表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陛下、心の声がだだ漏れです!  作者: シロヒ
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/81

第六章 2


「それは、――貴女です。ツィツィー様」

「……私?」

「貴女がこちらに輿入れをしたのは、元々はディルフ様の側室にという話でした。ですが婚礼がなされる前に、先代皇帝は亡くなられてしまった。その時王宮内では、貴女の処遇をどうするかで、少々論議があったそうです」


 そのことはツィツィーも少し耳にしたことがあった。

 本来であれば母国に戻されそうなものだが、何故かラシー側から拒否をされたそうだ。――それはおそらく、人質として差し出した娘には、本来の意義を達成してもらわねば、という父王の意図が多分に絡んでいたのだろう。

 だが相手となるはずであったディルフ陛下はとうにおられない。つまりツィツィーはどちらにも行くことが出来ない、ヴェルシアにもラシーにも居場所がない状態であった、という話だ。


「とりあえず一時的に貴女の身分を預かり、次期皇帝にお伺いを立てるという案にまとまりました。新しい陛下が貴女を望めば、側室として受け入れると。……ガイゼル陛下が継承権争いに参加されたのは、その翌日のことでした」


 次第に話の終着点が見えてきたツィツィーは、少しだけ顔を赤らめた。それを横目にヴァンは、にやにやと口元を綻ばせている。


「ですが、次期皇帝になったガイゼル様が、貴女を『第一皇妃』に据えると言い出したときは、さすがに王宮内に激震が走りましたね」

「や、やっぱり」

「第一皇妃と言えば、……まあその、政治的な絡みもあって、ヴェルシアに比肩する相手であることが理想です。ですがガイゼル様はその慣例を無視して、望み通り貴女を皇妃に娶りました」


 す、すみません……と何故かツィツィーは謝ってしまった。だが縮こまるツィツィーに対し、ヴァンは何かを思い出しているかのように目を眇めると、いえいえと首を振る。


「思えばあの陛下が、自分から何かを強く望んだのは、あれが初めてでした。――だから俺としては、とても嬉しかったんです」


 まあ、一体どれだけ貴女を自分の妻にしたかったんだって話ですけどね、とヴァンは締めくくると、最後に「内緒ですよ」とウインクして見せた。


「陛下は、素直に自分の気持ちを口にする人ではありませんが、本当はすごく優しくていい方なんです。だからこれからも――よろしくお願いしますね」







「――どうした?」


 ガイゼルに呼ばれ、ツィツィーは追憶から意識を取り戻した。


「い、いえ、何でもありません」


 ツィツィーはごまかすように笑うと、改めて湖の前に足を進めた。

 よく晴れた、春の穏やかな日差し。

 ざあ、と漣を生む風が、ツィツィーの銀の髪と共に、足元に広がる花々を揺らす。赤に橙、黄色に紫――それらを包む、眩しいほどの新緑。ざわりと波立つその景色は、あらゆる色彩を集めた広大な海原のようだった。


――一度来てみたい、と願った春のイシリス。

 その光景が今、目の前に広がっている。


 感極まったツィツィーが、ゆっくりとガイゼルを振り返った。すると彼もまたツィツィーの方を見つめており、視線の合った二人は自然と微笑みを浮かべる。

 その直後、ガイゼルは何かを思い出したかのように口を開いた。


「――そうだ」

「……?」


 ガイゼルはツィツィーの隣に歩み寄ると、彼女の腰に手を添え強く抱き寄せた。突然の抱擁に驚くツィツィーをよそに、ガイゼルは至極真面目な顔つきで呟く。


「お前に言いたいことがある」

「な、なんでしょうか⁉」

「…… その、」


 途端にガイゼルは、ゼンマイの切れた玩具のように動きを止めた。ツィツィーが困惑していると、久方ぶりの心の声がはっきりと流れ込んで来る。


『くっ……いざ構えると言葉に詰まる……。以前に言ったこともあるが、あれは場の勢いというか、ああ言わねばツィツィーに伝わらないと思ったわけで……』


(な、何⁉ 私は何を言われようとしているの⁉)


 何だろう。まさか離婚でも宣告されるのか。

 次第にガイゼルの眉間には縦皺が寄り始め、険しい顔つきになっていく様を、ツィツィーははらはらと見守る。

 やがて意を決したのか、ガイゼルははあーと長く息を吐きだすと、妙に凄みのある低い声で、短く区切るようにして告げた。


「俺は」

「は、はい」

「お前を」

「……」

「――愛している」


 静かに、だがはっきりと言い切ったガイゼルは、しばらくして目を伏せたかと思うと、ゆっくりと自身の口元を手で覆い隠した。

 見る間にガイゼルの首から額までが赤く染まっていき、わずかに見える外耳まで茹で上げられている。


 その一連の流れを特等席で眺めていたツィツィーは、しばらくぽかんと口を開けていたものの、一拍遅れてこちらもぶわわと頬に朱を走らせた。


(心の声じゃ、ない。陛下が、わたしに……)


 どうしたら、と戸惑っていたツィツィーだったが、ひとりでに走り出しそうな心臓を必死に落ち着けると、ガイゼルを見上げて真っ直ぐに答えた。


「私も、です」

「……」

「ガイゼル様を、愛し――」


 だがその先の言葉は、再びガイゼルに抱きしめられることで行き場を失った。照れている顔を見せたくないのか、先ほどよりも強く腕の中に閉じ込める。


「返事はいい。二度は言わん」

「で、でも」


 何とか声にしようとツィツィーも必死になるが、やがて聞こえてきた流暢な心の声に、思わず口をつぐんだ。


『だ、だめだ! 無理だ! ツィツィーから、あ、愛して、なんて言われるなんて、……悪いが心臓が持たん。も、もう少し、落ち着いてからにしてほしい……!』

(そ、そんなのって……⁉)


 やり場のない気持ちをどうすればいいのか、とツィツィーは心の中で小さく悲鳴をあげた。言葉がだめなら態度で、といわんばかりに、彼の広い背中に腕を回す。

 ガイゼルもツィツィーの意図に気づいたのか、隙間一つ残したくない、と体現するかのように彼女の体を引き寄せた。擦れ合う布越しに互いの体温を確認した後、ガイゼルはツィツィーの顎に手で持ち上げると、覆いかぶさるように口づけを落とす。


 何度か角度を変え、二人は惜しむように呼気を漏らす。永遠にも思える時間が過ぎた後――ようやくガイゼルはツィツィーの唇を解放した。

 恥ずかしさと酸素不足で耳まで真っ赤になっているツィツィーを見て、ガイゼルはふは、と吹き出す。そんなガイゼルに対し、頬を膨らませていたツィツィーだったが、やがて彼女もまたつられたように笑い始めた。




 凍てつくような白い雪に閉ざされていた世界に、

 ――やっと、(きみ)が訪れた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

\小説1-4巻発売中です!/
9dep565ajtdda1ski3ws5myjl3q6_1897_9t_dw_11wy.jpg
だだ漏れ小説3
だだ漏れ小説2
だだ漏れ小説

\コミックス1-4巻発売中です!/
lpjo8tk3j224ai52jj2q64ae2jf0_6bt_9s_dw_1sdc.jpg
fro09hu8b7ge3xav6e6c8b54epbm_13o0_9s_dx_1nsf.jpg
9339fx5nepcckjbo1lg89cjc6wqq_88_9s_dx_1jtr.jpg
だだ漏れ小説
― 新着の感想 ―
[良い点] やっと春(きみ)がおとずれた。 この文章のためにこのお話があるのですねぇ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ