第二章 3
ようやく現れた主賓たちの美貌に、途端に場が色めきだつ。
(やっぱり陛下は、こういう場でも一番人目を引くんですね……)
先ほどから独身の令嬢はもちろん、既婚者の女性、貴族の若い青年まで、皆一様に恍惚とした視線をガイゼルに向けていた。
一瞬、自分が隣に立っていていいのだろうか、と不安になるツィツィーだったが、いつもの心の声にすぐに失笑した。
『くっ……狼どもが一斉にツィツィーを狙っているじゃないか……だからもう少し露出の少ないドレスはないかと言いたかったのに……。いやしかしツィツィーが望むのであればそれは尊重してやりたいし、実際素晴らしく似合っていて美しいし、まるで夜の女王が目の前に下りてきたかのような感動すらあったが……』
(陛下、大丈夫です。この注目は全部陛下に向けられたものです。……褒めてくださるのは嬉しいけれど、まずご自分がどれほど素敵か、気づいていないのかしら……)
ちらとガイゼルの顔を見るが、とても脳内でツィツィーを大絶賛しているとは思えないほど、澄ました怜悧な横顔だ。
見目の不釣り合いを気にしている様子もない。
やがて上座に到着した一行は、グラスを手に談笑を始めた。
「しかし本当に立派になって……あんなに小さかった陛下が」
「……グレン、いつの話をしているのですか」
「でも本当に。子どもたちも会いたがっておりましたわ」
楽しそうに笑う夫妻に対し、ガイゼルはどことなく居心地が悪そうだ。
どうしたのかしら、とツィツィーが疑問を浮かべていると、その様子に気づいたのか、ガイゼルが改めて紹介をしてくれる。
「カリダ公には、昔世話になっていた」
「昔というと……陛下が王都を離れて、ラシーに来られた後ですか?」
「そうだ。と言ってもこの本邸ではない」
有力な貴族は王都と領地それぞれに邸を持つことが大半で、幼少期のガイゼルが過ごしたのはカリダ公の領地にある別邸だという。
するとサラが嬉しそうにツィツィーに話しかけた。
「この子はね、本当に子どもらしくない子だったのよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。何でも一人で出来るし、泣いたり怒ったりもしなくて。それどころか私たちに負担をかけまいと色々と働いたりね……でもまさか、皇帝の継承者争いに出向くとは思っていなかったわ」
「……サラ、その辺で」
「そうそう。あれだけ勉強も武芸も出来るのに、政治になんて関心がないと言っていてね。それがある日突然馬と剣を手にいなくなるから、僕はようやく春の女神を迎えに行ったんだと」
「グレン! その話はもういいでしょう」
発言一つで臣下を震え上がらせている普段のガイゼルはどこへやら。
養い親にはさすがのガイゼルも強くは出られないらしく、生真面目な口調ながらもどこか焦りを滲ませていた。
『氷の皇帝』相手にここまで強く出れるのは、この夫婦くらいかも知れない。
(それにしても、春の女神って何のことかしら……)
ツィツィーがきょとんとしているのに気づいたのか、サラが「ごめんなさいね」とそっと耳元に屈んでくれる。
「実はこの子がうちに来てすぐの時、毎日熱心に調べ物をしていてね。一体何を知りたいのか聞くけど、なかなか教えてくれなくて。でもしつこく尋ねていたら、ある女の子について知りたいとやっと打ち明けてくれたのよ」
「女の子……ですか?」
「なんでもラシーの王宮で会った子らしくてね。その子に自分は助けてもらった。心を溶かしてもらったんだって。私たちが初めて見るような、嬉しそうな笑顔で」
「サラ!」
「あら、ばれちゃったわ」
うふふと微笑むサラに対し、ツィツィーは既に顔を真っ赤に茹で上げていた。
(ラシーで会った……心を溶かした……)
春の女神という大仰な名前に覚えはないが、おそらくツィツィーを指しているのだろう。そう言えば出会った当初も、やれ女神だ妖精だと例えられた覚えがある。
小さい時のガイゼルは、今よりもずっと素直に思ったことを口にしていたのだろうか。
やがて他の来賓が到着したのか、フォスター夫妻はツィツィーたちにパーティーを楽しむように伝えると、再び正門へと姿を消した。
残されたツィツィーはそっとガイゼルを仰ぎ見る。
「素敵なご夫婦ですね」
「まあ……そうだな」
『だから来たくなかったんだ……』
戦闘訓練の後より、三倍ほど疲弊した様子のガイゼルが、手にしていたグラスをようやく傾けた。
一方でガイゼルの新しい一面を知ることが出来たツィツィーは、なんだか嬉しくなる。
「言っておくが、俺が言い出したわけじゃない」
「? 何がですか」
「その……春の、女神だ」
ようやく落ち着いてきた頬の赤味が、一瞬でツィツィーの元に戻ってくる。
「グレンが勝手に名付けただけで、……まあ、否定は、しなかったが」
「そ、そうなんです、ね」
ガイゼルは床に視線を落としたまま、それ以上言葉を発さなくなってしまった。
ツィツィーもまた恥ずかしさのあまり、どことなく目をそらす。するとぎくしゃくとするツィツィーたちの元に、見知った顔が声をかけてきた。
「陛下、ご機嫌麗しく」
「アスティル卿」
そこにいたのは、ドレスの打ち合わせで知り合ったシュナイダー兄妹だった。兄のルカはデザイナーというだけあって、シルバーの夜会服に深藍のタイを上品に着こなしていた。
少し後ろにはエレナが立っており、グラスグリーンのドレスに白の手編みレースという珍しい意匠だ。未婚の女性にしてはおとなしめな色だが、彼女の赤い髪とよく似合っている。
「また近いうちに仮試着に伺わせていただきますね。ところで、今日はこうしたお話がございまして」
そう言うとルカは、上着の内側から手のひらサイズの紙片を取り出した。
紅の台紙に銀のインクで『Ciel Etoile』と書かれている。
「実は、うちの工房で新たにブランドを立ち上げようと思っております」
「ブランドですか?」
「はい。女性のドレスを専門に、すべてオーダーメイドで作らせていただく予定です」
きっかけは、ルカのデザインが人気を博した結果、現在の規模では受注が追い付かなくなったからだという。
そこで選抜された職人を集めて別の工房を立ち上げ、ついでに注文が増えてきた女性向けの衣装を専門に作るブランドにしよう、とのことだった。
「つきましては、今仕上げている皇妃様のドレスを、新ブランドの一つの看板として扱わせていただきたいと考えておりまして」
「私のドレスを……ですか?」
「はい。全国民の憧れでもある皇妃様の衣装を手掛けたとなれば、女性陣は我先にと同じブランドを望むことでしょう」
はたして自分にそこまでの話題性があるだろうか、とツィツィーは困惑したが、ルカは自信をもって断言する。
本当に貴族らしからぬ商才に溢れた人のようだ。その後ガイゼルとルカが話をする間、ツィツィーはそっと脇に隠れていたエレナに声をかける。
「こんばんは」
「ご、ご機嫌麗しく……皇妃様」
「すごく素敵なドレスですね。これも工房で作られたものですか?」
「いえ、これは……」
話しかければかけるだけ、どんどん委縮させてしまうかのようで、ツィツィーは少しだけ眉尻を下げた。
リジー以外の歳の近い女性と出会うのは久しぶりなので、なんとか仲良くなりたいと思ったのだが、互いの立場を考えるとそう簡単なものではないようだ。
(寂しいけれど、ご迷惑をかけるわけにはいきませんし……)
やがて雑談が終了したのか、ツィツィーはガイゼルに呼ばれた。
会釈をするルカに頭を下げながら、次の場所へと移動する。エレナはその間も兄の後ろで、じっとうつむいたままだった。












