第一章 17
――帰りは各所での仕事が無かったため、半日ほど早く王都に到着した。
その夜本邸に戻ったツィツィーは、ガイゼルの私室に向かい、ソファに座ったままガイゼルを待つ。その手には、レヴァナイトのイヤリングが入った箱が握られていた。
「悪い、遅くなった」
やがて報告を終え、王宮から帰って来たガイゼルが姿を見せた。手には宝物庫に収められていたレヴァナイトの箱がある。どうやら儀典長にも、上手く事情を伝えることが出来たようだ。
二つの箱を並べた後、ツィツィーはまずイヤリング側の蓋を取った。
『ダーリンが近くにいる! どこ⁉』
きゃあとはしゃぐ女性の声が聞こえてきて、勢いよく精霊が飛び出してきた。ツィツィーが目で合図をすると、今度はガイゼルが手元の箱を開封する。
威圧感のある宝石が顔を出した瞬間、ツィツィーの手中にいた精霊が驚喜した。
『ダーリン! 会いたかったわ!』
「やっぱりこの石が、『ダーリン』さんだったんですね……」
ツィツィーが安堵を浮かべる傍ら、高音でキンキンと騒ぐイヤリングの声に、ガイゼルは眉をひそめていた。ツィツィーはそっと精霊に尋ねてみる。
「あの、ダーリンということは、お二人は結婚されていたんですか?」
『うーん、ニンゲンでいう恋人とか婚姻とか、そういう関係じゃないわ。あたしたちは元々一つだったのに、勝手に二つにされただけよ』
精霊いわく、元々はどちらがという自意識はなかったそうだ。だが原石が発掘され、加工する段階でその一部が欠け落ちた。これをきっかけに、二人の自我が分かたれたらしい。
『自分の半身っていうのかしら? どうしようもなく愛おしくて、元通りになりたくて、歯止めが利かなくなっちゃう感じ? でもあたしはこんな姿に変わっちゃって。まあダーリンがすぐ近くにいてくれるから、別にいいかなーって過ごしていたんだけどー』
「ある日突然いなくなったと」
『そーそー! よく分かってんじゃん色男ー!』
精霊の軽口に、ガイゼルの眉間の皺が一層深くなる。
ツィツィーはあわあわしながらも、懸命に「それでどうしたんですか」と続きを促した。
『突然箱が開いて、ダーリンだけ連れていかれてさー! てっきりあたしも一緒かと思ったらそれっきりで。待っても待っても帰ってこないから……何か、あったんじゃないかって……すっごい不安になっちゃって……』
「そうだったんですね……」
『そしたらあんたたちが来て、あたしを出してくれたからさ! こりゃーもー何が何でもダーリンを捜しに行かなきゃって思ったわけよ』
「それでツィツィーに憑りついたのか」
『だからごめんって! でも別にいいじゃん、あんたたち夫婦なんでしょ?』
「――本当に投げ飛ばしてやろうか」
ひ、と精霊の短い悲鳴が聞こえ、室内にようやく静寂が戻って来た。ガイゼルははああと深いため息を零すと、凝り固まった眉間をほぐすように額に指を添える。
「おそらく、このでかい宝石側も同じことをしていたんだろう。自身の片割れを探すために、俺たちの体を乗っ取り、思考回路と身体機能を支配しようとした」
「思考も……ですか?」
「ああ。体の自由が利かなくなった時、感情面でも普段と違う部分があったはずだ。おそらく、こいつらの持つ『半身を求める』という性質が強く影響したんだろう」
ツィツィーはその言葉に、レヴァリアでの夜を思い出した。確かに精霊に体を奪われた時、ガイゼルに対して心臓がきゅんきゅんと高鳴っていた記憶がある。
あれはツィツィーの本来の意思ではなく、宝石たちの互いを求める気持ちが働いた結果、ということだろう。
(よ、良かった……てっきり私、陛下を好きな気持ちが、いよいよ自分でも抑えきれなくなったのかとばかり……)
ツィツィーはほうと胸を撫で下ろしたものの、途端に恥ずかしくなりこっそり姿勢を正してみる。
一方でガイゼルはやれやれとばかりに宝石のレヴァナイトを睨みつけた。
「それで、こいつは喋らないのか?」
『うーん、ダーリンはこの状態じゃ無理みたい。その辺はあたしの方に偏っちゃったのかも?』
「どうでもいい。とっとと話をつけろ」
はーい、と気落ちした精霊の声が落ちた後、しばらく鈴の震えるような音が続いた。
人間が理解できる言語ではないらしく、宝石たちが何を語り合っているのかツィツィーにも分からない。やがて決着したのか、精霊が申し訳なさそうに呟いた。
『あのーダーリンがね、お願いがあるらしくて……』
「聞くだけ聞こう」
『なんかね、その……やっとあたしと会えたから、もっと触れ合いたいっていうか……せめてキスだけでもしたいって言ってて……』
聞くだけ聞いたガイゼルは、次の瞬間こめかみに青筋を立てていた。即座に気づいたツィツィーははっと肩を震わせたが、精霊はさらにつらつらと言葉を続ける。
『だから、ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから……二人の体を、貸してもらえないかな~なーんて……』
「ツィツィー、持っているイヤリングを貸せ」
両方とも窓から投げ捨てる、とガイゼルが立ちあがりかけたのを、ツィツィーと精霊が必死に押しとどめた。
イヤリングももちろんだが、レヴァナイトはまさに国宝級の逸品だ。万一のことがあれば、せっかく改善されてきたガイゼルのイメージが、再び『氷の皇帝陛下』に戻ってしまいかねない。
「お、落ち着いてくださいガイゼル様! 話を、もう少しだけ話を聞きましょう!」
『ほんとなんなのアンタ⁉ ダーリンに手ぇ出したらただじゃすまないんだから!』
さすがの精霊も危機を感じたらしく、声が少し震えている。だが先ほどの願いは切実なものだったらしく、再びぽつりと言葉を続けた。
『だってあたしたち……もう一生元には戻れないし……隣にいることは出来ても、触れ合うことも無理なんだから……』
「精霊さん……」












