番外編:眠れる獅子を起こしてはならない
(――ッ……)
北の大国・ヴェルシア。その八代目であり、通称『氷の皇帝』と呼ばれるガイゼル・ヴェルシアは、今日もひどい寝不足に苛まれていた。
普段から険しい顔には、いっそうの苛立ちが滲んでおり、朝議に参列した臣下たちはどうしたものかと肩を震わせる。
すべての決議が終わり、議場を後にしたガイゼルの元に、護衛兼幼馴染でもあるヴァンが心配そうに話しかけてきた。
「ガイゼル、大丈夫か?」
「何がだ」
「眉間の皺がえらいことになってるぞ。最近特にひどくないか?」
「くだらんことを気にする暇があれば、さっさと働け」
ガイゼルはばっさりと言い捨てると、やや不満げなヴァンを残し、自身の執務室へと向かった。先代のやり残した政策の見直し、占領地域における条約の更新、関税や人頭税の設定・修正などすべき仕事はごまんとある。
本来であれば王佐やその下につく王佐補らに一任し、彼らから奏上される提案に是か非かの返事をするものなのだろう。
だが父親である故・ディルフ先帝の外交は非常に高圧・攻撃的なものが多く、ガイゼルはこの方針を良しとしなかった。
彼が築き上げてきた制度ややり方を、すべて一から見直しする――それは今までの政治の在り方を否定するものでもあり、多くの臣下たちの不満と疑心を生んだ。
しかしガイゼルは頑として譲らず、自らの求める理想のため、日夜孤独に業務と戦う毎日であった。
だがそんな日々の中で、たった一つだけ幸福もあった。
幼少期に出会い、ずっと慕っていた少女と再会することが出来たのだ。しかも自身の結婚相手、という最高の立ち位置で。
ガイゼルがヴェルシアの後継であったことを心から感謝したのは、後にも先にもこの時だけである。
輿入れの日には、国境付近まで迎えに行こう――と決意していたのに、結局出迎えに行くことが叶わず、あげく緊張で冷たい物言いをしてしまう始末。
もちろん心の中では『女神がいる』『花の妖精か』という感動に打ち震えていたのだが、皇帝という立場や、そもそもの自身の性格からいって、それをつまびらかにするのはためらわれた。
当然のように花嫁――ツィツィーはひどく困惑しており、ガイゼルはツィツィーが部屋を去った後、果てしない後悔に襲われていたものだ。
翌日からツィツィーとの生活が始まったが、ガイゼルの多忙さは変わらなかった。早くに朝議に出向き、視察、会合と本邸に帰れぬ日々が続いた。ツィツィーと会えるのは朝食の時間くらいで、ガイゼルは口にはせずとも、そのたびに彼女と離れがたい哀愁を抱いていた。
そんな中ツィツィーもまた、しっかりと自らの役割を果たそうと努力してくれた。過重な皇妃教育にも耐え、ろくに家に戻らないガイゼルにもいつも優しく接してくれる。ガイゼルはそんな彼女の温良さに感謝しつつも、素直に礼を言えない葛藤に陥っていた。
そんな日々が続いたある夜。
ガイゼルは本邸に戻る時間もなく、王宮の執務室にあるソファで仮眠をとっていた。実のところ全く眠くないのだが、体の方が確実に不調を訴えているため――仕方なく横になったというところだ。
「……」
はあ、とため息を零して瞼を閉じる。
暗闇に閉ざされる一瞬、ツィツィーの後ろ姿が脳裏をよぎった。
(もう随分、会ってないな……)
思い出すのは、使用人たちに囲まれ緊張している朝食での姿。それから見送りで――とツィツィーのことを夢想したガイゼルは、思わずふ、と口元をほころばせた。
途端に全身の力が抜けて、すうと眠気が舞い降りてくる。
――目の前に、冷たくなった母がいた。
呼びかけようにも声が出ない。手を取ろうにもつかめない。
ガイゼルはそれでも必死になって、母を揺り起こそうと腕を伸ばした。どうやら自身も幼い頃の姿らしく、手も体も小さく頼りない。
(お母さま、どうして)
そのまま母は消え、ざわざわという喧噪が頭上から降り注いだ。
(――可愛げのない子ども)
(――どうするんだ?)
(――兄君たちのためにも、早く王宮から追い出して――)
大人たちの声。
ガイゼルは耳を塞ぐが、刃のように言葉が胸を貫く。
(どうして、そんなこと言うの。僕は、何もしていないのに)
(僕はただ、お母さまに褒めてほしくて、頑張っていただけで――)
だがその場から逃げたくとも、足がまったく動かない。ガイゼルはたまらず首を振り、頭を押さえて絶叫した。
「――! ッ、……は、あ……」
ガイゼルは目を見開いたまま、何度か胸を上下させた。汗で額にはりついた前髪をかき上げながら、けだるげに体を起こす。
夢の中とは違う、立派に成長した長い腕と足。手袋に包まれた手のひらを見つめながら、ガイゼルははああと息をついた。
(またか……)
眠りに落ちるたび、悪夢に襲われる。
昨日今日の話ではない。覚えにあるのはラシーでの一時滞在を終え、公爵家へと移動して数か月経ってから。以来十数年にわたり、この悪夢は続いている。
これこそが――ガイゼルの不眠症の原因であった。
やがてお披露目式の日を迎えた。
ツィツィーとのファーストダンスを終えたガイゼルは、ヴァンが余計なことを口走っていないか監視しつつ、他の男たちに無言の圧をかけていた。
だが中にはその圧を感じぬまま特攻する馬鹿者もおり、ガイゼルはくだらない侮辱を口にする女たちごと、これをまとめて打ち負かした。
これ以上いらぬ誹謗を受けさせたくはない、とガイゼルはツィツィーをすぐに本邸に送り返した。だがどういうことか。帰路途中にある中庭で、彼女が貴族の男たち相手に本気で説教している姿を発見してしまったのだ。
たまらずその場から引きあげさせたものの、ガイゼルは自身の心が浮足立っているのを理解していた。他でもない――ツィツィーが、ガイゼルのためだけに怒ってくれた。あの温和で、誰に対しても優しいツィツィーがだ。
普段は別にしている寝室だが、今日くらいはいいだろうとガイゼルは自室へとツィツィーを連れ帰った。当然、こちらが申し訳なくなるほどツィツィーは緊張しており、それ以上手が出せなくなったのは――けして俺の弱気ではない。
「安心しろ、抱く気はない。……いいから今日は寝ろ」
そう言うとツィツィーは、あからさまにほっとしてみせた。その表情にガイゼルは、安堵と同時に複雑な寂寥感に襲われる。
だが彼女を安心させるため、ガイゼルは先に床へと入った。
しばらくして、背中側にいたツィツィーが姿勢を崩した。ようやく警戒を解いてもらえたか、と胸を撫で下ろすガイゼルだったが、その直後――ガイゼルの背にツィツィーの小さな手が添えられ、思わずこくりと息を吞む。
「……おやすみなさい、ガイゼル様」
――本音を言えば、今すぐにでも起き上がって、押し倒したかった。
だがそれをすれば、ツィツィーは俺を――嘘をついた俺を許してくれないだろう。
ガイゼルはただ静かに肺の中の空気を押し出すと、いまだ葛藤を続ける自身の熱を抑えるかのように、強く目を閉じたのだった。
・
・
・
――幼いガイゼルは何かから逃げていた。
はあ、はあ、と息が切れる。喉がからからに乾いて気持ち悪い。
(誰か、……たすけて……)
鋭い剣戟の音が背後から迫って来る。たくさんの人の悲鳴が、子どもの泣き声が、大砲が城壁を砕く音が響き渡り、ガイゼルはただがむしゃらに走り続けた。
気づけばどこかの戦場に迷い込んでおり、ガイゼルは凄惨な光景に取り囲まれていた。綺麗だった湖が、花畑が、優しかった人が、すべて真っ赤に染まっている。あんなに美しい場所だったのに。あんなに素敵な国だったのに。
(どうして、……どうして?)
そこでガイゼルはようやく足を止めた。自身の身の丈の倍はあろうかという男――亡くなったはずの先帝ディルフ・ヴェルシアが悠然とガイゼルを見下ろしていたからだ。
ガイゼルと同じ黒髪。目は深い茶色。まるで猛禽類のような鋭い視線で、幼いガイゼルを白眼視している。
「ち、父上……」
「……」
震える声でガイゼルが呼びかけても、父はにこりともしない。冷たく血濡れた大地に視線をずらすと、まるでガイゼルの存在が見えていないかのように黙視している。
やがてにいと愉悦を浮かべるさまを見て、ガイゼルの心臓はどくんと跳ねた。
(止めな、ければ)
父はまた、国を襲う。その前に止めなければ。
考えるより先に、ガイゼルは腕を振り上げた。だがディルフには触れることすら出来ず、握りしめた拳は中空を掻くばかりだ。
やがて上体を屈めたディルフが、ぐ、とガイゼルの首を掴んだ。同時に気道が急速に狭まる。
(――っ、いき、が……)
しかしそこに、見慣れない青白い光が浮かび上がった。すると、まるで熱いものに触れたかのようにディルフの手が離れ、ガイゼルの呼吸は正常に戻っていく。
「……?」
ガイゼルもまた驚いたように口を開き、その光を目で追った。
それは淡く燐光を放つ蝶で、小さな体を頼りなくふよふよと浮き沈みさせている。ガイゼルを守るかのように周囲を飛び回っており、その姿にふと白銀の髪を思い出した。
(……ツィツィー?)
蝶はなおもふわふわと頼りなく飛び続けていたが、やがてガイゼルの肩にそっと止まった。ゆっくりと羽を上げ下げする可愛らしい様子に、ガイゼルは嬉しそうに目を細める。
気づけばディルフの姿はなく――周りも普段と変わらない光景に戻っていた。
「……」
ガイゼルが目覚めた時、そこは寝台の上だった。
ゆっくりと体を起こして隣に目を向ける。そこには白銀の蝶――ではなく、美しい銀の髪を散らしたツィツィーが、幸せそうに眠っていた。
(いつもとは、違う夢だったな……)
そこでようやくガイゼルは、ここで寝入ってしまった経緯を思い出し、ああと頭を抱えた。お披露目式でのこと。中庭でのこと。それらを思い出しながら、ガイゼルは普段絶対に見せないような穏やかな微笑みを零していた。
穏やかに深まっていく二人の関係――だがその後、事態は急転した。
ガイゼルが長期の視察に出向いている間に、ツィツィーが婚姻を解消し、母国へと戻ってしまったのだ。当然ガイゼルは激昂し、話を進めたルクセンの制止を振りほどくと、ツィツィーを迎えに単身でラシーに向かった。
結果として互いの本当の気持ちを打ち明けることができ、二人の関係は以前よりもぐっと近いものになった。それ自体は良かったのだが――あろうことか、旅の途中でガイゼルは熱を出して昏倒してしまったのだ。
幸いウタカという高級宿に泊まっている最中だったので、ツィツィーを驚かせはしたものの、大きな迷惑をかけることはなかった。
しかしよほど心配したのだろう。ガイゼルが解熱剤を飲んで眠っている間、ツィツィーはずっと彼の傍を離れなかった。
「……」
どうするか、と目覚めたガイゼルは眉を寄せた。
(このままの体勢では、翌朝体を痛めてしまう可能性がある……)
ガイゼルは一度ベッドから足を下ろすと、椅子で眠っていたツィツィーを抱き上げた。起こしてしまうかもしれないと警戒していたが、ここ数日の疲れも出たのだろう。すやすやと穏やかな寝息を立てている。
そのあまりに心地よさそうな寝顔を見て、ガイゼルはふ、と目を細めた。そのままベッドの奥に横たえると、そっと上掛けをかけてやる。
(さて、俺はどうしたものか……)
だが頭に疼痛が走り、ガイゼルは思わず眉間に皺を寄せた。どうやら薬が効いていたとはいえ、まだ本調子ではないらしい。明日にはここを発つことを考えれば、無理をするよりは可能な限り体を休めておく方がよいだろう。
ガイゼルは隣室にあったソファを思い出す。だが万一ツィツィーが目覚め、自分だけがベッドに寝ていたらどう思うだろうか。
(……)
ごめんなさい、ごめんなさいと半泣きで謝罪を繰り返すツィツィーの姿が容易に想像出来て、ガイゼルはだめだと首を振った。これからあと数日二人だけで旅をするのに、変なところで気を遣わせるわけにはいかない。
(まあ……一応は夫婦なのだから、問題はないだろう)
自分自身に言い聞かせるように告げ、ガイゼルは諦めてベッドへと体を横たえた。せめてもの配慮でツィツィーに背を向け、そのまま静かに瞼を閉じる。
すると突然、ガイゼルの背中にふわりと柔らかい何かが触れた。
(――⁉)
ガイゼルはぎこちなく振り返る。すると寝返りをうったツィツィーが、ガイゼルを背中側から優しく抱きしめていたのだ。
(これは……良くない)
どうやら無意識なのだろう。幸せそうにむにゃむにゃと口元を緩めているツィツィーを見て、ガイゼルは両手で顔を覆いたくなった。このままではまずい、とツィツィーの体を押し戻すべく、いったん自身の体を転回させる。
するとさらに困ったことに、ツィツィーがぎゅう、と腕に力を込めてきたのだ。結果として、ガイゼルは真正面からツィツィーに抱きしめられる形になってしまう。
「……」
一瞬思考が飛んでいたことに、ガイゼルは気づかなかった。
やがてはっと弾かれたように意識を取り戻すと、持ち得る理性を総動員して、自身に巻かれたツィツィーの腕に手を伸ばす。だがどれだけ剥がそうとしても、ツィツィーは嬉しそうに微笑むばかりで、なかなか力を緩めてはくれない。
ガイゼルはいよいよ抵抗を諦め、はあと嘆息を漏らした。行き場のない手をどうすべきか迷った挙句、とりあえずツィツィーの髪へとそっと下ろす。
まだ少し湿り気を含んだ冷たい髪を撫でながら、ガイゼルはためらいがちに苦笑した。
(寝ている時なら、こうして触れられるのにな……)
すると腕の中にいたツィツィーが、突然「ん、」と声を上げた。途端にガイゼルはびく、と手を浮かせて彼女の反応を待つ。
だがツィツィーはガイゼルの胸板に顔を押し付けながら、寂しそうにつぶやいた。
「――ガイゼルさま、……」
(……?)
「ごめんなさい。もう勝手に、お傍を離れたり、しませんから……」
その言葉に、ガイゼルはゆっくりと瞬いた。
やがてツィツィーの髪に置いていた手をそろそろと下ろすと、彼女の体をぐっと引き寄せる。折れそうなほど細い腰に、薄くて丸い小さな肩。ガイゼルの両腕に、すっぽりと埋まってしまう華奢な体を確かめるように、ガイゼルは恐々とツィツィーを抱きしめた。
柔らかい。温かい。
どこもかしこもふわふわとして、甘い花のような匂いがガイゼルの鼻をくすぐる。本当にこれが同じ人間なのだろうか、とガイゼルは改めて苦笑した。
「……お前がまたどこかに消えた時は、すぐに迎えに行ってやる」
だから安心しろ、と囁きながらガイゼルは身をかがめ、眠るツィツィーの額にそっと口づけた。
無意識なのだろうか、ツィツィーがふふと身を捩るのを見て、ガイゼルは無言のまま、たまらず胸の中に押し込める。
その腕に確かなぬくもりを感じながら、いつしかガイゼルは眠りの世界へと引き戻されていた。意識が途切れる瞬間、青白い蝶が視界をよぎる。
いつもの悪夢は――訪れなかった。
その後さまざまなことがあったが、ツィツィーとガイゼルの二人は無事にヴェルシアに戻って来ることが出来た。相変わらずガイゼルの仕事は多忙を極めており、ツィツィーもまた公私ともに彼のことを支えられるよう、日々皇妃の勉強に励んでいる。
そんなある日のことだ。
「ツィツィー」
「陛下! どうしたんですか、こんな時間にお戻りになるなんて」
突然本邸に現れたガイゼルの姿に、ツィツィーは思わず目を見開いた。
それもそのはず、ここ数日ガイゼルは、イエンツィエとの賠償請求と補償の後処理に明け暮れており、三日ほど王宮で缶詰状態になっていたからだ。
よほど疲労がたまっているのだろう。普段の怜悧な美貌はわずかに陰り、気のせいか目の下にはクマが浮き出ている。心配するツィツィーをよそに、ガイゼルはずかずかと歩み寄ると、いきなりツィツィーを横向きに抱き上げた。
「へ、陛下⁉」
「……」
そのままツィツィーを寝台まで運ぶとぼふんとベッドの上に下ろし、自らもそのすぐ隣に横になった。はわわと動揺するツィツィーの体に両腕を伸ばすと、ぐいと背中側から力を込めてくる。
「へ、陛下⁉ その、昼間から、こういうのは、あのっ!」
真っ赤になって反論するツィツィーに対し、ガイゼルは何も言わず、ただしっかりと彼女の体を抱きしめたままだ。いよいよか。もう少し心の準備をしたかった、とツィツィーは覚悟を決めて強く目を瞑る。
だが待てども待てども進展はなく、ツィツィーはそろそろと睫毛を押し上げた。
「……陛下?」
「……」
振り返ってガイゼルの顔を見る。あろうことかガイゼルは、ツィツィーの胴体に腕を回した状態で、すやすやと寝息を立てていた。
念のためガイゼルの腕を叩いてみたり、乱れた黒髪をつまんでみたりもしたが、起きる気配がまるでない。
かといって逃げ出そうにも、がっちり拘束されて身動き一つとれない。どうしよう、と途方に暮れるツィツィーの元に、ばたばたと慌ただしい足音が近づいてきた。
「あーここに来てましたか」
「ヴァ、ヴァン様⁉」
現れたのはツィツィーの侍女であるリジーと、ガイゼルの護衛であり幼馴染のヴァンだった。ヴァンはやれやれと眉尻を下げると、ベッドで硬直しているツィツィーに向けて『すみません』と続ける。
「大変申し訳ないんですが、少しだけそのままでいていただけませんか」
「こ、このまま、ですか?」
「はい。陛下、ここ数日ずっと寝ていなかったので」
「ね、寝てない⁉」
仕事が忙しいとは知っていたが、てっきり王宮で休んでいるのだと思っていた。なるほど言われてみれば、ちゃんと息をしているのか不安になるほど静かに、まるで泥のように眠っている。
「何度も寝るようには言っているんですがね。普段からあまり眠れないらしくて」
「普段から眠れない……?」
「はい。陛下はかなりの不眠症で、寝ても一、ニ時間ほどで目が覚めてしまうそうです」
ガイゼルと旧知の仲であるヴァンの言うことだ。おそらく嘘はないだろう。だがツィツィーは今まで同衾してきたあれそれを思い出しながら、はてと首を傾げていた。
(陛下が不眠症……どちらかというと朝が弱くて、眠りが深い印象だったのだけど……)
起きたら王宮に戻るようお伝えください、とヴァンは言い残し、リジーもまたお邪魔になるといけませんので、と顔を赤くして部屋を後にした。
残されたツィツィーは不思議に思いながらも、今の熟睡を起こしてしまうのもしのびなく、ガイゼルの腕の中に身をゆだねる。
(相当お疲れなのね……)
いつのまにかガイゼルの眉間には皺が寄っており、ツィツィーは何気なしにつんと指先でつついてみた。すぐに縦皺が解かれ、再びすうすうと穏やかな寝息が聞こえてくる。その様子が可愛らしく、ツィツィーは思わず笑みを零した。
(よく分からないけれど、陛下がお休みになれるなら……)
そこでツィツィーは体を回転させると、ガイゼルと正対した。頭を上げるとすぐそばにガイゼルの寝顔があり、えへへと照れながら彼の胸板に額を押し付ける。普段こんなことをしたらガイゼルの心の声が大変なことになるだろうが、寝ている今なら許されるだろう。
「おやすみなさい、……ガイゼル様」
温かいガイゼルの両腕に包まれながら、ツィツィーもまたそっと目を閉じた。
それからきっかり八時間後。
ランディの使者が現れ、飛び起きたツィツィーは寝ぼけたガイゼルを起こすのに、また違った労力を発揮したという。
(了)












