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陛下、心の声がだだ漏れです!  作者: シロヒ
第二部

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第一章 3


「本当はもっと本邸(こちら)に帰りたいんだが、……」

「今が大切な時期なのは分かっています。私のことはどうか気になさらないでください」

「……」


 ツィツィーとしては満点の答えを返したつもりだったのだが、どことなくガイゼルの表情が陰った気がして、あれと首を傾げた。すると心情の吐露が、普段より気持ち控えめな音量で響いてくる。


『俺の仕事を理解してくれているのは嬉しいが……寂しいと感じているのは俺だけか……。時には「会いたい」とか「帰って来て」とわがままを言われてみたいものだが、まあこれもツィツィーの優しさなのだから、そんな贅沢を言うわけにはいかないが……』


 それを聞いたツィツィーは思わず息を吞んだ。


(そ、それは、……出来ることなら、私だって……)


 ガイゼルが多忙を極めており、帰って寝る暇もないことは承知している。だからこそ貴重な時間には休んでいただくのが皇妃の務めだと、ツィツィーも寂しさを我慢してきたのだ。

 しかし当のガイゼルも、同じように寂しいと思ってくれているのだとわかり、押し殺していた感情にじわりと灯が点る。


(でもさっき言ったばかりのことを、いまさら訂正なんて出来ないし……)


 やがてガイゼルの手が、するりとツィツィーの顎から離れた。待って、とツィツィーは反射的に彼の手を握る。突然のことに目を丸くするガイゼルを前に、ツィツィーは顔から火が出そうなほど赤くなりながら口を開いた。


「ガ、ガイゼル様!」

「な、なんだ」

「目、目を閉じてください!」

「あ、ああ……」


 何度か目をしばたたかせていたガイゼルだったが、ツィツィーの鬼気迫る様子に、大人しく指示に従った。

 長い睫毛が伏せられ、凍てつく青い瞳が隠される。

 ツィツィーは大きく息を吐きだすと、よしと気合を入れた。


(こ、今度こそ、……)


 そろそろと体を前に倒す。ガイゼルの整った相貌が近づき、ツィツィーは今すぐ逃げ出したい衝動に駆られていた。だが自分の気持ちをガイゼルに伝えるにはこれしかない、と恥ずかしさを堪えて懸命に顔を寄せる。

 やがてガイゼルの薄い唇に狙いを定める。

 体重をかけないよう注意しながら、そうっと彼の顎に両手を伸ばした。ガイゼルの睫毛がわずかに揺れたが、目を開く様子はない。


(か、顔を傾けて、それから……)


 どくどくという心臓の音がうるさい。男性とは思えない肌の滑らかさに驚きながら、ツィツィーは覚悟を決めたように顔を接近させる。

 だが直前で目を瞑ってしまったせいか、目測が誤っていたのか。ツィツィーの口づけは唇ではなく、ガイゼルの頬――目の下あたりに、かすかに跡を残しただけで終わった。

 さすがに二度目に挑戦する度胸はなく、ツィツィーが弾かれるように体を離したのと同時に、ガイゼルがしっかりと目を見開いていた。


「……ツィツィー? 今のは一体……」

(ああっ、私また失敗を⁉ ど、どう言ったら……)


 熱で暴走しそうな脳を必死に回転させながら、ツィツィーは心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「こ、これで、許してあげます!」


 発言した後で、ツィツィーは慌てて口を塞いだ。


 どうしよう。

 夫とはいえ皇帝陛下に向かって、まるで友人に対するような言葉を使ってしまった。小動物のように縮こまってしまったツィツィーに対し、ガイゼルはやがてぽつりと言葉を落とす。



「――決めた」

「……はい?」

「今日は帰る。絶対に帰る」

「ガ、ガイゼル様……?」

「誰が何と言おうと帰る。だから――寝ずに待っていろ」


 そう言うとガイゼルは、震えるツィツィーを抱きしめると、腕を自らの首の後ろに回させた。あっという間に攻守逆転され、困惑するツィツィーをよそに、後頭部を押さえつけ深く口づけを落としてくる。


『一体どれだけ俺を翻弄したら気が済むんだこいつは……。まさか無自覚なのか? 素でしているとしたら、よく今まで他の男が落ちなかったものだ。ラシーの王族たちは気に入らんが、その点だけは感謝しても良いかもしれん』

(ガ、……ガイゼル、さま……)


 気づけばツィツィーの体は大分後方に傾いており、今にも組み敷かれそうな状態だ。腹筋を使って必死に抵抗するが、ガイゼルの力には敵いようもない。やがて彼の体重がのしかかり、ツィツィーはいよいよ顔を真っ赤にする。

 そこで、こんこんと扉を叩く音が響いた。


「――ガイゼル様。ランディ様から、火急の案件がありますので、王宮にお戻りいただきたいとの伝言が」

「……」


 ツィツィーが恐る恐る視線を上げると、顔を伏せたまま硬直するガイゼルの姿があった。心の声が聞こえずとも、激しい葛藤と苦悶で戦っているのだと分かる。

 だがこのままでは、仕事に差し支えてしまうと、ツィツィーはたまらず声をかけた。


「へ、陛下……」

「……分かっている」


 鉛を呑み込んだような声色で答えたガイゼルは、やがてゆっくりと体を起こして立ち上がった。ツィツィーもすぐに乱れを整え、ソファから立ち上がる。するとツィツィーの頭上に、大きなガイゼルの手が下りてきた。


「約束は覚えているな?」

「は、はい」

「食事は先にとっておけ。……夜は主寝室に来い」


 ガイゼルはくしゃ、とツィツィーの前髪を乱した後、すぐにいつもの威風を纏った表情に戻り応接室を後にした。残されたツィツィーは一人、ばらばらになった髪を撫でつけながら、徐々に首から額へと赤面していく。


(しゅ、主寝室……って、つまり、そういう……)


 久しぶりにガイゼルに会えただけでも十分だったのに、この急展開。

 ツィツィーは恥ずかしさのあまり、その場にしゃがみ込んだ。



 

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