒見はしておいたからな――とのことだった。


「俺は甘いものは好まん。いらなければ捨てろ」


 本当はツィツィーが満面の笑みで喜ぶところを想像し、出来るだけ早く渡したいとそわそわしていた。

 だが『お前が好きかと思って持ち帰ったのだ』と甘く囁く余裕など、残念ながらガイゼルは持ち合わせていない。


(ど、どうだろうか……)


 判決を待つ咎人のような気持ちで、ガイゼルはツィツィーの反応を見る。すると彼女は先ほどより鮮やかに頬に朱を走らせたかと思うと、心の底から幸せそうに微笑んだ。


「あ、ありがとうございます! すごく嬉しいです!」

「……そうか」

(良かった……喜んでもらえたようだ……)


 思わず緩みそうになる口元を押さえながら、ガイゼルは「先に食べていろ」と顎でソファを促した。就寝用のガウンに着替え、さすがに自分も一つくらいは食べておかねばなるまい、とツィツィーのもとへ向かう。

 テーブルの上には丁寧に開封された箱があり、小さな間仕切りを介してプラリネが並んでいた。左上のひとつがないことを確認したガイゼルは、その隣にあった一粒を摘まみ上げながら、ツィツィーの隣にどさりと腰かける。


「まったく。どうしてこんな甘いものが好まれるのか、理解出来んな」


 かり、と一口にかみ砕く。咥内に広がる芳醇なカカオの香りと独特の苦み――そして、中から零れてきた液体に、ガイゼルはわずかに目を見張った。


(何だこれは……まさか、酒か?)


 ガイゼルからすれば、砂糖水と変わりない。だが鼻腔を抜ける匂いは間違いなくアルコールのそれだ。だが元々は菓子として献上されたもの。度数も大して高いわけではないだろう。


(なるほど。内側に空洞を作り、そこに酒を入れているのか……)


 液体であるチョコレートを固めるだけでも十分難しいのだが、そのうえ中に別の物を組み込める製菓技術があるとは。ガイゼルは素直に感心し、すぐさまヴェルシアで展開する場合の販路網を脳内で構築し始めた。

 だがその肩にとす、とわずかな重量がかかる。

 それがツィツィーの小さな頭であることに気づき、ガイゼルはかすかに苦笑した。


「ツィツィー、眠いのか?」

「……ん」


 ためらうような息遣いは聞こえるが、はっきりとした返事はない。待ち疲れたのだろうと、ガイゼルはそっと彼女の肩に手を置く。


「無理をするな、すぐにベッドに――」


 だがそんなガイゼルの手に、ひやりとしたツィツィーの指が重ねられた。思わず硬直したガイゼルに向けて、ツィツィーはゆっくりと顔を上げた――が、その頬は羞恥のためではなく、酔いによってみごとに赤く色づいている。


「ツィツィー、まさか酔って……」

「えへへ、酔ってないです」

(酔ってるな……)


 以前ナガマ湖で晩酌をした時から、ツィツィーが酒に強くないことは知っていた。

 そのため食前酒をアルコールのないものに変えさせたり、結婚式の時も出来る限り度数の低いものを準備させたりしていた。だがまさか――こんな極少量の酒で、ここまで酩酊するとは。

 眉間に皺を寄せて困惑するガイゼルをよそに、ツィツィーははとろんと眦を下げるように微笑んだ。さらにガイゼルに身をぐりぐりと預けてくる。


「ガイゼルさま、ガイゼルさま」

「な、なんだ」

「……ガイゼルさまがいる……」

(なんなんだ、この可愛いだけの生き物は!)


 感情の整理が追い付かないまま、ガイゼルは心の中だけで絶叫した。だがこのままではいかん、とすぐさま頭を振って邪念を払うと、がしっとツィツィーの両肩を掴む。


「ツィツィー、頼むからベッドに」

「……いやです……まだガイゼルさまと一緒にいたいです……」


 くぅん、と捨てられた子犬のような目で見上げてくるツィツィーを前に、ガイゼルはたまらず顔をそむけた。心なしか、背中に冷たい汗がだらだらと流れ始める。


(だめだ……そんな顔をされたら、歯止めが利かなくなる……!)


 だがこんな状態のツィツィーに手を出して、もし傷つけてしまったら。本意ではないと泣かれてしまったら――と考えたガイゼルは、自身の欲を理性で必死に抑え込んだ。

 しかし当のツィツィーはガイゼルから離れる素振りを一向に見せず、なおもぎゅうっと抱きついてくる。

 完敗だ――ガイゼルは出来るなら意識を手放したかった。


「……分かった。離れない。離れないから、せめてベッドに移動するぞ」

「ほんとうですか?」

「ああ」


 やったあ、と普段のツィツィーからは聞くことの出来ないような幼い笑みがこぼれ、ガイゼルは心臓のまた違うところにダメージを負った。しかしとりあえず、この寒いソファから移動できそうだ、と疲れた様子で立ち上がる。

 するとツィツィーが嬉しそうに両腕を上げた。

 何を意味しているのか分からず、首をひねるガイゼルに向けてツィツィーは楽しそうに微笑む。


「抱っこしてください!」

(ランディ……いますぐ俺に仕事を持って来てくれ……!)


 夜を徹して仕事をしていれば、このよこしまな激情も、どうにか乗り越えることが出来るのではないか――そんなガイゼルの期待をよそに、ツィツィーは無邪気にガイゼルを見上げてくる。

 もちろんいくら有能とは言え、心の声が聞こえるわけでもないランディが、この場に現れるはずはなく――ガイゼルはまあまあの時間逡巡した後、ようやくツィツィーの前にしゃがみ込んだ。相変わらずどこもかしこも華奢なツィツィーを、ガイゼルは簡単に横向きに抱き上げる。


「うわあ、高いですね」

「……」


 きゃっきゃとはしゃぐ彼女をベッドに運び、そうっとシーツの上に下ろした。この酔い方であれば、しばらくすればひとりでに寝るだろう――とガイゼルはそろりと一歩後ずさる。

 だがその服の裾を、ツィツィーは見逃さなかった。


「離れないって、いいました」

「……」


 潤んだ瞳のまま少し頬を膨らませ、小さな手で服を掴んでくるツィツィーの姿に、ガイゼルは初めて自身が全面降伏している図が頭をよぎった。

 皇位継承戦でも、その後の暴動の抑止でも、イエンツィエからの侵攻でも決して勝利を諦めたことなどない。

 だがいまこの時だけは、ガイゼル・ヴェルシアという名前も立場も捨てて、一人の男に戻りたいと切望した。


(だめだ……今のツィツィーは正気ではない……耐えるんだ……)


 誰が呼んだか氷の皇帝――ガイゼルは見えない鉄の仮面を己にかぶせるべく、わずかに息を吐きだした。

 なおも不安げに見上げてるツィツィーに向き直ると、裾を握りしめている指先にそっと手を添える。


「分かった。……いいから寝るぞ」





 二人でベッドに入った後も、ツィツィーは終始楽しそうだった。いつもであれば、緊張するツィツィーをガイゼルが強く抱き寄せるのだが、今日に限ってはツィツィー自らガイゼルの腕の中に潜り込んで来る。


「ガイゼルさまが……こんなに近くにいます」

「……そうだな」


 悪意無く押し付けられる頭や胸、手足の感触から、ガイゼルは必死になって意識をそらした。するとようやく落ち着くところを見つけ出したのか、動きを止めたツィツィーがそうっとガイゼルを見上げてくる。


「良かった……ガイゼルさまは、いつも遅くまでお仕事なさっているから、心配していたんです」

「……心配?」

「いつも国のために頑張ってくださるのは、すごくうれしいのですが……私は、ガイゼルさまにも、元気でいてほしいのです……」


 ふにゃ、と笑うツィツィーを前に、ガイゼルはしばし言葉を失っていた。普段のツィツィーは文句も泣き言も言わず、いつもガイゼルのことを静かに見守っていてくれる。

 だがこうして箍が外れたことで、普段言えない心の声が思わず溢れ出しているのだろう。


「本当はもっとおやすみしてほしいですし、ゆっくりしていてほしいですし、それに……それに……」

「……それに?」

「もっとたくさん、一緒にいたいんです……」

「……」


 やがてむにゃ、という可愛らしい呟きのあと、ツィツィーは静かに寝息を立て始めた。ガイゼルはしばらく断絶していた意識をようやく取り戻すと、おずおずと彼女を抱きしめる。

 髪に顔をうずめると、石鹸と花の香りが混じったような甘い匂いがした。


(ツィツィー……)


 次に目が覚めた時、きっと彼女はこんなことを言いはしないのだろう。

 ガイゼルの唯一無二の理解者として、彼がどれだけの荒れ果てた道を進もうとも、逃げましょうとも、行かないでとも絶対に口にしない。

 ただガイゼルを信じ、自らはじっと待ち続ける。必要な時はともに戦う――それが第一皇妃としての役目だと、彼女は十二分に理解しているのだ。


(俺だって、同じ気持ちだ……)


 酒の力を借りなければ、彼女のそんな小さな本音すら聞き出すことすら出来ない。そんな己の無力さに、ガイゼルは静かに瞑目した。





 翌朝、目覚めたツィツィーはぼんやりと思考を巡らせた。


(ここは……私は、いったい……)


 温かくて、ふわふわとして……とツィツィーが意識をはっきりさせるにしたがって、ここがベッドの中であり、おまけにガイゼルの腕の中であることに気づく。もちろんそれだけであれば、普段とさほど変わりはないのだ――が。


(わ、私……昨夜の記憶が、ありません……!)


 ソファで本を読んでいたらガイゼルが帰って来て、プラリネという珍しいお菓子を戴いたのでそれを口にした――ところまでは覚えているのだが、どうしたことか、それ以降の記憶が一切ない。

 いつベッドに入ったのか。

 自力で? それともガイゼルが? と蒼白になっていたところで、ガイゼルがのそりと体を動かした。そのまま震えながら顔を上げたツィツィーを、半眼でじっと睨んでいる。


「お、おはよう、ございます……」

「……」

「あ、あの、大変申し訳ないのですが、私は、どうやってここまで……」


 するとガイゼルはたっぷり二秒ほど沈黙した後、伏し目がちに呟いた。


「俺が運んだ」

「ええっ⁉」

「お前が運べと言ったからな」

「わ、わ、私がですか⁉」

「悪いが俺は、もう少し寝る……」

「あ、はい、おやすみなさい……」


 珍しく寝不足のガイゼルは、再びぼふんと枕へ頭を投げ出した。その瞬間、ガイゼルの苦悶に満ちた心の声が聞こえてくる。


(いや無理だろ……ツィツィーからあんなことを言われて、眠れるはずがない……)

「へ、陛下、あの、陛下……」

「ガイゼル……」

(わ、私は一体、何を言ったのー⁉)


 何とかして聞き出そうとするツィツィーをよそに、ガイゼルは呼吸をしているのか不安になるほど、静かで深い眠りへと引きずり込まれていった。





 後日、ツィツィーには「俺がいない場所で酒を吞むことを禁じる」というガイゼルからの厳命が出されたのであった。




(了)




1巻の発売を記念してのお礼SSでした!

『ただ漏れ』の世界が本になったのは、応援してくださる皆さまのお力があってこそです。本当に本当に、ありがとうございます!

まだまだ未熟者ですが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[一言] SSありがとうございます! 相変わらずのベタぼれっぷりですね…! コミックスを読んだあとにこちらを読むともっとリアルに二人のイチャラブが想像できて、こちらもほんわかします(^^)
[良い点] 甘ーーーーーい!! そして、可愛いーーーーーーー!!(二人とも) 糖分取りすぎ注意報が出ますね。 でも、甘味、大大好きですけど。 [一言] 1巻発売おめでとうございます。 記念SSもありが…
[一言]  おやすみなさい、陛下!(^_^)ゞ
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