第二章 14
大変申し訳ありませんでした、とエレナが退室した後、オルビットも騎士団へと連行されて行った。ティアラも無傷で戻って来たし、ツィツィーがガイゼルに必死に懇願したこともあり、厳重な注意で終わるだろうとのことだった。
「我が家の事情に巻き込んでしまい、本当に申し訳ございませんでした」
一人残されたルカが改めて深く頭を下げる。
とんでもない、とツィツィーもまた礼を述べた。
「こちらこそ、先走ったようなことを口にして、失礼をいたしました……ちゃんとエレナのために、準備をされていたとも知らずに、私、勝手なことばかり……」
「いえ。おかげで予定よりもずっと早く、彼女の覚悟が決まりましたようで。私としては感謝しております」
え? とツィツィーは首を傾げた。
「まあ、実は少々賭けだったのです」
「賭け、ですか?」
「はい。たしかに私は、エレナを新ブランドのデザイナーに就任させるつもりでした。ですがあの子はどうしたことか、自分に対する自信というものがまるでない」
「はあ……」
「本来であればこの話は、皇妃様のドレスが完成した時に持ちかけようと思っていました。ですが今までのエレナであれば、私が提案したところで『自分の名前では売れないから』と拒否する可能性が高いだろう――と考えていたんです」
ルカの言う通り、エレナが本心を隠し続けることを望んでいれば、たとえデザイナーの話が来たところで、断っていたというのが有力だろう。
だがツィツィーやオルビットの妨害が入ったおかげで、彼女は予定よりも早く、自らの覚悟を――在り方を見つめなければならなくなったわけだ。
「あの子は優しい子です。自分のことはいくらでも我慢できるが、自分を思ってくれる人には、懸命に応えようとする……まあ、それを利用して金儲けをしてきた兄に、評されたくはないでしょうけど」
「ルカ……さん……」
ツィツィーも、ルカがエレナを利用しているのかと疑った一瞬があった。だが実際のルカは商売のことよりも、たった一人の妹のために自ら泥をかぶる覚悟をしているような、とても不器用な人だったのだ。
ツィツィーは締め付けられるような歓喜に、思わず涙を浮かべそうになった。だが途端にぱあっと明るく笑ったルカの顔を見て、あれ、と目をしばたたかせる。
「――と考えると、オルビットの奴も少しは役に立ちましたね」
「……え?」
「皇妃様にもお力添えいただき、本当に感謝いたします」
「ええと、私もですか……?」
「はい。エレナの友人として支えていただきましたし、証人にもなっていただけるでしょう? 彼女が間違いなく本物のデザイナーであると」
それを聞いてツィツィーは、ぞくりとした震えを覚えた。
「もしかして……私とエレナを近づけたのはそういう理由があって、ですか……?」
「採寸に同行させたのは、デザイナーであるエレナ自身が、依頼者である皇妃様と接するべきだと考えたからです。その後の――工房の見学や、彼女の部屋に赴いていただいたのは、まあ、布石というか」
(この人……怖いわ……!)
聞けばエレナというデザイナーの秘匿のため、普段は工房見学を許可していないのだという。
ルカが快諾したのは、もちろん皇妃殿下直々のお願いであったというのもあるが、エレナが実際に仕事をしている姿を見てもらいたい、という思惑が多分に絡んでいたのは言うまでもない。
若干顰め面をしているツィツィーをよそに、ルカは先ほどからの騒動を静かに見守っていたガイゼルに向けても、ヴェルシア式の最敬礼を見せた。
「陛下……御前を騒がせてしまいましたこと、深くお詫び申しあげます」
「まったくだ。式までには必ず間に合わせろ」
「御意に」
黒髪の向こうから覗くガイゼルの威圧を前にしても、ルカは変わらずにっこりと微笑んでいる。その姿にツィツィーは改めてルカの恐ろしさを再認識した。
ルカから渡された新ブランドの名刺を手に、ソファに座ったツィツィーははあ、と肩を落とした。隣にいたガイゼルが、どうしたとばかりに首を傾げる。
「もしかして陛下はすべてご存じだったのですか?」
「大体はな。ルカが苦慮しているのは聞いていた」
どうやらツィツィーもオルビットも、ルカの手のひらで踊らされていたようだ。ショックだと思わないわけではない。でも、とツィツィーは顔を上げる。
「おかげでエレナのことが解決したので……結果的には良かったですね」
「俺は全然良くないがな」
あれ、とツィツィーはガイゼルの方に顔を向ける。
すると二人きりにも関わらず、いまだ『氷の皇帝』と化したガイゼルがおり、ツィツィーは汗を一筋たらすと、すぐに自らの行動を振り返った。
だが思い起こす時間もないまま、ガイゼルが苛立ったように口を開く。
「いくら式の前で、市民に顔が知られていないとはいえ……街中に一人で出かける皇妃がどこにいる」
「い、一応、工房に行くとは伝えたのですが……」
「護衛はおろかメイドの同行も断ったと聞いた」
「それはその、急にお仕事の邪魔をしては、良くないかなと……それにあまり多人数で行くと、目立ってしまうかと思いまして……」
「挙句の果てには置き手紙だと?」
「も、申し訳、ございません……」
聞くところによると、ツィツィーの手紙は心配した執事によって、速攻ヴァンの元へと届けられたそうだ。
ヴァンがそれを見て仰天していると、タイミング悪くガイゼルが現れ、肉食獣のような俊敏さで王宮を飛び出したらしい。












