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陛下、心の声がだだ漏れです!  作者: シロヒ
第二部

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第二章 5



「あの子と初めて会った時は、それは緊張したものよ。でも話に聞いていたほど、怖い印象はなかったのよね」


 たしかに同じ年頃の子に比べると、随分と落ち着いた子ではあった。だがこちらの言葉をちゃんと理解し、乏しいながら感情も垣間見せる子どもだったという。


 だがガイゼルは何にも執着を見せなかった。

 欲しいものを聞いても首を振り、何を与えても関心を示さない。まるでこの世との繋がりを、すべて切り離しているかのようだったとサラは語った。


「私はいつかあの子が、ふっといなくなってしまう気がして……でもそんな時に聞いたのが、あなたの話なの」


 ラシーで出会った女の子。どうやら王族らしいが、国と国の距離も離れているし、再会は難しいかもしれない、と同じく事情を知ったグレンがため息をついていた。

 だが彼女の噂や情報を耳にした時だけ、ガイゼルは年相応に目を輝かせており、その姿があまりに可愛かったので、いつしか二人の間で神話から名をとって、その女の子のことを『春の女神』と呼ぶようになったという。


「今日ようやくお顔が見れて、本当に嬉しかったわ」

「私の方こそ、……ありがとうございます」


 ガイゼルが幼少期、どんな暮らしをしてきたかツィツィーはほとんど知らなかった。

 ガイゼルもあまり好きな話題ではないらしく、教えてくれる気配もない。

 ただ当時の情勢を聞く限り、何となく辛い生活を送っていたのではないか、とツィツィーは想像していた。


 だが今日のガイゼルを見る限り、けして悪いことばかりではなかった――そう確信出来るほど、公爵夫妻に対する態度は温容なものだった。


「陛下がお二人をとても大切にされている、とすぐに分かりました。まるで本当の親子のような接し方で……」

「ふふ、そうね。私たちも、改めなければいけないと思っているのだけど」

「お二人はそのままで良いと思います。……昔の陛下を守ってくださって……本当にありがとうございました」


 ツィツィーが改めて礼をする。ゆっくりと顔を上げると、サラは目元に涙を滲ませていた。やだわ、と照れた仕草で拭うと、ソファからそっと立ち上がる。


「ご挨拶が残っているので、ここで失礼いたしますね。そうそう、結婚式も楽しみにしていますよ」

「は、はい! 是非!」


 やがてサラは嬉しそうに微笑むと、応接室を後にした。使用人たちが付き従う中、入れ違うように着替えを終えたエレナが現れる。ツィツィーは急いで彼女の元へと駆け寄った。


「エレナ、具合はどうですか?」

「だ、大丈夫です……」


 少し落ち着いたのか、先ほどの激昂した様子もなく、ツィツィーはひとまず息をついた。エレナの腕の中には汚れたドレスが握られており、ツィツィーは落胆した様子で視線を落とした。


「ドレス……は、残念でしたね」

「……良いんです。別に」


 エレナはツィツィーの視線から逃れるように、無感動にぽつりと零した。

 だがその瞬間、ツィツィーの元にエレナの心の声が落ちてくる。


『わたしが作るものに、価値なんてない……』

(作る……?)

「……」


 エレナは口を引き結び、それ以上何も発さなかった。辛苦の表情を浮かべるエレナに、ツィツィーはどう続ければいいのか困惑する。

 すると静まり返った応接室に、激しいノックの音が響き渡った。ツィツィーが返事をする前に、バタンと勢いよく扉が開く。


「――エレナ!」


 現れたのは一人の青年だった。

 茶色の髪と目をしており、よくある仕立ての夜会服を纏っている。ひどく焦燥した様子の青年は、エレナの姿を見つけると一目散に駆け寄った。


「気づいたら会場からいなくなっていたから、おれ心配したよ……」

「ごめんなさい。ちょっと、トラブルがあって」

「トラブル⁉ だ、大丈夫なのかい⁉」


 あわわと慌てる青年は、エレナの無事を確認すると、ようやくツィツィーの方をばっと振り返った。

 その剣幕にツィツィーが目を丸くしていると、青年は額が膝に付きそうなほど腰を折り、溌溂と謝辞を述べた。


「ありがとうございます! あなたがエレナを助けてくださったんですね!」

「い、いえ、助けたというほどでは……」

「本当にありがとうございます! さあエレナ、おれが送るから早く帰ろう」


 言うが早いか青年はエレナの手を取ると、当惑する彼女をよそにぐいぐいと手を引いていき、二人はあっという間にツィツィーの前から姿を消した。


(い、一体……誰だったのでしょうか……)


 怒涛の展開にツィツィーがあっけに取られていると、慌ただしく閉じられた扉から、今度は随分と控えめなノック音がする。

 思わず身構えたツィツィーだったが、ドアの向こうから現れた姿にほっと胸を撫で下ろした。


「ここにいたのか」

「ガイゼル様……」


 ツィツィーに上着を取られ、シャツ姿になったガイゼルが、いつも通りの無表情で応接室に入って来た。

 最初は安堵を浮かべていたツィツィーだったが、はたと気づき次第に動揺へと切り替わる。


(わ、私……陛下に上着を借りて、休むと言ってそのままだったわ……)


 エレナを助けるのに必死で、ガイゼルとの帯同をすっかり忘れてしまっていた。ガイゼルは額の汗を増やすツィツィーの前を通り過ぎると、中央にあるソファへぼすんと腰を下ろす。


「へ、陛下、あの、すみません……」

「何がだ」

「ご、ご挨拶回りを、途中で抜けてしまい……」



 

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