第一章 13
「ここがレヴァリア……」
ヴェルシアの東に位置する都市で、元々は種から芽も出ないほど枯れた土地だと思われていた。
だが、ある時稀有な鉱石が産出されることが判明し、それ以後採掘事業者や彼らを受け入れる宿泊施設、宝石商たちが集まったことで大きく発展した――とツィツィーは本で読んだ文言を思い出す。
イシリスの時も感じたが、ただ文字で書かれていることを読むのと、実際に目にするのとでは、感動の度合いが天と地ほども違うものだ。
さすがに鉱山の街というだけあって、ウタカのような観光客向けの華やかさはない。だが腕力に自信のありそうな鉱夫が通りを並び歩き、店の軒先で昼間からエールで乾杯している様子は、また違った活気に満ち溢れていた。
露店に並ぶ宝石に目を輝かせるツィツィーをよそに、ガイゼルはまっすぐどこかへ向かって行く。
ツィツィーが後をついていくと、やがて巨大な宝石店に到着した。王都に本店がある非常に有名なブランドだ。
「陛下、ここは……」
「あの宝石を扱っていた店だ」
立派な石造りの門をくぐると、執事の一人がガイゼルに頭を下げた。玄関ホールを通り過ぎ、応接室で待機していると、やがて奥の扉から一人の宝石商が姿を現す。
こげ茶の髪を綺麗に撫でつけており、なかなかの美丈夫だ。上質なスーツを身に纏い、手には黒曜石で出来た指輪がはめられている。彼はガイゼルの前に立つと恭しく礼をした。
「これは皇帝陛下。お越しくださるとは光栄でございます」
「前置きはいい。少し確認したいことがある」
「伺っております。わたくしどもの宝石について、とのことで」
どうやら出立と同時に伝令を送っていたらしく、ツィツィーはいつの間にとガイゼルの方を見た。こと最近のガイゼルは戦術だけではなく、外交内政についてもその手腕を発揮し始めたらしく、日を追うごとに様々な能力を向上させている気がする。
ツィツィーの感心に気づくでもなく、ガイゼルは『レヴァナイト』について言及した。宝石商は向かいのソファに腰かけたまま、ふうむと考えこむ。
「確かにあの宝石は、ここの鉱山から発掘されたものです。かつてないほどの重量があり、発色も見事だったため、一流の職人の手で丁寧にカットいたしました。ただなにぶん物が物だけに中々折り合う値段がつけられず……そこを皇妃殿下がお求めになられた、と聞いております」
「石を触れた、もしくは見た者の中に、普段と様子の変わった者はいなかったか?」
「そのようなことは、特に報告されておりませんが……」
ああでも、と宝石商は言葉を詰まらせた。
「レヴァナイトに限りませんが、変わった噂は聞いたことがあります」
「噂?」
「はい。ここレヴァリアの鉱山には精霊が宿っており、特に優れた石には強い力を持つ精霊が眠っている――そうした逸話が、昔から語り継がれておりまして」
宝石商曰く、昔から原石を加工している職人たちは皆「石から声がする」と語っていたらしい。
最初は比喩表現的なものかと思ったが、卓越した技量を持つ職人ほど声は鮮明に聞こえるらしく、さらには艶麗で立派な石になればなるほど、呼ばれる力も強くなるというのだ。
それを聞いたツィツィーは思わず宝石商に尋ねる。
「もしかして、あの宝石を加工した職人さんもそのように?」
「確かに彼は古参の職人でしたので、声を聴いたかもしれません。ですが石をカットしたのは数年前のことで、彼は既に引退して田舎へ戻っているはずです」
その返事にツィツィーはがくりと肩を落とした。
実際にあの宝石に触れた職人であれば、何か詳しい話が聞けるのではないかと思ったが、どうやら会うことすら叶わなさそうだ。
(石の中に精霊がいる……にわかには信じがたいけれど、あの時の陛下やヴァンの様子を考える限り、何か特殊な力が働いていたとしか思えないわ……)
だがあの巨大なレヴァナイトが掘り出されたのは随分と前のこと。それまで異常がなかったものが、いまさら怪異の原因になるというのも考え難い。やはり自分の推理が間違っていたのだろうか、とツィツィーは表情を曇らせた。
すると宝石商はツィツィーの機嫌を取るかのように、明るく言葉を続ける。
「助けになるかはわかりませんが、よろしければ、他のレヴァナイトや石をご覧になりますか?」
宝石商から案内されたのは、店の地下に作られた専用のギャラリーだった。市場に出していない、特に希少な石や高価なアクセサリーを展示しているらしく、招待されたお客様しか入ることは出来ません、と前置きされる。
「よければ自由にご覧になってください」
「す、すごいですね……」
ツィツィーが緊張するのも無理はなかった。
計算された導線にガラスケースが置かれており、その中に目を見張るような装飾品が輝いている。
大粒のダイヤだけで作られたネックレスや、虹色の艶がかった乳白色の腕輪。指輪は数えるだけでも二十は超えており、そのどれもが親指の爪ほどはありそうな宝石を背負っていた。
カットの形もブリリアント、カボション、バリオンと多彩で、レヴァリアには素晴らしい腕の職人が揃っているのだと物語っている。
瞬くような光の洪水を、目を輝かせながら眺めるツィツィーを見て、宝石商は「そういえば」と切り出した。












