第三章 3
「ど、どうして、ルカはあんなに結婚を目の敵にしているのかしら……」
「そ、それは……事業が大きくなるにつれて、兄さんにお見合いの話が急増したことがあって……その時に、色々と、あったみたいで……」
「な、なるほど……」
ルカほどの家柄と資産があり、ましてや女性に対して真摯な対応をとる男性であれば、とっくに結婚をしていてもおかしくない。だがルカにはそうした女性関係の浮いた話が一切なく、一部のご婦人方から疑問視されていた。
しかしルカの激昂加減を見る限り、どうやら結婚や女性というもの自体に、あまりいい思い出が無いのかもしれない。それはどうやら妹にも影響があるらしく、エレナは恥ずかしそうに答えた。
「わたしの結婚に対しても厳しくて……自分が認めた奴ではないとだめだと……」
(ルカさん……)
だがツィツィーは、ルカのエレナへの溺愛には理由があるのではと考える。
心の準備も出来ないまま、家督を継ぐことになった不遇の長男にとって、エレナはたった一人の大切な家族だった。デザイナーとしての成長を願っていたのはもちろんのこと、どこかで『自分が父親代わりにならねば』と強い保護意識があったのだろう。
(……まあちょっと、過激な気もするけれど……)
オルビットに向けて、ツィツィーは心の中で合掌する。
彼の一途な思いは応援したいが、ルカという強すぎる障壁に加え、当のエレナは新ブランドのことで頭がいっぱいだ。しばらく婚約や結婚という話にはならないだろう。
いまだぎゃいぎゃいと騒ぐ二人を見ていたところで、エレナが「あの、」と弱々しく切り出した。
「皇妃様、……色々と、ありがとうございました」
「え?」
「パーティーの時も、ですし……わたしに、本当の気持ちを諦めないでほしいと、言ってくださったことも……」
「あ、あれは、ただ私がしたかっただけで……」
「それが嬉しかったんです。……『かわいそう』『大変だ』と思うのは簡単ですが、実際に自分から手を差し伸べることは、なかなか、出来ないものですから……」
エレナ、と呟くツィツィーに向けて、エレナは膝を折ると深く頭を下げた。
「これからも兄共々、王家に尽くす所存です。どうぞこれからも、よろしくお願いいたします」
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
ツィツィーも同じく膝を折る。
視線のぶつかった二人は、どちらともなく楽しそうに微笑みあった。
結局食事会は夜まで続き、すべての招待客を見送り、ツィツィーたちが主寝室に戻って来た頃には、すでに日付の変わる数刻前になっていた。
「お、お疲れさまでした……」
「ああ」
純白のドレスからようやく解放され、ツィツィーは大きめのガウンを着たまま、ベッドへと倒れ込んだ。きっちりと結い上げていた髪も下ろし、ティアラはガイゼルの部屋にある金庫へ収納されている。隣にイヤリングも並べておいたので、きっと今夜はレヴィたちも楽しく過ごすことだろう。
ガイゼルも白衣の礼装を取り払い、就寝前の格好で椅子に座っていた。その佇まいに式典での色気溢れる凄艶さを思い出したツィツィーは、何となく体を起こしてベッドの隅に座りなおす。
「どうした?」
「あ、いえ、別に……」
えへへ、と誤魔化した後で、ツィツィーははっと今の状況を思い出した。
(そういえば……もう式は終わったのだから、我慢も、いらない、わけで……)
恐る恐るガイゼルに視線を向ける。
すると彼もまたツィツィーの方を見ており、ばっちりと目が合ってしまった。顔から火が出そう、とツィツィーは慌ててうつむく。
しかしガイゼルは椅子から腰を上げたかと思うと、ツィツィーとの距離を縮めて横並びに座り込んだ。ぎし、と軋む音にツィツィーが緊張を露わにすると、ぽんと頭の上に感触が落ちてくる。
「今日はよく頑張ったな」
「い、いえ、私なんて全然……陛下の方がお疲れではありませんか?」
「この程度、どうということはない」
(に、逃げられない……!)
ふ、と口角を上げるガイゼルに、ツィツィーはいよいよかと覚悟を決める。だがガイゼルはそれ以上近づくこともなく、艶々としたツィツィーの髪を撫でながら呟いた。
「……式の時、誓った言葉を覚えているか」
「ええと、たしか……」
「『私の心は貴女を守り、私の腕は貴女の盾となるだろう』……これは俺の本心だ」
さらりとした黒髪の向こうから、レヴァナイトのような瞳が覗く。
「……俺は何の面白みもない、至らない男だが……お前のことだけは、命に代えても守りたいと思っている」
「陛下……」
「だからどうか……これからも、傍にいてほしい」
壊れ物に触れたかのように、ガイゼルの手がツィツィーの髪から離れた。そのままガイゼルは押し黙り、静かにツィツィーの返事を待っている。
ツィツィーは恥ずかしさを堪えるように視線を泳がせていたが、やがてベッドについていたガイゼルの手の甲に、自身の手のひらをそうっと重ねた。
「わ、私の方こそ、これからもよろしくお願いします……」
「ツィツィー……」
まさか触れられるとは思っていなかったのか、ガイゼルはわずかに見開くと、すぐに目を眇めた。重ねられた手はそのままに、もう一方の手をツィツィーの顎に添わせる。軽く引き寄せると、ツィツィーもまた慣れたように睫毛を伏せた。
そして――二度目の誓いが捧げられた後で、二人はどちらともなく目線を落とす。
「……」
「……」
両者の間に気まずい沈黙が流れた。
繋がれている手を離すタイミングが分からず、ツィツィーはその体勢のまま硬直する。するとガイゼルの方から「そろそろ寝るか」と促された。
「は、はひ」
噛んでしまった、とツィツィーは一瞬で頬を赤く染める。すると隣にいたガイゼルの口からくす、と漏らすような失笑が聞こえた。違うんです、と訂正する間もなく、ガイゼルのしっかりした腕に抱き上げられる。
「そう怖がるな」
「こ、怖がってなんて……」
ツィツィーの虚勢をよそに、ガイゼルはどこか楽しそうにベッドの中央へと移動した。
ぼすんと毛布の上に投げ出されたツィツィーの上に、ガイゼルがかぶさって来る。お酒が入っているせいか、ガイゼルの頬もほんのり上気しており、それが異常なまでの色気を発していた。
ツィツィーはたまらず目を塞ぐ。












