表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陛下、心の声がだだ漏れです!  作者: シロヒ
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/81

第六章 4(完)



(母上と、同じだ……)


 しばらく呆けていたガイゼルに対し、少女はいきなり自身の髪を両手で握り隠した。その行動が理解できなかったガイゼルは、ゆっくりと首を傾げる。


「なんで髪、隠してるの」

「だ、だって、私の髪、お姉さまたちと違って醜いし……」


 醜い、という意味が分からなかった。

 しなやかな絹糸のような髪。今だって太陽の光を浴びて、艶々とした輝きを放っている。

 ましてや母上と同じ銀の色なのに、とガイゼルは少し苛立ったように返してしまった。


「そんなことない。綺麗な髪だ」


 言った後でガイゼルは、自分が不機嫌を滲ませてしまったことを後悔した。

 だが少女はきょとんと瞬いたまま、ガイゼルの方を見るばかり。ショックを受けている様子はない。その様子に少しばかり安堵したガイゼルは、茂みの一角にへたりこんだ。


 迷子になったと気づいてからずっと走り通しだ。

 足の裏や膝が痛く、動く気力がなくなっていくのが分かる。疲労困憊していることに気づいたのか、少女はそうっとガイゼルの顔を覗き込んできた。

 闖入者を不審がっているのだろう。


「すぐに出て行く。放っておいてくれ」


 彼女はこの庭園の主なのだろうか。

 ということは王族――そう言えば姉がどうのと言っていた。ラシーの王族は姫ばかりだったはずだから、その誰かかもしれない、とガイゼルはぼんやりと思考を巡らせる。


(姉、か……)


 ガイゼルにも兄はいるが、異母兄弟だし、ガイゼルのことを嫌っているのがあからさまだった。

 きっと彼女は両親や姉たちにたくさん愛されているのだろうな、と思った瞬間、ガイゼルの心に再び寂寥感が舞い戻る。


(お母様……どうして死んでしまったの……)


 それはようやく理解した、ガイゼルの本心だった。


(僕、一人になっちゃったよ……もう誰も、僕を愛していると言ってくれない……)


 母がいた時は、『愛している』と抱きしめてくれた。

 だが母はもういない。この世界のどこにも。

 ガイゼルが強くある理由も、自信も、――すべてなくなってしまった。


 心臓の中心に大きな風穴が空いたような、絶望的な気持ち。だがそんな感情に押しつぶされそうになってもなお、ガイゼルの目から涙が零れることはなかった。

 その時ようやくガイゼルは、自分が泣かないのではなく――泣けないのだと気づいた。


(僕は、……人らしさすら、捨ててしまったのか……)


 そんなガイゼルの隣に、先ほどの少女がしゃがみ込んだ。

 泣きもせず、わめきもせず、ただ地面を見つめ続けているガイゼルの姿が、不思議に映ったのだろうか。

 ガイゼルが顔を背けようとすると、彼女はぽつりと言葉を零した。


「あ、あの」

「……?」

「私じゃダメかしら」

「……何が」


 すると少女は恥ずかしそうに、だが慈愛に満ちた優しい顔つきで答えた。


「私が代わりに、あなたを愛するわ」

「……」


 だから泣かないで、と少女はガイゼルを抱きしめた。

 あまりのことにガイゼルは、心の中で累積していた言葉すべてが、真っ白になったのが分かる。どうして、と口にしようとして、ガイゼルは声にならないのを悟った。


(――どうして、分かったんだろうか)


 涙なんて流していないのに。

 僕が悲しんでいることに、どうしてこの子は気づいたんだろうか。


 だが力強く抱きしめてくれる少女の体が温かくて、柔らかくて、……あまりに心地よいその腕の中で、ガイゼルは初めて涙を零した。一つ溢れると、堰を切ったようにまた一つ、二つと次々に感情が込み上げてくる。


 その日ガイゼルは、初めて人前で泣いた。

 情けないことに、自分より年下の女の子の腕の中で、恥ずかしさも忘れて泣き叫んだ。時折呼吸が苦しくなり、しゃくりあげていると、彼女が懸命に背を撫でてくれた。






――どのくらいそうしていただろうか。

 涙が枯れ果てるまで泣いたガイゼルは、どうやらその場で眠ってしまったようだった。

 目覚めたガイゼルがゆっくりと体を起こすと、抱きしめてくれた少女も疲れてしまったのか、ガイゼルにもたれるようにして、すうすうと静かな寝息を立てている。


(……ずっと、傍にいてくれたのか)


 少女を座らせ、自分の着ていた上着をかける。幸せそうに眠り込んでいる少女を見て、ガイゼルはある一つの決意をした。彼女の銀の髪を一房手に取り、祈るように口づける。


(――今度は、僕がこの子を守ろう)


 見も知らぬ自分に、温かさをくれた少女。

 この恩をいつか返したい。


 誰かにいじめられていたら庇おう。

 いじめっ子なんて追い返してやろう。


 困っていたら助けよう。

 何があってもこの子のために戦おう。

 

 泣いていたら抱きしめてあげよう。

 今日僕にしてくれたように。




(……だとしたら、きっと今のままじゃだめ、なんだろうな)


 ガイゼルの父、ディルフは大陸中の国々と争っている。ラシーは遠く離れた国ではあるけれども、いつ彼の魔の手が伸びるとも分からない。

 だが戦争になれば、この子もまたガイゼルのように、母親を亡くしてしまうかも知れない。この子自身も傷ついてしまうかもしれないし、この美しい故郷を奪ってしまうのも嫌だった。


(戦いのない、世界……)


 その時のガイゼルはまだ、どうすればそれが出来るのか、すぐに答えは思いつかなかった。





 やがて訪れた見張りの兵士によって、ガイゼルは無事に邸に戻ることが出来た。

 その後、辺境の公爵邸に移動したガイゼルは、すぐにラシーの王族について調べた。あの時名前を聞かなかったが、噂に聞く容姿によると、どうやら上の姉姫たちではないようだ。


(となるとやはり、ツィツィー……、ツィツィー・ラシーか)


 残されたのは末姫と呼ばれる彼女だった。だがどうしたことか、彼女はほとんど社交の場にも出てきたことが無いらしく、幻の姫のような扱いになっていた。

 何とかしてもう一度会いたい、と願ったが、ガイゼルも相手も王族である以上、そう簡単に面談の約束など取り付けられるものではない。

 仕方なくガイゼルはその時が来るまで、必死に鍛錬を積み続けた。戦術を学び、武芸を極め、立派な青年となるまで地方での暮らしを続けていた。




 やがて父王崩御の知らせを受けた数日後、ガイゼルは運命の知らせを耳にする。


(ツィツィー・ラシー……君が、ヴェルシアにいる……!)


 そしてガイゼルは剣を持ち、馬を駆って、二人の兄たちがいる戦地へと駆けた。




 強くありたいと願った少年は、不器用なまま成長した。

 だがいつしかその約束を果たす。

 きっと彼女も、忘れているだろう遠い未来で。



(了)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

\小説1-4巻発売中です!/
9dep565ajtdda1ski3ws5myjl3q6_1897_9t_dw_11wy.jpg
だだ漏れ小説3
だだ漏れ小説2
だだ漏れ小説

\コミックス1-4巻発売中です!/
lpjo8tk3j224ai52jj2q64ae2jf0_6bt_9s_dw_1sdc.jpg
fro09hu8b7ge3xav6e6c8b54epbm_13o0_9s_dx_1nsf.jpg
9339fx5nepcckjbo1lg89cjc6wqq_88_9s_dx_1jtr.jpg
だだ漏れ小説
― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます! 素敵な可愛いカップルですね(*⁰▿⁰*) 早く初夜を迎えて欲しい(笑)
[一言] 続編楽しみにしてます(о´∀`о)
[良い点] すごく好きな作品です。。2人の姿に幸福感を味わうことが出来ました。完結おめでとうございます。そしてお疲れ様でした。ありがとうございました(^^) 続編待ってます。 [一言] 一気読み…
2020/05/10 20:55 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ