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第五章 3


 臣下たちは最初、それは誰が発した声なのか分からないようだった。やがてガイゼルの傍に控えていた皇妃のものだとわかると、恐る恐るといった体で名指しされた王佐の方を振り返る。

 直々に告発されたルクセンは、最初は驚いたように目を見張っていたものの、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「これはこれはツィツィー様。……ラシーにお戻りになられたのでは?」

「お約束を破るような真似をして申し訳ございません。必要であれば、親書はお返しいたします。でも私はやっぱり、陛下の傍にいたいと思います」

「左様でしたか……まあ、ガイゼル様は既に皇帝ではございません。いかようにもなさればよろしい」

「――俺を罷免したのは、お前だろう。ルクセン」


 細められていたルクセンの目が、片方だけわずかに開かれた。奥から覗く鋭い眼光は、先代・ディルフ皇帝の補佐時代を思い出させるような、傲然とした迫力に満ちている。


「それについては、否定出来ませんな。ですが、わたくし一人の意思ではございません」

「……」

「ガイゼル様。貴方は我々臣下の進言を拒絶し、幾度となく棄却した。かつてのディルフ様のやり方を否定し、自らの国を作るのだと奔放に振舞いすぎたのです」

「他国を侵略することを政策とは言わん。お前らの出す策はすべて、別の領土から奪うというものばかりだったではないか」

「ですが我々はそうすることで、国として大きくなったのです。常に武を示し、属国に抵抗の意を持たせないためにも、争いは必要な動力なのです」

「失われるものに目を向けずにか。父上が奪ったせいで、どれほどの文化や景色が失われたと思っている!」

「……あなたはまだお若い、我々に任せておけばよかったものを」


 はあ、とルクセンは苦笑を滲ませた。

 すると、動向を見守っていたツィツィーに視線を動かし、にやりと口角を上げる。


「確かに、王宮内でガイゼル様に対する不満が高まったため、罷免の措置をしたのはわたくしです。ですがそれは――この侵略とは何の関係もないことでしょう?」


 まずい、とツィツィーは焦燥した。

 ガイゼルを皇帝の座から降ろしたことは認める。だがイエンツィエと内通したという事実はないと主張しているのだ。


(どうしよう、でも……)


 ルクセンがこの騒動を望んでいたのは、先ほど掴んだ感情からみても間違いない。

 だがそれはあくまでも、ツィツィーが聞いた心の声という根拠だけだ。説明をしたところで、証明出来るものではない。反論が無いと見たのか、ルクセンは寂しそうな声音で続ける。


「何故わたくしが、内通者などと言われているのかは分かりませんが……それとも、何か確固たる証拠があるとでも?」


 勝ち誇ったような目を向けて、ルクセンは笑みを零した。だめだ。このままでは逃げられてしまう。何か、彼とイエンツィエの繋がりを特定できるものはないかと、ツィツィーは必死に考えた。

 だがつい先ほど訪れたばかりの場に、そんな重大な物が残されているはずがない。


「……それ、は……」

「それは?」

「……」

「発言には十分気を付けなさいませ、――元・皇妃殿下?」


 ははは、と笑いながら、ルクセンは得意げに指で眼鏡を押し上げた。


(何か……何かないの⁉ ルクセンを追いつめられる、証拠は――)


 ここまで来て逃げられてしまうのか、とツィツィーは唇を噛みながら、不遜な態度のルクセンを睨みつける。

 その時、ふと視線に飛び込んできた輝きに気づいたツィツィーは、思わず瞠目した。


(……!)


 ツィツィーはガイゼルと繋いでいた手を解くと、急いで自身の左手を見る。突然振りほどかれたことに動揺したのか、ガイゼルがびくりと背後を振り返った。


「ツ、ツィツィー?」

「――見つけた」


 そう言いながらツィツィーは、左手薬指にはめていた指輪を引き抜いた。眼前にかざしながら、高笑いを浮かべているルクセンに告げる。


「これは、私が陛下からいただいた指輪です。ここについている宝石は、イエンツィエの王族でしか取引されない貴重なものだそうです」

「……そ、それが何か」

「ルクセンさん、あなたの指にあるそれも、同じ石ですよね?」


 皆の視線が一斉にルクセンの手へと注がれた。彼の指には立派な金の指輪があり、その中央には巨大な薄緑色の煌めきが見える。


「何をおっしゃっているのかわかりませんが、これは出入りの商人から買った、普通のエメラルドで――」

「いいえ、これはただの宝石ではありません」


 ツィツィーは改めて自身の指輪を確認した。月夜の晩にガイゼルからもらった時も、ガイゼルを思いラシーで眺めた時も、今と変わらない美しい薄緑色を見せていた――だから、気づかなかったのだ。


「私があなたと初めて出会った舞踏会の時、その宝石は赤色をしていました。……陛下との離縁の話をいただいた時もです」

「……だから何だというのです」

「あの時は気にも留めていませんでしたが……今、私とあなたの宝石が同じ『緑色』をしているのが、分かりますか」


 ルクセンの顔から、次第に嗤笑が消え始めた。


「土台の部分が同じなので、違う指輪とは考えられません。であれば……『宝石の色が変わった』と考えるのが自然ですよね」

「……っ」

「おそらくこれは、――浴びる光の種類によって色が変わる鉱石なのでしょう。例えば太陽や月の光と、蝋燭の灯りといった……」


 ようやくツィツィーの中で、一つの光明が見え始めた。ガイゼルとの思い出にと、未練がましく持ち続けた指輪。初めてガイゼルからもらった宝物。――まさかこれが、自分の身を、ヴェルシアを助けることになるなんて。


「不満であれば、私のものと比較してもらっても構いません。ですが、色が変わる宝石など、ヴェルシアには存在しないはずです」

「……」

「そんな貴重なものを、どうしてあなたが持っているのですか?」

「……ち、違う……」

「それは、……向こうの国(イエンツィエ)の王族と、何らかの繋がりがあるからでは……?」


 室内に静寂が落ちる。

 しんと静まり返ったその空間に、ようやくルクセンの声が零れ落ちた。


「ぐ、偶然です……この指輪は、そう……たまたま手に入れたもので、……」


 蒼白になり、言いわけを紡ぐルクセンの動揺は、誰の目から見ても明らかだった。たまりかねたガイゼルが、やれやれと首を振りながら、はあと深く息をつく。


「――ルクセン・マーラー」

「ち、違うんです! 陛下、これは」


 ガイゼルは、なおも狼狽えるルクセンの傍に歩み寄ると、その襟元をがばっと掴み上げた。綺麗な相貌は怒りに満ちており、視線だけで人を殺せそうな勢いだ。


「――いい加減にしろ」

「ひっ⁉」

「この期に及んでまだ言い逃れする気か!」


 だがルクセンは、いよいよ立つ瀬がないと察したのか、ついに形相を一変させた。穏やかで知性に満ちた外見は損なわれ、独善的な言葉ばかりを吐き始める。


「……あ、あなたがすべての元凶だろうが!」

「何?」

「そうだ! どうして責められねばならん! これで『イエンツィエに攻め入る口実が出来た』というのに!」



 

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