第一章 21
(――ッ⁉)
精霊の時とはまったく違う。
熱くてぬるぬるとした感触に、ツィツィーは瞼を閉じたまま、頭の中で明滅を繰り返していた。気づけばガイゼルのもう一方の手が、ツィツィーの腰に巻き付いており、強く抱き寄せられている。
(手、手どうしよう……!)
中途半端に浮いた手をどうにかしようと、ツィツィーは仕方なくガイゼルの胸元へと添える。するとおさまりが良くなったのか、ガイゼルはさらに体の距離を狭めてきた。
次第に全身の力が抜けていき、ツィツィーはくたりとガイゼルに体をもたれさせる。だがガイゼルは唇を離そうとしない。
吐き出す息がツィツィーの舌にあたり、段々互いの体温や境目が分からなくなっていく。部屋の気温はさほど高くないはずなのに、まるでむわりとした温室の中にいるかのようだ。
(――、――!)
長いキスの間、ツィツィーは必死に受け止めていたが、それでもガイゼルの攻勢にはまったく敵う気がしなかった。
やがてするりと舌が離れ、ツィツィーは半端に開けていた口をようやく塞ぐ。同時に睫毛を押し上げると、上気したガイゼルの顔が目に飛び込んで来た。
同時にツィツィーの心臓がきゅんと音を立てる。
(――へい、か?)
その切なげな、だが雄々しい表情に、ツィツィーは一瞬で心を奪われてしまった。
めったに見られない顔つきだったせいか。はたまた精霊の効果がまだ残っていたのか。理由は分からないが、ツィツィーは不自然なまでの胸の高鳴りを覚えた。
ついさっきまであれほど密に触れ合っていたのに――もっとガイゼルに触れたい。好きだと伝えたい、と自分の心が著しく変化していく。
だがそれを押しとどめるように、ガイゼルが口を開いた。
「――悪い。大丈夫か」
「は、はい……」
今にも腰が抜けそうなツィツィーに対し、ガイゼルはすぐに普段通りに戻っていた。しかし心なしか優しさを含んでいるようも見え、ツィツィーは心配をかけまいと笑みを返す。するとガイゼルは目を細め、ぼそりと呟いた。
「上書きされたか?」
「うわが……き……?」
にやりと口角を上げたガイゼルを見て、ツィツィーは言われた言葉を繰り返した。そこでようやく、精霊からされたキス未遂のことを思い出し、一気に頬に朱を走らせる。
もしやガイゼルも覚えていて――少々不満に思っていたのだろうか。
「さ、されました! もう全然残ってないです!」
その言葉は紛れもない真実だった。むしろツィツィーとしては精霊の方を忘れかけていたくらいで、今となってはガイゼルと交わした口づけのことしか思い出せない。
ツィツィーの取り乱し方に満足したのか、ガイゼルは再度唇に、柔らかくキスを落とした。
「ようく覚えておけよ」
そう言うとガイゼルはベッドの中に進むと、毛布を持ち上げてツィツィーの方を眺めた。そばに来いということだろうか、とツィツィーは一瞬逡巡するが、ガイゼルが手を下ろすそぶりはない。
考えてみれば主寝室なのだからベッドは一つ。
ツィツィーが眠る場所といえばガイゼルの隣しかない。
(やっぱり、またあの体勢で……?)
恐る恐るツィツィーがガイゼルの隣に横たわると、ガイゼルはツィツィーを毛布で覆い隠した。
柔らかい毛足がツィツィーの頬を撫で、なんだか幸せな気持ちになるが、同時に心拍数もとくとくと早まっていく。
一方、そんなツィツィーの緊張にまったく気づいていないのか、ガイゼルは平然とした様子で自らも横になった。
ツィツィーの前髪を軽く撫でると、そのまま背中に手を回し、正対する形で毛布ごとツィツィーを抱きしめる。
「おやすみ」
「はい。おやすみなさい、ガイゼル様」
ガイゼルは軽くツィツィーの額に口づけると、すぐに目を閉じた。数刻もせず穏やかな寝息が聞こえてきて、ツィツィーは困ったように眉尻を下げる。
(ちょっと思ったけど、陛下って寝るのが早いわよね……)
軍人として、いつどこでも眠れるよう訓練でもしているのだろうか。
既にすやすやと寝入り始めたガイゼルをよそに、ツィツィーは初めての恋人のキスに加え、静かに上下するガイゼルの胸板を目の前にして、今日は一体何時に眠れるだろうか、と一人ため息をついた。












